第315話 天上人(てんじょうびと)

 「でも今はこいつ・・・がしっかりしねーから」


 六波羅はテレビに向けてあごをしゃくった。


 「班長よくそんなこといえますね?」


 「なにがだよ?」


 「さっきから官房長のこと”こいつ”って」


 「政治に文句いうのは国民の義務だろ」


 「そんな義務はありません」


 「だってですよ。班長は署長に頭が上がらないですよね?」


 「あたりまえだろ!! この六角中央警察署のいちばんのお偉いさんだぞ」


 「なら署長の上は簡単にいうと都道府県の本部長です」


 「そうだ」


 「本部長の時点で私たちとはほぼ接点のない雲の上の存在です」


 「知ってるよ。俺がどうあがいても辿りつけない。うっせーよ!!」


 「その上が警察庁の警察庁長官で、さらにその上が国家公安委員会の国家公安委員会委員長。国家公安委員会委員長は内閣の国務大臣が充てられる。さらにさらにその上が内閣府で子どもたちでも知ってる内閣総理大臣がトップ。ただ総理が入院中の現在いまは実質この鷹司官房長官がトップですよ」

 

 「だからなんなんだよ?」


 「テレビに向かってでもよくそんなこといえますよね? はるか雲の上の天上人ですよ」


 「そんなもん簡単だ。遠すぎるんだよ。俺がビビるなら雲だ。宇宙なにがあるかなんて知らねー。昭和をなめんな」


 「班長。さっきは官房長官の会見の話題で話が逸れましたけど、それが無鉄砲です。その点では署長ですよね?」


 「はっ?」


 「だってですよ。署長も戸村刑事に協力して官房機密費の流れをさぐることを許可してます。署長がやってることも対国家です。チグハグですよね? 黒杉工業からは早々手を引くのに。署長はなにか国に怨みでもあるんですかね?」


 六波羅は意味深に笑いを浮かべた。

 昭和のシワがくっきり目立っている。

 無骨な手がリモコンを二回突き上げた、が、六波羅はまだ別の意図がありそうな笑いを薄っすらと浮かべた。


 「消費税上げたからだろ? ローンも残ってるし小遣いも減らされたっていってたからな。それに署長は奥さんに頭上がらない。これが昭和だ」


 「くぅ、消費税のことなら私も怨んでますよ」


 「結局、俺のような下々の者にとっては宇宙なんて関係ねーんだよ。雲は署長。その上の大気圏はせいぜい都道府県の本部長くらいだろうな」


 戸村はタブレットを平置きにしながら書類を見返し画面をタップしつづけている。


 「単純に考えれば内閣官房機密費が寄付金として六角市のNPO法人『幸せの形』に流れて四仮家を経由し、官房長官に還流されてるって構図なんだろ? 四仮家の職業は医者。医療関係者はNPOに出入りしやすのはたしかだ。そしてそのどこかに六角神社も加担してるかもしれない。マネーロンダリングの仕組みに似てるな」


 六波羅は半ばむりやり机のうえにテレビのリモコンを滑らせた。


 「そんなふうにわかりやすく対流しててくれればいいんですけどね」


 戸村の素早い指の動きが止まる。


 「だわな」


 「六角神社のこと参考になりました。四仮家元也は、過去に六角第一高校の校長だったこともあるんです」


 「それもあって戸村あんたは六角市にきたわけか。けど医者から教育者に職場を変えるなんてそんな簡単にできんのか?」


 「医師免許という国家資格保持者ですので。厚労省から文科省への出向のような形ですね」


 「なるほどね。お医者さん先生・・と校長先生・・か」


 「今、六角第一高校いちこうに民間人の女性校長がいるんですから、そんな違和感はないですけどね」


 女性警察官は六波羅の机からリモコンをとって、いまだにテレビの奥で話している鷹司の姿ごと消した。


 「ああ、寄白家のお嬢様な。社長と掛け持ちしてるらしいじゃねーか。これだから金持ぼんんぼんは。消費税が上がったことも気づいてねーんじゃねーか」


 女性警察官にすんなりとリモコンの強奪を許した六波羅が答えた。


 「大学病院は文科省の管轄ですが厚労省の影響も大きく受けますので両方の省の繋がりは深いってことですね」


 戸村はつづいて――寄白家のことは知っています。付け加える。


 「そう考えりゃ警察でもあるか。法務省とかの省庁横断の出向は」


 「班長。よく警察と検察はお仲間みたいにいわれますけど検察は法務省の管轄ですもんね」

 

 「検察は逮捕権も捜査権もある。ただ警察じゃできない決定的な権限がある」


 「起訴するかか不起訴にするかですね?」


 「逮捕された時点ではまだ被疑者で検察に起訴されてはじめて被告人になる。ってそれこそ、この案件、検察が起訴できんのか?」


 「そもそもスタートが官房機密ですから。どうなるのか」


 戸村の言葉も弱まる。


 「当然、東京地方検察庁特別捜査部とくそうも動いてるんだろ?」


 「それが不思議なくらい静かです」


 「情報を掴んでないのか。単純に上から蓋されてるか」


 「蓋に決まってるじゃないですか?」


 女性警察官は語気を強めてまるですべてを見てきたようにいった。

 それはここに戻ってきたときの感情と酷似していた。


 「おまえも偏見だぞ?」


 「だって警察が収集できる情報を地検が知らないなんておかしいですよ?」


 「おまえも口すべらすようになったな?」


 「班長の悪影響です。空気清浄機と除湿器強くしないと」


 「おい、俺は細菌か? パワハラってのは部下が上司にすることも当てはまるんだからな? たとえばパソコンを使えない上司にむりやりUSBメモリ渡すとかな」


 「マジですか?」


 「ああ。古い人間も大事にしてやれ」


 「それを自分でいいますか?」


 「いうよ」


 「もともと四仮家元也には金銭授受問題があったんです。ただそれも国税がその調査をストップしたらしい・・・んです。これは警察でありながら情けないことなんですが。内容が医療関係のことで専門的なことがわからなくて」


 「医療は畑違いすぎるからな。けど国税を止めてるかもしれなくて、地検の特捜部も止めてるんだろ?」


 「そんなことできるのってやっぱり宇宙人の鷹司官房長官しかいないじゃないですか? 答えでましたね」


 戸村よりもさきに女性警察官が口走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る