第314話 神仏共存

 「班長。あとは戸村刑事の本職せんもんなんですからこのへんでいいじゃないですか? それに署長だって戸村刑事に自由に動いてほしいという意味で六波羅班ここ研修・・に選んだんじゃないですか?」 


 「きっとそういう意図なんだろうな。だから俺らの班によこした」


 六波羅がミュートを解除すると六波羅の言葉にテレビの音声が重なっていく。


 ――鷹司官房長官。米国雇用統計べいこくこようとうけいの発表でNYニューヨークダウは385ドル下がりましたが?


 ――雇用統計の発表だけじゃなく大型ハリケーン、エスメラルダの被害がいまだに尾を引いているからでしょう。


 「よこしたって。班長また」


 「ああ、わりーわりー。昭和の無鉄砲がまたでちまった」


 ――失業率の悪化は限定的だと?


 ――はい。そう考えています。


 「無鉄砲とも違うと思いますよ」


  ――エスメラルダによって倒産した企業も多いはずです。それにまたハリケーンが発生したとの情報も入ってきています。さらにアメリカの景気が失速するのでは?


 ――そこはまだなんともいえませんね。


 ――そうですか。今回のハリケーンアンドロメダも前回のエスメラルダと同等あるいはそれ以上の規模との予測もでていますけれど。


 ――アンドロメダ?


 「無鉄砲ってのは、な」

 

 ――はい。今回のハリケーンの名前です。


 ――なるほど。まずは午前九時。日本の市場が開きしだい注視していきたいと思います。


 「なんですか?」


 ――日経平均にも波及するとお考えですか?


 ――そこまでの懸念はありませんね。


 ――ですが日経平均に名を連ねる225社。その関連企業の多くがアメリカに進出しているはずですが?


 ――はい。おっしゃるとりです。


 「おい、これ昨日のニュースだよな?」 


 「そうですね。昨日は早朝から東日本の災害について閣僚を集めてましたから。最近の異常気象はひどいですし。天変地異のはじまりですね」


 「また、おまえの好きなオカルトか?」


 「いや、みんなうすうす気づいてますよね? 地震、豪雨、洪水、熱波、噴火。気候変動の連鎖で地球滅亡です」


 「たしかに多いとは感じるけど」


 「NASAは氷河期がくるって警告してるんですよ。でも温暖化で誰もそのことに目をむけない。一夜にして氷の世界の誕生です。さあ、ノアの箱舟に乗れるのは誰か」


 「飛躍しすぎだ」


 「今は、天気予報の精度は高いですけど。むかしは天候も戦術のひとつだったんですよ。修文や正化じゃないですけど、ある日のどこかのいくさに台風が直撃していたらこの歴史じゃなかったかもしれませんし。元寇げんこうだってそうです」


 「しょせん結果論だ。歴史の分岐点のことをいったらキリがねー」


 「はい、そのとおりですね。すみません脱線しました。深夜過ぎにはアメリカ国内にアンドロメダが上陸。日本でも有名なキャンプ用品の老舗グリムリーパー社の損害もひどいとか。同等規模の被害は中南米の企業に多いでしょうね? なんだかんだいっても空は繋がってるんですね。天候という意味でも、この空の下のどこかにお偉いさんがいるという意味でも」


 「そうかもしれねーけど、まずは自国のことを考えろよな。この人が機密費をネコババとはね。そこまでザ・悪人ズラって感じじゃねーけどな? 機密費でどっさり株買ってたりしてな?」


 六波羅が親指でテレビの画面を指さした。


 「それはないですね」


 戸村は自分のタブレットを手にあっさりと否定する。


 「なんでだよ」


 「大量保有報告書の義務付けがありますから」


 画面をタップしながら、タッチパネルのキーボードを打つ。


 「五パーセント未満なら提出しなくてもいいだろ」


 「そうですけど。そもそも誰が購入したの名義でわかりますからそんなことはしないと思います」


 「こいつが誰かに頼んだかもしれねーだろ?」


 「まず上場企業勤務の者が株取引をする場合は本人、家族は証券口座に内部登録が必要ですし。インサイダー疑惑があれば本人、家族の銀行口座および証券口座を調べるのも簡単です」


 「だよな。そんな単純なら捜査二課なんていらねーってな」


 「あの、とうとつなんですが? 六角市と滋賀県になにか繋がりってありますか?」


 戸村はタブレットに触れるのを止め、ふたりを視界に捉える。


 「滋賀県。なんかあんのか?」


 「私も手ぶらで研修・・にきたわけじゃないですので」


 「滋賀県だろ。なんかあんのか?」


 「あっ、私心当たりあります」


 「また、そっち系かよ?」


 「かもしれません。六角神社です」


 「六角神社。おお!? そっか宗教法人は非課税。それだ、それだろ? でもなんで六角神社と滋賀県につながりがあんだよ? ぜんぜんわからん」


 「神仏交流。神様と仏様にも交流があったとされるんです。滋賀にはその名残が多いとか」


 女性警察官は人差し指を立てた。 


 「やっぱりその手の話か。でもたしかに六角神社は神社なのに梵鐘かねがあって大晦日も除夜の鐘をあそこで鳴らしてる。やっぱり宗教法人を隠れ蓑に大金が動いてるのか?」


 「戸村刑事。しかも階段が百八段あります」


 「百八段。なるほど。でも日本はもともと神棚と仏壇のある家が多いわよね?」


 「そういわれればそうですね。そう考えると神社とお寺が一緒でも別にいいんですね」


 女性警察官の自信に満ちた指が萎れるように下がっていった。


 「その点、神仏が共存している日本は特殊だけど。多くの宗教では排他的な対立がおこり、本来人を救うはずの信仰で人の命が奪われていく。本末転倒よね。といってもそれは日本にいるからの考え、か」


 戸村の語尾が弱まる。

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