第313話 迷子(まよいご)

 女性警察官は五分も経たないうちに肩を怒らせながら書類ともう一冊別の黒いファイルを手に戻ってきた。


 「戸村刑事。ありました。これです」


 あきらかに不機嫌な様子の女性警察官は感情を押し殺しながら一冊目のファイルをかかげた。

 それでも女性警察官は部屋の空気を感じ破顔させる。


 六波羅は戸村とふたりになって気まずくなったためリモコン片手に壁際のテレビを見ていた。

 女性警察官はその六波羅のもとに歩み寄り六波羅の机に書類を広げた。

 書類はあきらかに黄色みがかっていて長い年月を思わせる。

 六波羅はテレビのリモコンのミュートを押した。


 戸村もそこに合流わさり、三人は机の中央に頭を寄せ書類をのぞきこむ。

 そこには十年前に四仮家が六角市に住む少年を助けた旨が記載されていた。


 「おい、これだけか? 怪我して迷子になってた少年こどもの手当をして警察に連れていっただけの良い人かよ」


 「ですね」

 

 調書の詳細まで把握してなかった女性警察官も拍子抜けしている。


 「良い人そうに見えるけど悪いやつってことだろ」


 六波羅はリモコンを持ったまま頭のうしろで手を組み、椅子を四十五度回転させまたテレビのほうを向いた。


 「班長。偏見がすぎます。それは職業病ですね?」


 女性警察官からも溜息がもれた。


 「古い人間だからな」


 戸村はふたりのことなど気にせず小さく声にだして書類の要約をしている。


 「四仮家元也は、道に迷ったと見られる市内の男児、佐野和紗さのかずさを発見。その後、迷ったさいに負ったとみられる怪我の手当をし警察へ……当時の職業は脳神経外科の医師、か」


 「そんなやつが機密費に絡んでるなんて医者の風上にも置けねーな? その子どもも今なら高二か高三ってとこだろ。単純に考え今も六角市在住なら六角第一高校いちこうから六角第六高校ろくこうのどっかには通ってんだろうな? 戸村さんよ。その少年を探しだして話でも訊いてみるか? とても官房機密費のこと知ってるようには思えねーけどな」


 六波羅はテレビの画面に話しかけているよう、すでに書類から目を離している。


 「あっ!? このって六角第一高校いちこうの生徒ですよ」


 「おまえ。なんで知ってんだよ?」


 六波羅も振り返る。


 「だって」


 女性警察官はもう一冊の書類を脇に抱えながら自分の机をふたたび指さした。


 「ん? なんだよ?」


 女性警察官は六波羅の疑問に答えるように自分の机に向かっていき、机のうえでの仲間外れのようにぽつんと置いてあった物をとった。

 ビニール袋がカサっと音を立てる。


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 「これですよ。これ」


 「それって川相総かわいそうが撒いたビラじゃねーか?」


 「そうですよ。この十年前に迷子になったこのビラを拾ったなかのひとりなんです。コインパーキング脇で咲いているノボロギクのなかでビラを拾ったそうなんです。私、あの現場で交通整理やっててちゃんと生徒手帳で確認してますから」


 「なんでだよ?」 


 「平日の昼過ぎなのに制服姿でいたのでついつい条件反射で訊いてしまいまして。そしたらおばあさんが亡くなられたとのことでした」


 「それで早退か?」


 「はい。だから私よく覚えてます」


 「平日の昼間に制服でうろつく正しすぎる理由だな?」


 「はい。それに現代じゃアリかもしれないですけど和紗かずさって名前が女の子みたいだなって記憶に残ってて」


 「たしかに軟弱そうな名前だ」


 「班長。私はもう注意しません。その生徒の両親もしくはその亡くなられた祖母が名付けた名前かもしれないのに」


 「さすがに水差しすぎた」


 「その男子生徒は川相総かわいそうの飛び降りを目の当たりしたためなのか、ビラの内容読んだためなのか、あるいは自分の身に起こった不幸を重ねたためなのか。”どうして”っていったきり固まってましたけど」


 「すぐに動いて現場保存しようとするのは警察だけだぞ。あるいは救護に向かう医療関係者や消防なんかだな。どもみちそんな場面で動けるのは一般人の日常から遠い場所に身を置いてるやつらだ」


 戸村はいまだに書類と睨みあっている。


 「それも私と同じ条件反射ですよ。駅前には六角第二高校にこうの制服をきた女子生徒もいたんですけど。その男子生徒と顔見知りだったんで私も我に返ってなにも訊きませんでした」


 「六角第二高校にこうって南町だろ? ずいぶん離れた場所から駅にきたんだな。なあ、それって兄妹とかなんじゃねーか? でも兄妹で六角第一高校いちこう六角第二高校にこうに分かれて通学するのは考えづらいな。従姉妹いとことか、か? どっちみち亡くなったばあさんの孫だろ。駅で落ち合って一緒にばあさんのとこにいった可能性もあるだろ」


 「なるほど。それはありえます。あの男子生徒の姉か妹、あるいは従姉妹。でもすごい美人さんで羨ましいくらいでしたね」


 「あの、ちょっといい? その女子高生にはなにも訊いてなにどうして通ってる学校がわかったの?」


 戸村は不思議そうに女性警察官に訊いた。


 「えっと、六角市にある六つの市立高校の制服には通っている学校の漢数字が入ってるんです。例えば六角第一高校なら”一”のように。その娘の制服には”二”って刺繍がありましたから」


 「ああ、そういうこと。じゃあ六角市の高校生は制服を見ればどこの高校に通ってるかすぐにわかるのね?」


 「はい。市立いちりつの高校なら」


 「私立わたくしりつはそのかぎりじゃないってこと?」


 「はい」


 「戸村さんよ。なんの因果、か。戸村あんたの調べてる案件が巡り巡って川相総かわいそうに辿りついちまった。んで、この四仮家がどう噛んでるんだ? 官房機密費の金庫番か?」


 六波羅がそういったあとに――おっ、官房長。

 と視線をテレビに向けた。

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