第316話 権力者たち
「だとしてもそれをどうやって立証するかだよな? ところでおまえ帰ってきたときなんか怒ってなったか?」
「気づいてたんですか?」
「俺は刑事。昭和の洞察力をなめんな」
「なら、なんでさっきいわなかったんですか?」
「いや、本題があっただろ」
「それで私が怒ってるのを知っていてほったらかしですか?」
「まあな。で、もう収まったのか?」
戸村は六角中央警察のふたりの温度差に取り残されていく。
「今だって怒ってますよ。ただ話してるうちに頭が冷えて冷静になっただけです」
「なにがあったんだよ?」
「これです」
女性警察官は部屋に入ってくるときに一緒に持ってきた黒いファイルを広げた。
「なんだそれ?」
「被害届は取り下げられてますけど。これって性被害ですよね?」
女性警察官はファイルは――バンバン叩く。
「旦那さんと一緒にきたんですよ。これがどれほど屈辱的なことかわかりますか?」
「
六波羅は眉間にシワを寄せた。
「警察がこんな対応でいいんですか?」
「一度、被害届は出しすぐに撤回してるからな」
「きっと黒杉側の弁護士が音無夫妻に接触したんですよ。あれってほとんど脅しですよね?」
「おまえの想像だろ?」
「だいたいわかりますよ。性犯罪の被害者はいつも泣き寝入りですか? 裁判になれば身元もバレて洗いざらい話すことになるけど?ってそれでみんな動けなくなるんです」
「そんかことわかってる。一部の弁護士が使う常套手段だからな」
「卑怯ですよ。その後、音無霞は治療の合間に訪れていた病院から身を投げた。私なら三歳の子どもを残してなんて死んでも死にきれません。絶対、死のうとなんて思ってなかったんです。ほんの一瞬、ふっと心が揺らいだだけなんです!!」
「けど告訴状があってはじめて刑事が扱う事件として事件化される」
「もう少しで法改正して性犯罪は非親告罪になるのに……」
「そう非親告罪になれば警察は積極的に事件介入できる。が現状、どうにもならないことくらいおまえもよくわかってるだろ?」
「わかりますけど。結局この音無霞も黒杉工業の被害者じゃないですか?」
「予断を持つな。音無霞は相手が黒杉工業の誰かとは一言もいってねー。六角市にある大手建設会社との接待で被害にあったとしかな。詳しいことは不明だ」
「六角市の大手建設会社って黒杉工業くらいですよね? しかも黒杉工業は市内のソーラーパネルの設置を請け負うような大手中の大手。そもそも郊外だとしてもこの
「だから予断を持つな。ソーラーパネルは国と
「知ってますよ。
「
「なら。あっ!? 私わかっちゃいました。戸村刑事の官房機密費の案件、国交省も噛んでるですよ。鷹司官房長官から国交省の官僚に流れたあとに四仮家に流れてる」
「おまえな。証拠もなく、あっちもこっちも勝手にくっつけるなよ」
「そして四仮家から六角神社、NPOの幸せ形、黒杉工業へと。もしかして攪乱目的で六角市にいくつかの資金還流の中継点を作ってるんじゃないでしょうか?」
「おまえは発想が突飛なんだ。公にできない金なら情報漏洩の観点から関わる人や組織を減らすのが鉄則」
「でも黒杉工業は
「法人税を六角市に落とすためって、お嬢さんじゃなく、そのお嬢さんに社内クーデターを起こされた先代社長の考えだ」
「どうだか。六角市に本社を置いておけば、六角市でソロバンを弾けるからじゃないですか? これ私
「なんだよ」
「署長が黒杉工業の社長とゴルフにいったつぎの
女性警察官がエスカレートしていくなか、六波羅の態度が一変する。
「署長をなんだと思ってるんだ!? 警察署の署長が市内の悪徳企業と手を組むって昭和時代のアメリカ映画じゃねーんだからよ」
「じゃあどう説明するんですか? 署長と黒杉がゴルフをした翌日にソーラーパネルの事業を受注って。都合良すぎませんか? あの地鳴りで町中のソーラーパネルが壊れたとでもいうんですか? これは六角市の権力者たち企みです」
「まあ、落ち着けって。おまえの気持ちもわからくもねー。いつも泣きをみるのは
「そうですよ。六角市の名家でもある
女性警察官の勢いなおも止まらない。
「ここまできたら六角神社の宮司もグルなんじゃないですか?」
「おい、それ以上いうと俺も……」
「六波羅班長のいうように、まず、落ちついて」
戸村は興奮している女性警察官を
「なんの話なの?」
ひとり置き去りにされていた戸村は再度、女性警察官に訊ねた。
「ああ、あのですね。数か月前に六角市、在住だった音無霞という女性が夫と一緒に性的暴行を受けたと
「そうね。夫に話せるなんてよほどの信頼関係で結ばれた絆があるんでしょうね」
「ただ、すぐに被害届を撤回してるんです」
「取り調べの実況見分はセカンドレイプといわれることもあるくらいだから……そうなってもしかたないかもしれないわね」
「泣き寝入りです。その後、長男の
「なるほど。そういうこと」
「ちょっと待ってください。私、今、個人的にまとめてメモしますから」
「えっと、それなら私のPC使ってくれないかしら?」
「はい。わかりました」
戸村はタブレットとドックをくっつけて、ふたたび2in1のPCを組み立てた。
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