第320話 保護

 「フリーエネルギーってそういうこと」


 俺がさっきおれたちを創ったひとの話をしたのとビルの上がだんだん寒くなってきたことに端を発し社さんがはじめた話が終わった。

 といっても校長たちは、もうすでにここに到着していて当局関係者の人たちとでバタバタしている。

 川相さんの周囲まわりにも人が集まっていて、俺たち高校生は為す術なくただ待ちぼうけしていた。

 

 フリーエネルギーってのはほんとはスゲー難しいんだけど、簡単にいえば燃料なしで生産されるエネルギーのこと。

  

 「そんな力ならなくていい」


 寄白さんはいきなりフリーエネルギーを拒んだ。

 あっ、俺、また寄白さんって呼びかたに戻ってる。

 今日の四階での一瞬の呼び捨てが消えた。

 なかなかムズいな。

 けど、世の中にフリーエネルギーがあればコンセントとかもいらないんだからスマホの充電楽じゃん。

 しかもご自由にって意味のフリーだよ、フリー。


 「なんで? それを個人で使えたら良いことばっかりじゃん? 社さんもそう思わない?」


 俺は寄白さんとは反対の意見だ。


 「私も美子と同じでそれはいらない力だと思うわ。最初に人間に与えた火の熾こしかたが石っていうのは正解よ」


 や、社さんまでもが俺と真逆の意見だとは。

 なぜだ、良いこと尽くめなはずなのに。


 「でもフリーエネルギーなら電気代もガス代も無料だよ」


 「当然、世の中がフリーエネルギーで溢れていたならそうなるわね。でも今のエネルギー産業の発展はなかったわ。それに伴って産油国の隆盛もない。となるとこの世界の形はがらりと変わっていたはずよ」


 地図の形が今と同じでも、国の事情はまるで違うか。

 とくに中東の原油が無価値なら、世界の経済もぜんぜん違う。


 「そんなものが個人で簡単に使えたのならこの世界なんてとっくに滅亡くなってるさ」


 寄白さんは社さんの言葉に被せてきた。

 ああ、そっか、やろうと思えば個人で簡単に火種なしの放火のようなこともできるのか。

 八つ当たりとかイライラしたとかで電気や火を扱えたら、街の破壊もテロもやりたいほうだい。

 

 酔っぱらった人が店の前にある看板とか人形を破すように、その辺の家を破壊することもできる。

 そりゃあ世界はなくなってるな。

 俺が浅はかだった。 

 能力者たちの能力と近いものがあるけど、世界にはほとんど能力者がいないのも、創造神かみの計算のうち? 世界中の人が俺らのような能力を使えたら同じように世界はないよな……。

 だからこそ選ばれた能力。

 

 創造神かみもそこまで計算してるなら、あっ、そっかやっぱ寄白さんがいってたのようにこの世界はVerバージョンいっ.てんぜろだからか? どっかにそういう難題をクリアした上位世界があるとか。 

 いや、あってくれたらいい。

 あるいは創造神かみにまったく別の意図があるとかなのか? これは創世の神話の登場人物にしかわからねー。


 「だから人間に火を与えた神様は正しい判断をしたってことよね。ただアダムとイブからはじまった人間ってもうぜんぶ入れ替わってるけど……」


 社さんは初めから寄白さんと同じ考えで、そういってたのか。

 旧約聖書ではじまった人間はもうすでに死んでいて現代はその子孫ばっかり。

 九久津の家にあったパンドラの匣とか、ソロモン王のヤキンを考えると、俺らってその神話の流れを脈々と受け継いでる。

 ただ、そのころの人は誰ひとりいない……けど転生という意味でなら存在してるけど、肉体という意味では誰も生き残ってない。


 「それを考えるとこの時代まで火の存在が残ってるってことは火は絶対なくてはならないものってことね」


 火がなかったら死ぬな、ほんと。

 だからこそのインフラ。


 「テセウスの船だな」


 寄白さんが遅れてそういうと、いまだ壁にもたれている川相さんを見た。

 

 「川相さんの手首の傷だって細胞という意味では最初に傷んだ細胞はもうひとつも残ってない」


 人の細胞も新陳代謝で新しくなるからな。

 川相さんの生活も明日から、新しい細胞のように生まれ変わってくれたらいいな。


 「うちの親もお姉と私には甘いから。とくに長女であるお姉には。株式会社ヨリシロかいしゃのこともそれが発端だし」


 寄白さんなぜか呆れてるけど、それってどういう意味ですか? よくわからない姉妹の関係性だな。

 仲はいいけど服装とかは対照的だし。


 おっ、ようやく川相さんが担架に乗せられて運ばれていった。

 ここの状況がひと段落したようで校長も小走りで俺たちのところに駆け寄ってきた。

 

 「みんな。ありがと」


 「なにがですか?」


 「人助けしてくれて」


 「まあな」


 寄白さんが返すと同時に社さんから――いいえ。と聞こえた。

 すると校長から――あっ。っと小さな声がもれた。


 「お姉どうした?」


 「鈴木先生の教え子の男子が振り込め詐欺を防いだって今朝いってたなって思って」


 「ああ、それ鈴木先生朝ホームルームでもいってましたよ」


 「沙田くん、それがその彼ね。六角市のケーブルテレビの取材を受けてて近々その番組が深夜に放送されるんだって」


 なに、深夜だと。

 深夜といえばアニメ枠。

 まさかアニメ編成のあいだに割り込んできてるんじゃ? 


 「そうなんですか? 観れたら観てみます」


 「六角中央警察署での表彰シーンは他のテレビカメラも入ってたみたい」


 「朝のニュースで偶然、見ましたけど。あそこにまた別のテレビカメラもあったんですか?」


 「そうみたいよ」


 「カメラ何台あったんですかね?」


 「六角中央警察署の署長さんってちょっとメディア好きなのよ。そういう知り合いが多いのかもしれないわね。署長さんワンシーズンのアイちゃん推しで六角中央警察署の一日署長を株式会社ヨリシロうちの芸能プロモーター部とコンタクトとってるくらいだから」


 おいおい警察署の署長ともあろう人が公私混同していいのかよ!? 

 しかもアイって人気メンバーの四季のひとり。

 六角市の治安が不安になるな。

 アヤカシ関係のことは俺らが頑張る、が、川相さんとか、音無さんとかのことは警察頼むよ。


 川相さんはブラック待遇でこんなんことになったんだから。

 あと市街に出没してる変態も。

 署長さんよ、若いアイドルにうつつをぬかしてないで、そっちをなんとかしてくれよ。


 「でもあの署長さんはきっと昼行燈ひるあんどんよ。だってまがりなりにも警察署の署長なんだから」


 校長のこのいかただと六角中央暑の署長は能ある鷹は爪を隠すタイプに思えた。

 

 「川相さん、とりあえず国立六角病院に運ぶって」


 「そうなんですか?」


 「ええ。落ち着いたら市役所の職員さんと面談かな」


 「ところでお姉、そのスーサイド絵画はここにある」


 寄白さんは揺れている十字架のイヤリングを指先でさらにちょんと弾いた。

 

 「えっ、っと、ちょっと、美子」


 校長は顔のほうが先の驚いて、そのあとに声をだした。


 「どうする?」


 「どうするって報告しないわけにはいかない、けど。……でも美子、イヤリングのなかには藁人形の腕も入ったままよね?」


 「ああ入ってる。ただ私としては、もうすこし待ってほしい」


 「なにかあるの?」


 「どれくらい忌具を収納しておけるのかを見極めたい」


 「まあ私は美子を信じるから美子の裁量に任せるわ。四階のアヤカシをどうするかも美子の一存でできるんだから」


 「わかった」


 「美子。理解あるお姉さんで良かったわね?」


 「まあな」


 ここは姉妹が双方向で通じ合った。


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