第319話 救偉人の刑事

 「はい」


 「あやつのどっちつかずの印象の正体なんだが……」


 「なんでしょうか?」


 「黒杉は地位あるものの話を素直に聞いて受け入れるんだ。要は一定の地位にあれば玉石混交の話を”玉”の話としてありがたがる」


 「意外でした。話しで聞くかぎり他人の話には耳を貸さないのかと思っていました」


 「あんな黒杉の周りにも人が集まってくるのはそういう無垢な部分があるからだ。誰もが知っている常識だったとしても本人が知らなければ相手を褒めて実行する。なにげなく教えた本人はこのうえない優越感に浸れる」


 「それが利口と愚かが同居している理由ですか?」


 「そう。俗にいう世渡り上手。そして人たらし。とにかく周りの人間に財布をださせない」


 「逆に厄介ですね?」


 「そう。だから上様うえさまと本名を混同させた領収書も意図的なのか入れ知恵なのか気分なものなのかさっぱりわからない。私はもちろん公務員という職業を印籠にしていっさいの接待を断っているがね。あくまでゴルフをする団体のひとり」


 「公務員の金銭授受はご法度。そこは周囲の人間も署長と共通認識ですから断りやすいですね。に、しても黒杉太郎は掴みどころがない。完璧な偽装工作じゃなくてやっていることが穴だらけ。それだと送検後に検察が不起訴にする可能性もありますね?」


 「だから慎重にと思って。検察が不起訴にして無罪放免になればさらにつけあがるだけ。黒杉工業の世襲の弊害があの三代目太郎だ」


 「初代が作り二代目で傾き三代目で潰すとはよくいったものですね」


 「たいした苦労を知らないぶん逆にどっしりしたゆとり生み出している。被害者にとっては全部裏目」


 「哀藤祈あいとういのるという元、黒杉工業の男性社員のことはどうですか?」


 「あの一件も黒杉工業との因果関係はあると思ってはいるが……コンビニ店員の証言にあったノートだけでも残していてくれていたら。ただ黒杉が哀藤祈あいとういのるを追い詰めたのはありえる話、だが、黒杉に直接人を殺せる度胸はない」


 「さきほどまでの署長の話からするとそうですね。音無霞という女性のことは?」


 「ああ、関与も疑われるが黒杉太郎が実行犯ではないと思ってる」


 「それはどうしてですか?」


 「気が動転していたとはいえ、彼女の証言では黒杉太郎の外見が浮かばなかった。なにかこうもっと、うまくはいえんが数字に強い商売っ気のある人物が浮かんできた」


 「近いようで遠い印象ですね。黒杉との会食会で被害に遭ったのなら経済界の人間がいてもおかしくはない。自分を特権階級だと思っていれば、そこにいた女性を暴行していてもおかしくないかもいれません。やはり、音無霞の件も諦めたわけじゃなく黒杉の関与が低いという認識でいったん退いたわけですか?」


 「そのとおり。帳簿類を押収できれば会食会の領収書もあるだろうし。参加者名簿もあるはず。実態が把握しやすい。そこに川相総かわいそう哀藤祈あいとういのるの自殺に繋がる物的証拠の出現も期待している」


 「署長と六波羅班長、お互いに理解されてるんですね? だから私の研修先も六波羅班だった、ということでしょうか?」


 「それは伊万里くんの想像に任せるよ」


 「わかりました」


 戸村伊万里が微笑むと署長もようやくこの空間に慣れたのか背中側で手を組んだ。


 「黒杉のことはゆくゆくは解決するだろう……」


 署長はいったん間を置く。


 「アヤカシが町に溢れるような事態は起こりそうなのかね?」


 「時期は明言できませんが、いずれ確実に。全世界の対アヤカシの組織もそれなりの準備を進めていると思います。兆候があればそれはすぐに世界中に伝わりますのでなにか異変があれば日本でも内閣から各省庁へ伝達されます。ここへは国家公安委員会から警察庁を通じて都道府県の本部。そしてさらに市町村へとトップダウンで下がってきます」


 「兆候とは?」


 「はい。すこし専門的になるのですがアヤカシにも人の感情の起伏のようにブラックアウトとホワイトアップという状態があるんです。そしてアヤカシが一定の区域に一定の数が集まり同時多発的にブラックアウトとホワイトアップを起こすとアヤカシの数が指数関数的に増えていきます。それが全世界に波及した場合グレイグーという現象が起こります。これが初期段階。ただ初期段階をいくつかのフェーズに分ける案もあるみたいです。この段階で市内に出動することになるのが警察や消防。この状況では除怪、抗怪レベルでは焼け石に水。能力者たちの力がなければとうていアヤカシに太刀打ちはできないでしょう」


 「私も東北地方の警察署いたとき下級アヤカシのフォ、フォーなんとかというのに遭遇したことがあるが体が固まってなにもできなかったよ」


 「フォーですか?」


 「そう。フォークなんとか」


 「フォーク? そんな名前のアヤカシいましたか?」


 「名前じゃなく、種類だったかな? アヤカシにも階級だけじゃなく種類があるとかなんとか」


 「排他的アヤカシなどが、いますけれど、あっ!? 東北地方。なるほどわかりました。フォークロア型ですね?」


 「おう、それだ、それ。あれはどういう意味なんだい?」


 「フォークロア型は地域密着型のアヤカシを意味します。例えば雪女は山梨や静岡など中部地方の山岳地帯にも出現するんですが、北海道や青森、岩手、宮城、秋田、山形あたりの雪女ほうが性格も荒く強いんです。これはなぜかというと生活のなかでも話題にのぼることが多く、冬季、地元民から発生する負力が多いためです」


 「そういうことだったのか。あのときは土のアヤカシだったが、とても人間じゃ歯が立たんと思ったわ。あのときほど能力者の存在を頼もしいと思ったことはないな」


 「でしょうね。さっきおっしゃったように餅は餅屋。都市部ではフォークロア型のアヤカシは出現しませんし。それに六角市には結界がありますので下級アヤカシが集まっても最初のうち対処はできると思います、が、アヤカシが市街地に溢れた場合どの国も自国で精一杯ということになります。よって他国の救援は期待できない、かつ、こちらも救援には向かえない。世界は完全に分断されてしまいます。といっても国境は見えませんので大きく分けて六大陸。いや、北アメリカと南アメリカ大陸のように陸続きであればそういう分別の意味はないですね」


 署長は唾を飲み込む。


 「願わくばそんな状態はごめんこうむりたいが」


 「できるなら私もそう思います。ただ××××年に一度世界的な危機がおこりました」


 「伊万里くんがそれ・・をだせばここで立場はたちまち逆転だ」


 「これですか?」


 戸村伊万里はスーツの内ポケットから、サファイアのように青い五百円玉ほどの

五角形の勲章をだした。

 中央には「兵」という刻印がある。


 「ああ。ある意味その国家権力は絶大だよ。警察の階級を軽々とこえてしまう。能力者のなかでも救偉人とはまさに越権階級の存在」


 「この効力はアヤカシの存在を認知している者にだけ限定的に効きます。日常生活では警察手帳のほうが効果覿面こうかてきめんですね」


 「そうれもそうか。こりゃまいった。××××年。伊万里くんと同じ・・救偉人が前線で食い止めたんだろ」


 「はい。ただ一条氏と二条氏。救偉人であっても私の先輩です。私が受賞したのはしばらく後ですので」


 「救偉人にも年功序列があるんだ?」


 「はい。救偉人同士の意見対立があった場合、受賞が早い者の意見に従います。これは早く結果をだしたということを意味するそうです」


 「また違った意味の上下関係があるようだな」


 「はい。ただ専門外の対立でも受賞が早い者の意見が通ってしまうのは懸念材料ではありますけど……」


 「まあ、世の中のたいていの仕組には欠点がある。どこもかしこも問題だらけ。内憂外患だな」


 「おっしゃるとおり」

 

 「ところで四仮家元也のことはなにか掴めたかい?」


 戸村伊万里は救偉人バッジをを一瞥してから、再度それをスーツの内に戻した。


 「これといった情報はありません。なにせ六波羅班長たち、いえ六波羅班は魔障専門医という存在を知りませんので」


 「六波羅にもアヤカシの存在を知ってもらわにゃいかんか、だが、あいつは自分の目で見たもの以外は信じないし。偶発的な出会いじゃないと信じないだろうな」


 「でしょうね」


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