第136話 待ち時間

 俺は問診が終わってまた待合ロビーに戻った。

 さっき院内にくる前に社さんに聞いた病院のことを思い出す。

 この国立六角病院には国家資格である医師免許を保持したうえで魔障を専門に診る医師がいる。

 それが総合魔障診療医だ。


 さまざまなアヤカシに対する知識を持っていて、さらには呪術や霊障等までをふくめた人の体調不良を治療範囲にしているという。

 とくにこの国立六角病院はすごくて【広域指定災害魔障こういきしていさいがいましょう】という受傷者が複数人におよぶ場合の魔障にも対応できる病院ということだ。

 

 ずっとはしゃぎまわってたから、今、エネミーは電池切れの子どもみたいに大人しくソファーに座っている。

 

 「エネミー。前例があるからいうけど今度はブラックアウトしないでくれよ?」


 「大丈夫アルよ。雛がついてるアル」


 エネミーはすこしうとうとしはじめていた。


 「そっか。社さんがそういう見張り役なんだ?」


 「そうアルよ」

 

 エネミーはそう答えると眠そうだった目を爛々らんらんと輝かせて社さんの好きなところをこれでもかっていうくらいに語りはじめた。

 熱い飲み物をフーフーしてくれるところ、自分よりも生クリームの多いほうをくれるところ、エビの皮をむいてくれるところ、ツインテールの髪を結ってくれるところ、日常生活で起こるさまざまなだった。

 もうふたりは姉妹じゃないかってくらいの仲の良さだ。

 

 社さんってあんな感じだから外ではそんな素振りをみせないだけなんだろう。

 なにかを抱えてる気もするし、でも優しい娘なのは間違いない。

 俺の目のことも気にしてくれてたし。


 「けどさ蛇ってやつにも気をつけないと。前のシシャは蛇にそそのかされたかもしれないって校長がいってたし」


 「うちはその正体知ってるアルよ」


 な、なんだと? なぜエネミーがそんな重要なことを知ってるんだ。


 「マジで? 誰?」


 「そいつはな。必ずメガネが光るアルよ」


 エネミーは両手を望遠鏡のようにしてメガネを表現していた。

 その状態のまま首を左右に振って周囲を見回す。


 「なんだそれ?」


 「深夜アニメで見たアルよ。自分うち有料アニメチャンネルアニチャン入ってるアルからな」


 有料チャンネルって本気すぎだろ。

 俺もアニメ好きだけどさすがにそこまでしてアニメを観たりはしねー……。

 エネミーすげーよ!!

 テレビ娘とアニメっ娘か。


 「絵音未お姉ちゃんが有料の教養番組が好きだったからアニチャンも選べたアルよ」


 ああ、そういうことか、前の「シシャ」の真野さんが入ってた有料チャンネルは包括的に番組が見れるプランだったんだ。


 「だから。怪しいやつはレンズがベタ塗りになって、そのあとは口元がニヤってなって最後はレンズがキラリするアルよ」


 ただアニメが好きなのと、推理の信憑性はぜんぜん別だけどな。


 「それなら犯人候補はメガネをかけたやつだけじゃん?」


 メガネを外した時点でそいつは容疑者じゃなくなる……それはアニメにおけるただの演出技法だ。

 エネミーにクールジャパン炸裂中!!


 「間違いないアルよ」


 どうしてそこまで自信を持てる?


 「なら蛇はメガネをかけてるってことか?」


 「そうアル。メガネ蛇アル」


 なんかそういうメガネ猿的な種類の蛇がいるみたいだな。

 

 「けどそれで本当にわかるのか?」


 「わかるアルよ。追いつめるアルよ」


 「どうやって?」


 「一緒にマラソンを走ればいいアルよ」


 「えっ? なぜ?」


 「――一緒に走ろう。っていって、どこかでひとりで走ってたらそいつが犯人アル」


 ひとりで走ってたら犯人アルっていうか、ふつうの学生あるある・・・・だよ。

 

 ―― 一緒に走ろうね~。

 ―― 一緒にゴールしようね~。というすぐに破綻する桃園とうえんの誓いだろ? そんなのしょっちゅうあるわ。

 毎日日本のどこかで旋風を巻き起こしてるわ!!


 「あれはたいていどっちかがバテて失速してくだけだ。それを裏切りだなんていうのは違う」


 「その方法じゃ犯人探せないアルか?」


 「ダメだろうね……」


 「はぅ!?」


 「ショック?」


 「……いたしかたないアルね」


 エネミーは軽くヘコんだ。

 ちょっとかわいそうになったけど、そんなことでヘコたれるエネミーじゃないはずだ。

 案の定エネミーはここからアニメについて熱弁をふるいはじめた。


 「うちな片目だけ包帯グルグルしたいアルよ。あれかっこいいアルな」


 「えっ……と」

 

 エネミーは生まれて四日でもう中二病を発症した。

 予防接種をしてもらえなかったのか。

 ついでにここで診察を受けたほうがいいんじゃねーの、と思ったけど俺にだってそのはなきにしもあらずだ。


 なんたって「六角第一高校いちこう」に転校したまさにその日俺も《包帯を巻いてなにかを封印してる系でいくか? いや、眼帯をしてになんか飼ってる系もあるな……。》と自己演出を考えてたくらいだから。

 俺だけじゃなくたいていの中高生にはあるんじゃないか? 非現実に憧れて非凡な能力に憧れる……。

 といいながら俺は覚醒したけどな、ふふふ。


 ただ俺のは覚醒とも違うような気がする。

 俺はもっと前、いや、むかし? 違う……太古からなにかの能力を使っていたような……。


 「かっこいいアルよな?」


 「あ、あれは、か、かっけーな」


 エネミーはしばらく日本のアニメや漫画について語った。

 だからあの今ふうの道路工事中っぽいイラストが好きなのか。

 俺もしばらくそれにつきあった。


――――――――――――

――――――

―――


 そのころ寄白は六角市のとあるところにいた。

 ベンチの上に置かれた黒いノートが瘴気を放ちはじめる。


 「あんたはもう死んでるんだ」


 寄白はジリリと間合いをつめた。


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――――――

――― 



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*この話の終わりから番外編の『絶望ノート:忌具』が始まります。


https://namori-k-design.com/novel/%e7%95%aa%e5%a4%96%e7%b7%a8/note/

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