第135話 聴取

 院内にある小会議室は小さな部屋でありながらも防音設備が施され整理整頓されていた。


 「さあ、師長どうぞ座ってください」 


 九条は長テーブルを挟んで看護師長に席を勧めた。


 「あっ、はい、ありがとうございます。それで私に用とはなんでしょうか?」


 「ええとですね。今回僕が伺いたいのは十年前にバシリスクとの戦闘で九久津堂流という患者が搬送されてきたと思うのですが。そのときにオペ室で起こったことなんですけれど。記憶にありますか?」


 「はあ……。私が覚えてるかぎりのことはお答えできますけど……」

 

 看護師長は曖昧だった。

 ただその理由は記憶に自信がないというだけだ。

 日々、流れるように患者が押し寄せてくるなかで患者ひとりひとりを覚えるのは不可能に等しかった。


 (やはり師長は立ち会っていたか)


 「それで十分です」


 九条は手術に立ち会ったスタッフを探すという点で見つけたのが現在の看護師長だ。


 「そうですか。まあ、それでよろしいなら」


 「お願いします」

 

 「……でも十年も前のことですし記憶が曖昧になっている部分もあるかと思いますけれど。それでもよろしいでしょうか?」


 「ええ、けっこうです。覚えてる範囲で」


 「わかりました」


 「まずオペを仕切っていたのは誰ですか?」


 「主治医という意味なら四仮家先生でしたよ」


 (やっぱり四仮家先生か?)


 「記憶に残っている範囲で構いませんのでオペの手順を詳しく教えていただけますか? そのときに感じた疑問や不審な点などがあればそれもお願いします……」


 「手順ですか。えーとルート確保からはじまってあとは教科書通りの対応でしたね。あの状況できることなんてかぎられていますし」


 「そうですね。経皮的心肺補助装(PCPSピーシーピーエス)は回してましたか?」


 「ええ。回していました。スタッフ全員で懸命に蘇生の処置を試みましたがその甲斐も虚しく……という結果に……」


 「PCPSでなにか変わったことはありませんでしたか?」


 「PCPSで変わったことですか? いえ、ありません。通常通りに送血して脱血ですね。ただ堂流くんがバシリスクから受けた創傷そうしょうも大きく毒も強力でみんなの士気がすこし下がったのを覚えています。そこを四仮家先生が必死で鼓舞していました」


 「そうですか」


 「はい。ですのでオペ中に変わった出来事なんてありませんでした。そういう意味でも不審な点もないですね」


 「そのあとは?」


 「あっ!?」


 師長は思い出したように声を上げたが、羞恥を感じて口に手を当てた。


 「なんですか?」


 「えっとそのオペは上級アヤカシの魔障対応ケースの資料になるといって録画していたはずですよ。四仮家先生のご提案で」


 「ほ、本当ですか?」


 (映像が残されてるのか。ツイてるな。あとで観てみよう……けど、それじゃあ……)


 九条がそう思うのも無理はなかった。

 もし四仮家が血液を持ち去った人物だとするならそんなヒントになる映像を残すのかという疑問だ。


 「ええ。九条先生ならご覧になれると思いますけど」


 (四仮家先生の希望で映像を録画、か……? やっぱり辻褄が合わない)


 「ではあとで観てみますね。他に記憶に残ってることはありませんか?」


 「ありますよ」


 「なんですか?」


 「九久津さんの奥様の落ち込みようといったらそれはそれは」


 「……それは息子さんを亡くされたのならそうですよね」


 「ええ。ただタイミングがおかしかったような気がします。もちろん、これは私の感じかたなのですが……」


 「タイミングとは?」


 「四仮家先生が九久津さんのご両親に堂流さんの状況を説明なされたのですが、奥様はそこで尋常じゃないほどの勢いで雪崩なだれ落ちて」


 「察するに余りあります」


 (我が子の死だ。それはありえるだろう)


 「私もそうは思います。ただ具体的な状況なのですがそれは四仮家先生が堂流さんの背を見せてバシリスクの牙と毒の浸潤についての説明をしようとしたときなんです」


 「えっ!? 背中を? それは右脇腹の?」


 「はい、そうです。九条先生ご存知なんですか?」


 「ええ。僕も写真の画像で確認はしていますから」


 (あの不自然に引っ掻いてなにかを消したような傷か。……もしかして九久津家の両親はあの傷の理由を知っているのか?)


 「そうですか。九条先生もご覧になられていたんですね? 九条先生も違和感を覚えられましたか?」


 「? 違和感……ですか? なんの」


 「あのとき四仮家先生がおっしゃってたのですが堂流さんの毒の浸潤個所が広すぎると」


 「毒の?」


 「九久津堂流さんといえば救偉人の能力者として有名でしたし。多くのかたがその実力も認めてらっしゃいます。そんな能力者ひとが被毒をしてもあそこまで毒は広がらないんじゃないかという見解でした。そもそもの身体能力が尋常じゃなないほどに優れていましたからね」


 (四仮家先生も僕と同じ印象を抱いていたっていうのか?……そんな人が九久津堂流の体から毒を抽出して九久津堂流の弟である九久津くんに毒を渡すだろうか? 録画の件といい四仮家先生は真摯に医療行為をおこなってるじゃないか?)


 九条は自分の予想が綻びはじめたことを感じる。

 推理の欠片がポロポロと崩れていく。


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