第137話 idol ―膨満― 魔障 【病み憑き】

 思ったよりも待ち時間が長くて、俺はいまだに待機中。

 なんかふつうの病院みたいだ。

 病院ってあんまり患者がいなくても謎の待ち時間があるよな? エネミーもなんだかんだアニメの長話をして、今、また電池切れ。


 院内ではちょっと前から加湿器が作動しはじめていた。

 こういうところは乾燥禁物だからな。

 ソファーのうしろでは粒子が目に見えるほどの勢いでシューシューと蒸気が噴き出している。

 

 「あれ味変えたらダメアルか?」


 ぼーっとしたままのエネミーが加湿器を指差した。


 「味とは?」


 「中身アル」


 「ちなみにどんな味に?」


 「アイスコーヒー」


 「無理だよ」


 「はぅ!?」


 エネミーは俺の即答にショックを受けたのかうなだれた。

 そんなに落ち込むことか?


 「やっぱりホットだけアルか。あれ熱っついから嫌いアルよ。舌がビリってするアル」


 エネミーはすぐに復活した。

 ヘコむ理由ってそこかよ。


 「だから雛がフーフーしてくれるアルよ」


 「温度の問題じゃねーし」


 な、なんてスーチムパンクなやつなんだ。

 蒸気の味を変えて加湿器を楽しもうってことか? 加湿器に水以外の液体を入れたら……ど、どうなるんだ? た、たしかに気になるブドウジュースなら紫の霧が出るのか? メロンソーダなら緑の霧……レ、レスラーの毒霧かよ!?


 その霧はジュースの味を受け継ぐのか? まあ液体なら加湿器の構造上ミストにはなるよな、たぶん。

 加湿器はもともと水が霧状になってるんだから。

 俺が、そんなどうでもいいことを考えてるときだった。

 どこからともなく食欲を刺激するにおいがしてきた。


 それと同時に――クチャクチャ。と不快な音もする。

 その方向を見てみると太った着ぐるみを着たような女の娘がハンバーガーを食べながらロビーに向かって歩いてきていた。

 けど体型になんか違和感がある。


 斜め掛けのバッグをふつうに掛けてるけど……なんとなくそこに引っかかる。

 漫画なんかでよくみるハンバーガーを両手に持って交互にかじるをやっていた。

 右手のハンバーガーを一口食べてつぎに左手のハンバーガーにかぶりつく。

 左手のハンバーガーを食べ終えると、包み紙をそのまま廊下に放り投げた。

 包み紙は食べ物を包んでいた面から落ちたため廊下がケチャップとマヨネーズでベトベトだ。


 ハンバーガー独特の臭いがロビーに漂っている。

 これが店内なら美味しそうな匂いなんだけど病院だとちょっと臭いって思ってしまう。

 その娘の口の周りも園児が隠れて口紅リップを塗ったようにマヨネーズとケチャップで汚れている。

 

 その娘は今度、空いた左の手で斜め掛けバッグのマジックテープのふたを開いた。

 バッグの中から今まで食べていたハンバーガーと同じロゴのフライドポテトをとり出した。

 きっと同じ店で買ったんだろう。

 

 あと一口分だけ残っていた右手のハンバーガーも食べ終え、また包み紙を放り投げた。

 その右手で今度は赤ちゃんが鷲掴みするようにフライドポテトを掴んだ。

 口を開けないままフライドポテトを自分の唇に押し当てて口の中に押し込もうとしている。

 もはや食べるって動作じゃないな。


 フライドポテトは手と口の間でグチャっと潰れた。

 口の周りはさっきのソース類に加えてれた潰れたポテトで本物の赤ちゃんみたいになっている。

 さらにまだフライドポテトを口に押し込もうとして潰れたフライドポテトを口の周りに塗りたくる。

 ポテトの中身がボロボロと廊下にこぼれた。

 もう、頬っぺたまでベトベトだ。

 

 「すごい食欲アルな?」


 エネミーはことの重大さにあまり気づいていない。

 あれはどう見ても異常だ。

 ふつうの人間の食べかたじゃない。

 それにあの太り方も脂肪が増えて皮膚が伸びたって感じじゃないし。


 あっ!? 

 そうだ!! 

 違和感の正体がわかった。

 フェイスラインや手はパンパンに膨れてるけど他の部分はそんなに太ってない。

 パッと見たときの皮膚だけが膨らんで見える。


 「いや、あれは食欲とかじゃないよ。なんかの病気じゃ……」


 ってだから魔障を診るための専門の国立病院ここにいるんだろう。

 俺はなるべくその娘を見ないように目を逸らしてると、その娘のうしろからその娘の関係者らしき人が走ってきた。

 

 「誰か先生を呼んでください。早く娘が。アス大丈夫?」


 母親だったんだ、ならなおさら心配だろう。

 ずっと名前を呼んでるし。

 

 「アス。いったいどうしちゃったの?」


 ”あす”と呼ばれたその娘は母親の言葉に返すこともなく、また斜め掛けのバッグのからハンバーガーをとり出して今度は包装紙の上からかじりついた。

 紙もろともおかまいなしにムシャムシャと食べている。

 女の娘の担当らしい看護師さんも慌てて駆け寄ってきた。

 その娘は周囲をまったく気にせずいまだにハンバーガーに夢中だ。


 「お母さん。大丈夫です。もう、先生がいらしゃいますから」


 看護師さんは、うしろを振り返えると大きく声を上げて手招きをした。

 足元もつぎの行動に備えてスキップするように小刻みに揺れている。


 「只野先生。こっちです。お願いします!!」


 医者であろう人が白衣を手に廊下を走ってきた、そのまま軽やかに白衣を羽織る。

 白衣がぴったりと体に馴染んだ。


 医者って俺ら凡人とは違うオーラがあるんだよな。

 ましてや魔障を診るなんてとうてい同じ人間には思えない。

 すごい努力と勉強をしてきた人なんだろう。


 白衣を着ただけで頼もしいけど、近寄りがたい感じにもなる。

 素人がこの現場には立ち入ってはいけないと、無言でいわれてるような気にもなる。


 「きみ。こんなに食べちゃったの?」


 太った女の娘は受け答えすることもなく虚ろな目で医者を見たあとに、またなにごともなくハンバーガーにかじりついた。

 瞳には光がなくて死んだような目だ。


 ”ただの”先生と呼ばれた医師はまた、――きみ。と看護師さんに声をかけた。


 「ほぼ間違いなく。きだ。絶対に横にはさせないでね。吐瀉物としゃぶつで窒息する可能性があるから。できるだけこの立ち食いの状態を保って」


 「はい。わかりました」


 看護師さんが緊張した感じでそう答えるとその娘の腰辺りに手を回した。

 立ち食いの状態をキープ?か、そっか座ったり寝たりしたら胃が圧迫されて吐くかもしれないからか。

 するとそこにもうひとりの看護師さんもナースシューズを鳴らして駆けてきた。


 「きみ」


 医者が小走りしてきたのほうの看護師さんに呼びかけた。


 「はい」


 「まずは迅速診断。病み憑きの種類を特定してもらいたい。心因性、呪詛性、病原性、タタリ性のどれかの判別をする。種類の特定をしないと対処療法しかできないから。タタリ性の場合は寺社仏閣をメインに、あとは小さなほこらとかもまつられてる御霊みたまの種類からタタリの原因を調べて。国交省に問い合わせれば六角市にある寺社仏閣は教えてくれるから。そこからきを受呪じゅじゅしそうなところをリストアップして」


 「は、はい。でも只野先生、どうして六角市内しないで発症したってわかるんですか?」


 「この娘。ワンシーズンってアイドルだそうだよ。そのアイドルが今日六角市でライブする予定だって救急隊員から聞いてたから。お腹を目視した感じでもそれほどの膨らみはなった。病み憑きなら腹部中心にこれからどんどん膨らんでくる。それこそ衣類の上からでもわかるくらいはっきりとね。となる六角市に来てから発症した可能性が高い」


 す、すげー!!

 さすがは魔障専門医、そんなことがすぐにわかるのか。

 けど目に見える範囲が膨らんでるって、お、俺、も気づいてた。

 俺の洞察力もまあまあだなと自画自賛してみる。


 ……ん? あ、あっ!? 

 この娘って六角駅の大型ビジョンで見た活動休止のアイドルか~。

 たしか”あす”って名前だったような? そう”あす”だ、たしかのあの失言多めの司会者が”あす”っていってた。

 じゃあこの”あす”って娘はワンシーズンの”アス”。


 「ミア」って娘はワンシーズンにはいるけど二十四節気にも四季にも選ばれたことがない。

 「アス」って娘は二十四節気だけど活動停止中ってあのテンパった司会者がいってたわ~。

 

 あっ!? 

 も、もしかして今日のサプライズ発表ってアスって娘が六角市のライブで復帰だったのか? でもまた病気悪化しちゃった? それとも元から魔障だった? 俺ではそのへんの事情はわからないな。


 「わかりました。国交省に問い合わせてみます」


 「あわ・・てないように・・・・・・急いでね・・・・? あとイベントプロモーターは株式会社ヨリシロだからヨリシロのほうにも連絡入れといて」


 「はい」


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