第3話<4/7> キャスティング・ボート

 そして超特急(古語)で済ませて1階空き教室に大慌てで戻った。ドアをそっと開けると空気がおかしい。

「えーと。私がいない間に何かあったのでしょうか?」


 恐る恐る聞いてみる私。餅多もちだ先輩が教えてくれた。

「うーん。古城さんがいない間に先生がある本について購入をどうしよっか?って言い出しちゃってね。慣例通り君が戻ってきて投票するのを待てば良いのに先生も一票入れちゃって真っ二つに割れちゃったんだ。キャスティング・ボートは古城さん、君にかかっている」

「テヘッ。ごめんねー」

という事で4:4の膠着戦こうちゃくせんが起きていた。


 何が「テヘッ」ですか、先生。私が来るの待ったって良いのに入れたって事は意図的に膠着こうちゃくさせたんでしょうに。そんな事を顧問の先生がしないで下さいよ。まったく。


 問題になったのは海外翻訳小説の新刊だった。久々に英国のスパイマスターの新刊が出たのだった。英語版が出た時からもう話題騒然。高齢でしばらく新刊の間が空いていたのでファン達にも不意打ちだったのだ。おまけに邦訳も英語版が出る前から準備が進んでいて1ヶ月ほど遅れで出る事になっていた。話題沸騰の人気作。多分うちの学校にも読みたいと思っている人は1人ぐらいはいるはず。ここまでは誰も異論はなかった。


 2年生の安形久美子あがたくみこ先輩は氷のクール・ビューティー、表情一つ変えずに言った。

「うちの委員会にはエスピオナージュ・ファンはいない。君たち1年生にもいない。そして古城さん、あなたも違ったと記憶している」

 そう、本当に好きなら自分の希望枠でエントリーしてしまえばいい。それを誰もしなかったのでこの膠着こうちゃくは起きている。

 何故、そんな本を私がいない時に出してきたかは謎だけど音田おんだ先生が意図的にやって見せたのはまず確実。


「とりあえず、皆さんの意見を教えて下さい」

時間稼ぎ、時間稼ぎ。いきなり突っ込んで行ったら大変だし。


「じゃあ、購入すべき派から行こうかな」

ブンブンと肩を回す秋葉あきば先輩。聞くまでもない感じですけど。

「ミステリーに相通じる人気作家の最新作。公正を期せば買わざるを得ないよ」


 続いて和賀山公わがやまいさお先輩が続く。

「かほちゃんの言う通りかな」

和賀山わがやま先輩は日本ミステリーを好む人。そして秋葉先輩は日本、翻訳両方好きなミステリーファン。同盟成立って事らしい。


「私は知っての通りSFファンだけどカレの作品なら有名だし買うべき。私が言いたいのはそれだけ」とは2年生の安形久美子あがたくみこ先輩。SFもまた翻訳小説は大きな比重を占めているから秋葉先輩に与する事にしたという所か。


 そして意外なところでユウスケが一票入れていた。

「僕は最近翻訳小説も読み始めていて。だから買うべきかなと。うん」

本当のところは理由は別にあると見た。それはそれで成就するといいねって思うけど。そのせいで生徒だけなら4:3になった訳で。


 購入派はこの4人。先生が見送り派に入れなきゃ買う事で決まっていたはず。


 見送り派が理由説明を始めた。

 まずは3年生の雅楽川うたがわてる美先輩。放送委員会にも所属している女傑。アナウンスが上手い美人。昼休みのDJでよく出ているのだ。

「国内小説枠だって厳しいから買わなくてもいいんじゃない」

流石は我が図書委員会の日本ミステリーファンの首魁。単刀直入に購入を否定。しかもそれ以上の理由はないという姿勢は天晴あっぱれ。


 続いて2年生の餅多もちだツヨシ先輩。いろいろと教えてくれる絶滅危惧種のアイドルオタク。

「ラノベ買わないとみんな来ないよ。その金額でラノベ何冊買えるかって思うと見送りでいいよ」

 この人、ラノベ読みでもあった。案外この方面の嗜好は図書委員にはいないんだけど、生徒代表の体裁でしっかり自分の利益を入れてきたってところか。


 そして広乃ちゃんも見送り派だった。

「私の理由は雅楽川うたがわ先輩に同感。日本の小説枠考えたら無理しなくても良いんじゃないかなって思った」

広乃ちゃんも日本のミステリーを良く読んでいてそういえば雅楽川うたがわ先輩とよく本の感想言い合っていたっけ。こちらでもこんな同盟が発生していたおかげで1年生3人のうち2人は敵味方別れちゃった訳ね。


 で、音田おんだ先生はなんで購入しない側に入れたのか。目線を向けると逸らされた。まだ言いたくないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る