第2話<2/4> ボールを巡って起きた事

 ミアキちゃんと広乃ちゃんと僕は小学3年生の時、再び一緒のクラスになった。そもそも学級数が30人学級で3クラスしかないので同じクラスにはなりやすい。


 ミアキちゃんはあの頃みんなを率いて遊び回ってた。男の子の半数ぐらいは彼女の手下だった。

 そして広乃ちゃんは女の子をまとめていて、かわいらしさ道追求の旗手だった。そんな訳でガキ大将系のミアキちゃんとぶつからない訳がなくクラスは緊張に満ちていた。


 大きな騒ぎがあった訳じゃない。ただ担任の先生はやりにくかっただろうと思う。なにせ学級会ではああ言えばこう言う的な意見の衝突が始終起きていた。男子で多数派を占めるガキ大将ミアキ派とかわいらしさ道広乃派の勢力が均衡していて先生が一方についた際にきちんと理を通さなきゃもう一方がそれを批判してくるんだから。そしてこれは底流にある原因になった。


 正しくある事と集団利益が一致するとは限らない。ミアキちゃんは毅然と正しくあろうとした。そして広乃ちゃんと僕だけがその事を支持した。

そう、みんなは集団利益を取ろうとした。誰かが泣けばみんなは穏やかに過ごせるならそうすべきだと意思を示した。そういう事だ。

 正しさよりも穏やかに過ごせる事を選んだみんなが悪かったとは思わない。それぞれが答えを出したというだけの事。それでもだ。正しくあろうとした人が否定されてはならないと思う。




 きっかけは僕が秋の遠足で持っていったボールだった。野球の硬式ボール。夏にお父さんと甲子園に高校野球を見に行った時にたまたまホームランボールを取る事が出来た。そういう記念の球を持っているという話を遠足前にしていてミアキちゃんが見たいって言い出したから持って来ていたのだった。


 遠足は天候が悪かったからか予定が変更になって数キロ先にある大きな公園に行く事になった。弁当を食べて遊んで学校へ帰って解散。そんな予定だった。公園は木々が多くその中に芝生の開けた場所がいくつか点在していた。


 昼食は木陰でミアキちゃんたちと一緒に食べた。

「そうだ。ユウスケ、ボール持ってきた?」ってミアキちゃんに聞かれたのでデイパックから取りだして見せた。

「うわあ。当ったら痛そう。こんな球で高校野球ってやってるんだ」


 そこにカズマくんが割り込んできた。

「ミアキちゃん。俺にも見せてよ」

 ミアキちゃんが僕の方を見たので、いいよって頷いた。

 ボールを手にしたカズマくんはじっとそれを見ていたかと思うといきなり投げようとした。

「ちょっと、カズマ。何してんのよ」

ミアキちゃんがさっと彼からボールを取り上げると僕の方へ返してきた。

「イタズラが過ぎるのはダメだよ」

そうミアキちゃんはカズマくんに怒って言った。

「冗談だよ。ミアキちゃん、ノリが悪いなあ」

そういってカズマくんはごまかして離れていった。


 ミアキちゃんたちが野球を始めた。バッドとかある訳じゃないから軟式テニスボールで素手で打って素手で取るというような奴をやっていた。一方のチームのピッチャーで4番はミアキちゃんだった。運動神経は昔から良かったな。


 広乃ちゃんはというと女子陣を集めて紅茶パーティーをやっていた。こういうブームを作るのは広乃ちゃんの真骨頂。女子陣で示し合わせてサンドイッチとか持ってきていたのだ。英国のアフターヌーンティーという訳だ。


 僕はというとボールの一件があってモヤモヤしたものがあったので一人離れて見ていた。ミアキちゃんは理由は察してくれたらしいのでそっとしておいてくれた。


 野球は結構白熱していた。小学3年生のお遊びだけど、みんな一生懸命打って走って取って投げた。長打は少なかったけど内野を抜けるとランナー一掃になったりしたのでシーソーゲームになっていた。


 そんな野球の終盤戦。ミアキちゃんが投げたボールを誰かが打った。あれ、カズマくんだったかな。もう忘れちゃったな。

 そのボールは高々と上がって芝生広場の端の松林の木の1本の上の方に吸い込まれていった。フライを捕ろうとした子から「あっ」という声が聞こえてきた。ボールが落ちてこなかったのだ。広乃ちゃんたち女子からも「ボール、ひっかかったの?」というような声が上がっていた。




 野球をやっていた子たちは松林の端の木の下に集まった。「どうしよう?」そんな声が聞こえてきた。そして事件の引き金が引かれた。


 何かガヤガヤと野球していた子たちが言っていたかと思うとカズマくんが僕の方を見て指さした。そして彼がこちらに走ってきた。後を心配そうな表情のミアキちゃんが追って来た。


 カズマくんは僕の所へ来るといきなり言った。

「ユウスケ、硬式ボールを貸してくれたら野球に入れてやるよ」

 僕は野球に参加しなかったのはカズマくんの態度が嫌だったからだ。だから、そんな風に言われる筋合いはなかったけど彼からは何故か仲間はずれにする事が出来ていて、それを赦すかどうか決める権利が自分にあるように思い込んでいた。


「カズマくん。君にそんな事を言われる覚えはない。野球やってないのは僕の意思だから関係ない事だよ」

 彼は顔が真っ赤になった。

「そんなのどうでもいい。お前の硬式ボールを貸せよ。いるんだから差し出せ」

 そして僕のデイパックを奪い取ろうとした所でミアキちゃんが割り込んできた。

「カズマくん。止めなよ」

 流石のカズマくんもデイパックを奪おうとしたのは止めた。呆然としていた。硬式ボールを使う事についてミアキちゃんが反対するとは思ってなかったのだと思う。


 そしてミアキちゃんが言った。

「ねえ。カズマくん。人の記念品を使うのってよくないと思うよ。もし落ちて来なかったらどうするの?」


 その頃にはみんなも周りに集まってきていた。担任の先生もその輪の中にいた。カズマくんが再び顔を赤くして怒鳴り始めた。

「ボールがないと遊べないよ。ユウスケの硬式ボールでは僕たちの野球は出来ないけど、木に引っかかった軟式テニスボールなら落とせるかもしれない。うまくいかずユウスケのボールが落ちて来ないかも知れないかもしれないけど、それよりも軟式テニスボールを取り戻す方がみんなにとって大事なんじゃないか。ミアキちゃんこそ打たれた責任あるじゃないか。しかもユウスケだけえこひいきしていてひどいよ」

「そんなことない。間違えているのはカズマくんだよ!」


 そこに担任が割り込んできておかしな事を言い出した。

「春田くんがボールを貸してくれたら済む。古城さんや相田くんが喧嘩する事もないんだ」


 調子づいて「渡せ」と騒ぐカズマくん。

 ミアキちゃんは表情が変わった。

「ユウスケ、ボールを私に貸してくれない?」


 この時、彼女がどう考えていたのか分からなかった。でも僕はミアキちゃんを信頼していた(今も昔もこれは変わらないな)。僕はデイパックのファスナーを開くと硬式ボールを取りだしてミアキちゃんの手に渡した。


 ミアキちゃんはカズマくんと担任の方を見ながら言った。

「これは私が借りました。私はこのボールを貸しません。木にひっかかったボールを落とすためになんか使うのは間違いです」

そう言うと彼女はボールを両手で握りしめてしゃがみ込んでしまった。


 そこからは大狂乱だった。先生が彼女からボールを奪おうとしたのだ。僕は先生を止めようとした。結果、大の大人一人と子ども二人の取っ組み合いになった。流石のカズマくんもこれには加勢しなかった。


 人が集まっているのを見て様子を見に来ていた広乃ちゃんが叫んだ。

「先生、何をしてるんですか。ミアキちゃんの言う事は間違ってない。何故先生がそんな事してまで取り上げようとするんですか。先生はおかしいです!」


 その直後、他の学級の担任や学年主任の先生が飛んできて、僕たちは引き剥がされた。広乃ちゃんは泣いちゃうし、ミアキちゃんは何を聞かれてもしばらく何も答えなかった。僕もそうだった。




 担任の先生は元々ミアキちゃんと広乃ちゃんの対立でうまくクラス運営が出来ないと学年主任の先生に話をしていたらしい。


 そこで起きたのが公園での硬式ボール事件だった。担任の先生はミアキちゃんに対して仕返しするチャンスだと思った。別に彼女が何かした訳じゃない。ただ彼女ともう一方の広乃ちゃんの対立が疎ましくその一方を排除する口実を見つけて攻撃しようとした。そういう事だったみたい。


 先生はクラス運営に疲れていたのだと思う。結局、この先生は休職して翌年4月に別の学校に異動となった。残りの期間は学年主任の先生が担任を兼務してクラスは形の上での平穏を取り戻した。




 遠足が終わった後、僕が学校でハブられた。こいつが折れなかったから先生がおかしくなった。悪いのはユウスケだ。そういう無言の判決が出た。そしてミアキちゃんは悪ガキグループを辞めた。僕を味方した事が許せなかったカズマくんがミアキちゃんが攻撃した。ミアキちゃんはじゃあ好きにしたらいいからってみんなと遊ぶのを止めてしまった。


 そして広乃ちゃんにも矛先が向いた。

 広乃ちゃんはあの日止めようとしてくれただけでなく、学校が終わった後でクラスで話し合おうと呼びかけまでしてくれた。広乃ちゃんもまた正義の人だった。正面から受けて立とうとした。


 でもみんなは面倒くさいと思ったらしい。結局、放課後に教室に残ったのは僕とミアキちゃんと広乃ちゃんの三人だけだった。


「私も仲間外れにされたのかな」って広乃ちゃんが言った。

「ごめんね。二人とも。僕の騒動に巻き込んじゃった」

「何を言ってんの。ユウスケ。悪いのは先生とカズマくんだから。君じゃないよ。みんなもおかしい」

「そう。ミアキちゃんの言うとおり。みんながおかしいんだよ。この件は私もミアキちゃんも何も間違った事はしてない。ユウスケがボールを貸したくないって言ったのも正しいんだから。胸を張っていこうよ」


 こうして僕たち三人はこの日から親友になった。




「ユウスケくん。そろそろ意識を戻してくれないかな。貸出希望の子が来てるから」

 アガクミ先輩に言われた。言われてみると目の前に1年生男子が立っていた。いかん、いかん。

「あ、すいません。これ、貸出ですね。学生証をタッチしてくれますか」

そして本をバーコードリーダーでピッと読み取らせた。

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