第2話 僕がここにいる理由

第2話<1/4> ユウスケの一日のはじまり

 5月連休明けの朝。夢うつつで半分ぐらい目が覚めた。まだ部屋は暗かった。まだ夜だよって思いながらまた深く惰眠をむさぼっていたら部屋のドアをいきなり開けた母親に叩き起こされた。

「ユウスケ、さっさと起きなさい!今朝はあんた朝食当番でしょうが。もう」

 カーテンの隙間からは強い日射しが差し込んでいた。何の事はない。朝は来てた。泡を食った。そして朝食当番!

「おはよう。母さん。そしてごめんなさい。今、起きる」


 起き出してカーテンを開けると梅雨前の5月、今日も快晴。たまには曇っていたっていいんだけどな。それにしても未だ母さんに起こされる高校1年生。我ながらどうかと思う。ポロシャツを頭からひっかぶりスラックスに足を突っ込んで洗面台経由でダイニングへ。


 母さんに追い立てられながら大慌てで朝食をさっと食べた。父さんはもう出かけたらしい。今日の朝当番は僕の番だった。母さんには悪い事をしたので改めて謝った。

「ユウスケ、この礼はきっちりまた返してもらうから別にそれはいいけど、今日は7時までには帰ってきなさい。最近あんた遅いんだから」

 部活もない日なら6時前には帰ってるけどなあと思いつつ、母さんにそう言われると考えもなく頷く僕。


 朝8時前、自転車に飛び乗って学校へ向かう。母さんの軽EV車が追い抜いて行った際に手を振られたので振り返しておく。


 日中は暑くなったけど朝はまだまだ涼しい。気持ちよく自転車をぶっ飛ばせる。普通なら30分ぐらいかかる所を20分ほどで学校へ到着。1限目には余裕だった。


 駐輪場に自転車を止めると中央校舎1階の下足箱で下履きに履き替えて中央校舎3階の教室へ駆け上がった。

 HRクラスである1年D組、つまり中央校舎3階D教室の前にある自分のロッカーに行くとスクールバッグを入れて1、2限目の教科書とタブレットを取りだして最初の授業がある中央3E教室に向かった。すれ違う友達に「おはよう!」って挨拶していく。1限目始業の10分前には着席成功。よし。朝の寝坊の分の運は取り返したぞ。幸先が良いや。


 そういえばミアキちゃんや広乃ちゃんとは今朝はまだ会ってないな。1限目の授業も彼女たちとは違う。珍しく平穏な1日のスタートかなあって……そんな事を思ったのが間違いだった。




 賑やかな1日は向こうから勝手にやってくる。こと僕に関してはそういう運命の星の下にある。中央校舎3階E教室の静かな朝は二人の来訪で乱された。

「おはようっ!」

「こんな朝にそんな暗い顔して運が逃げるよ」

 なんて言ってくるのはミアキちゃんと広乃ちゃんだった。わざわざ人の授業先までやって来てその台詞。清々しい朝よ、さようなら。

「おはよう。二人揃って朝から来るって何か僕に頼み事?」


 そういえばある違和感があった。広乃ちゃんはいつものジーンズルックだったけど、ミアキちゃんがなんと制服じゃない。ブラウスとパンツルックというやけにシックな装い。制服じゃないというのが珍しい。っていうか今日はきっと天候異変が起きるぞ。


「実はさ、放課後に秋ちゃんを社会勉強に連れて行く予定にしてるの」

「社会勉強?」

「そう。秋ちゃん、もう少しファッション考えろって思わない?」

 それは考えた事がなかったけど、ファッション研究者たる広乃ちゃんに言わせればそうなるのだろうなぐらいは分かる。

「広乃ちゃんがそう言うならそうなんだろうね」

 傍らでミアキちゃんはしかめっ面。

「私が行きつけのお店にウィンドウショッピングに連れて行くんだ」

「へー」

「で、今日の図書委員の当番、代わってくれない?」

 そういう話ね。いいでしょう。引き受けましょう。

「いいよ。今日は空いているから」

 広乃ちゃんが笑顔になった。

「ごめんね。このお礼は何かするからさ」

 手を振って笑い返しておく。

「気にしないで。僕の方で代わって欲しい時は頼むからさ」

「あ、今日の当番、餅多先輩が個人活動で休むとかで他の先輩に頼んでるって言ってたから」と広乃ちゃん。

「気にせず楽しんできて」と返しておいた。




 2限目が終わるとホームルームがあるので1年D組の教室がある中央校舎3階D教室へ行った。単位制になっているのでホームルームクラス(HRクラスって言ってる)が集まるのは1日1回この時間だけ。HR担任とは授業がなければ会うのはこの時だけだ。


 リヒトが隣にやって来て座った。彼も小学校から一緒の一人だった。あの頃のクラスメイトで付き合いが続いているのはミアキちゃん、広乃ちゃんをのぞくと彼ぐらいだった。リヒトは中学校からサッカー部に入っていて彼に憧れる女子生徒も多い。要するに人に好かれるタイプなんだけど何故か僕とも仲良くしてくれている。

「今日、学食?」

「うん」

「なら一緒に食べないか?先約があるならいいけど」

「ないよ。じゃあ一緒に食べよう。学食前で待ち合わせでいい?」

 そう約束した。リヒトはあの日動けずに傍観していた。僕と話をするのはいいみたいだけど女子二人に対しては申し訳なく思い、それが回り回って苦手意識になってしまったようで話せてない。

どうしようもない事の一つだ。


 4限目が終わると体育館下の学食でリヒトと落ち合った。二人で中央高名物のスペシャル定食(要は日替わり定食)を食べた。今日は長崎皿うどん定食だった。

「リヒト、誘ってくれてサンキュー。長崎皿うどんとはうれしいな」

「運動部はスペシャル定食で何が出るか情報収集に余念がないからな。ユウスケが長崎料理が好きとか言ってたの覚えてたから誘ってみた。胡椒、取ってくれないか……ありがとう」

 長崎はお袋の故郷だからという事もあって長崎ちゃんぽんとか皿うどんは僕の好物だった。誘ってくれてこちらこそありがとう。




 放課後。1階の図書室へ向かったら閉まっていた。音田先生が不在らしい。2階に上がって渡り廊下で南校舎2階の職員室に鍵を取りに行って戻ると準備室の前には2年生の安形久美子先輩が立っていた。

「やあ。鍵、取ってきてくれたね」

って事は僕が鍵を取りに行くのを何処かで見て待つ事にしたんですね。


 さすがは合理主義の宇宙怪獣「アガクミ」。これはスタートレックなど宇宙SF大好き少女、論理のお化けに対して広乃ちゃんが付けたニックネームだ。実際言い得て妙だなあと思っている。

 餅多さんが個人活動で代わってもらうのを頼める相手なんて同じ2年生のアガクミさんか1年生の僕たちしかいないから当然の必然か。

「餅多さんの代わりですか?」

「そう。彼は追っかけやっているアイドルのインストアイベントに行きたいからって頼んできた。私が引き受けたおかげで彼は放課後になるとすぐ飛び出していった」


 僕は図書室の鍵を開けた。先輩と中に入るとカウンターに書き置きがあった。音田先生だった。

「職員会議で不在です。新着図書はありません。悪いけど今日はよろしく。音田」

 特に仕事の指示は書いてなかったので、カウンターに座って本の貸出返却対応、検索・閲覧端末席の管理をやっていればいいだけだった。

 ぼちぼち勉強などでやってくる生徒達を横目に僕とアガクミ先輩でカウンターに座った。今日は自習利用が多いようで貸出対応はあまりなかった。


「退屈ですねえ」

「平和ともいう」

「そりゃ、そうですが」

「そうそう。私は宇宙怪獣と呼ばれているのはあまりうれしくない。せめてミス・スポックとかスタトレネタにするとか配慮が欲しい」

 ミス・スポックって。先代のザカリー・クイント、それとも本家本元のレナード・ニモイ、どちらかのファンなんですか?


「えーと。それは僕じゃないですよ。アガクミ先輩」

「知っている。浦田広乃さんが9割、古城ミアキさんが1割ぐらいで言い出したとみている。君はそういう事を言わないだろう?」

 なんとも返しようがなかった。


「そういえば君はあの二人とは幼馴染みだっていうのは本当?」

「ミアキちゃんと広乃ちゃんとは小学校1年生で同じクラスだったのが始まりですね」

「じゃあ、10年ぐらい?」

「ってなりますね」

「ふーん。で、あの二人のどちらが好きなの?」

「いや、親友ですよ。大事な親友だし、好きな友達だけど異性としての好きとかいう話じゃんないです。今、そう見られたり言われたりするのは心外ですね」


 アガクミさんは意外そうな顔をした。

「二人とも良い子達だし、てっきり三角関係でモテモテでどちらも選べない優柔不断な子かと思っていた」

 このあたりの謎をもっと解き明かしたいんだけどと顔に描いてあるなあ。アガクミさんにも困ったもの。

「それって大変な誤解ですよ。どこにそんな恋愛小説みたいな事が現実にあるって言うのですか?」

「私にはそういう友達がいなかったから分からないけど羨ましい」


 アガクミさん、三角関係を言っているのか親友関係を言っているのか謎だなと思っていたら、ふと小学3年生の秋の出来事を思い出した。そう、親友という腐れ縁の関係になったのはあの時だったな。

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