第1話<4/4> 「図書委員会」殺人事件 私の灰色の脳

 久しぶりに私の灰色の脳で遊ぶ時が来たらしい。最初は私が口火を切る事にした。

「二人とも何か気になったら質問して。まずは私からするから」

広乃ちゃんとユウスケの二人が頷いたのを見た私は尋問を始めた。

「音田先生が準備室へ戻った時、施錠はされたんですか?」

秋葉先輩が答えた。

「ん。私達の誰もそれは分からないわ。施錠された時の音は聞いてないと思う」

雅楽川てる美先輩がそれを否定した。

「いや、したよ」

和賀山公先輩も同調した。

「したと思うけどな」

2年生の安形久美子先輩は

「雅楽川先輩、和賀山先輩には悪いけど、しなかったです」

2年生の餅多ツヨシ先輩はお手上げのポーズをして結論を出してくれた。

「こんな状態だから俺たちには分からないな」

とても同じ時間に下校したって設定には見えないなあ。もう。


 気を取り直した私は第2の質問をした。

「凶器の設定あるんですか?」

そこでまたもや『遺体』が口を挟んできた。

「ミアキちゃん。設定なんて言わない!」

「遺体は遺体らしく寝てて下さい」


 そして私の質問には再び秋葉先輩が答えた。

「あるよ。モノホン持ってくる訳にいかないからオモチャだけど用意してる」

「じゃあ私達に提供願います」

餅多先輩がラックに置いてあったオモチャの包丁を持ってくると私達に渡した。

秋葉先輩がニコリと笑う。

「ホンモノに見えるってことにしておいてね」


「次、私が聞く」

そう広乃ちゃんが言ってきたのでバトンタッチした。

「先輩がた、ひょっとして遺書とかあったりしたんじゃないんですか?」

和賀山先輩が笑った。

「いい所突いてきたけどないな。だからといって自殺の線は捨てられないよな」

「じゃあ、部屋の鍵を見せて下さい」

証拠関係は餅多先輩が担当らしく鍵を持ってきてくれた。それは変哲もないシリンダー錠の鍵だった。準備室のドアの内側はサムターン錠になっていて、ドアはいずれも内開きになっていた。

「音田先生が殺された時、どうなってました?」

「床に落ちていた事になっている。窓は全部閉まっていて鍵も掛かっていたから投げ入れるとか無理だね」

ドアの下に隙間はほとんどない。鍵を滑り込ませるような事も無理そう。

「ドアの内側のサムターンノブは何も細工とかなかったんですか?」

雅楽川てる美先輩が笑った。

「密室トリックに詳しいねえ。なかった。床に鍵があったぐらいかな」

ここで広乃ちゃんのターンは終了。頭を抱えて考え込んでいる。


 ユウスケがやる気を出した。こいつはあんまり活字の載った本は読まない。マンガ大好きっ子なのだ。ミステリーそんなしらないからどうなのかなと思ったら案外分かっている質問をした(後で聞いたら推理もののマンガは読むよって怒っていた。でも、やっぱりマンガなんだ!)。


「みなさんのアリバイってどうなんですか?」

秋葉先輩が答えた。

「学校を出るとみんな帰るルートが違うから。そこから先は不明ね」

「餅多先輩。警備員の巡回って一人ですか?」

「一人だね」

「警備員の人が見つけたという事は、警察呼ぶのはどうしたのでしょう?」

「廊下に出ると無線機で警備会社に報告。そのまま警察の到着まで現場保護のため廊下から監視待機していたけど誰も出てきていない、らしいよ」

ニヤリとする餅多先輩。


 再び私が質問した。

「誰か音田先生に対して恨みはありますか?」

秋葉嘉穂先輩は言った。

「動機って奴?私は本を返してもらってない。いい加減返して下さいよ、先生」

雅楽川てる美先輩も言った。

「遅刻とか始終するし。先生と思えない」

和賀山公先輩がぼやいた。

「装備作業が下手過ぎる。やらない方がいい」

安形久美子先輩が怒った。

「ミステリーでネタバレ。自分が物語派だからって横暴」

餅多ツヨシ先輩はただ総括した。

「みんな、何かしら恨みとか怒りとかはあるよ?」


音田しのぶ先生、こんなに生徒に恨まれたり怒らせたりしてどうするんですか。


 私は聞くべき事は聞いたと判断した。

「ちょっと3人だけで検討させて下さい」

「じゃあ、この部屋使ったらいいから」

『遺体』の人が起きて貼り紙を剥がすと図書室の方へ2,3年生を連れて出て行った。


 聞かれても面白くないので自然と小声になった。

「ねえ、二人とも何か思いついてる?」

「自殺かアガサ・クリスティのオリエント急行殺人事件かも知れない。いろいろとみんなに不満はあるみたいだし。証言がバラバラだし」

と広乃ちゃん。

「オリエント急行殺人事件の場合は密室にした人がどうやって出るかが問題。警備員の人が来た瞬間にそこのドアから外へ出る事が出来るか次第?」

ユウスケはクエスチョンマークが乱舞していた。

「オリエント急行殺人事件って何それ?」

私達は容赦なかった。

「知らないの?」

「古典なのに?」

「教養というか常識だよ?」

「ユウスケってたまにアホさらすよね」

ユウスケは広乃ちゃんと私の前で非常に不味い事をいったとようやく気付いた。

「……小説はそんなに読まないから僕は知らないよ。だから教えて」

私はユウスケがある事を忘れているようだったから指摘した。

「ユウスケ、ネタバレは嫌でしょ?よく怒っているじゃん」

「うん。ネタバレは嫌いかな」

広乃ちゃんが止めを刺した。

「じゃあ、ユウスケが自分で読みなさいよ。後でネタバレって言われたくないし。それこそ今日借りて帰るべき。事件の本質じゃないから説明は割愛」


 私は話を戻した。

「合鍵があれば楽勝だよね。音田先生を刺して普通にドアを閉めてやればいい。3Dプリンタで合鍵って作れるのかなあ」

 ユウスケが二人がかりでやり込められた衝撃から立ち直ったのか、彼の得意な技術関係の話になったのでその知識から可能性について検討してくれた。

「鍵を持ち出して3次元スキャンすれば出来ない事はないかも知れないけど、学校の技術室に金属3Dプリンタがあったかな。樹脂では持つか分からないし」

「出来るんだよね、理屈上は?」

「理屈上は出来ると思うよ、秋ちゃん」

広乃ちゃんが宙を見ながら言う。

「じゃあ、普通に外から鍵を掛けて密室完成の可能性もあるわけね」

私は頷いた。

「そう言う事になるね。整理すると犯行方法で考えられるのは3つ。1つめは殺してから合鍵で鍵を掛けた、2つめは警備員の人が中に踏み込んだ隙をついて部屋の外へ出るか、3つめは自殺っていう3択だよね?」

広乃ちゃんは賛成してくれた。

「うん。秋ちゃんの言うとおりで良いと思うわ。そして犯人は自殺以外なら誰でもあり得るけど動機的には殺すほどの事じゃあない」

私は結論を出した。

「じゃあ、これ以上の追求はしないでいいかな」


 ドアがノックされた。少しして音田先生が図書館側のドアから顔を突っ込んできた。

「答え決まったかな?」

私が答えた。

「はい。皆さん戻ってきてもらって結構です」

ユウスケが広乃をつついた。

「あれで犯人分かったの?」

「いないのよ。そんなの。私と秋ちゃんの会話ってそういう事」


 音田先生と先輩達が準備室へ戻ってきた。音田先生は流石に血糊のついた白衣は脱いでいた。秋葉先輩が仕切って言った。

「じゃあ、1年生さん達、誰が犯人か説明して」


 私から説明を始めた。

「犯行方法は3つあると思いますが、その提示以上は無理ですね。そういう事を期待している『事件』ですよね?」

広乃ちゃんが3つの方法を説明した。

「自殺、一人残っていて警備員が入ったときに抜け出る、合鍵を使う。勿論この組み合わせは考えられます。合鍵は鍵屋さんでは作りにくいと思いますけど、学校の3Dスキャナと3Dプリンタを使えば回避出来ます」


 秋葉先輩は答えになってないんじゃあと思ったようだった。

「で、私達の誰が犯人なの?」


 私はニッコリと笑って答えた。

「はい。提示された証拠と証言で導き出せるのは犯行手段までであって犯人の特定は出来ません。あるとすれば自殺でしょうけど胸を一突きで仰向けに倒れているというのは不自然に思えます。っていうか素で答えてましたよね、先生への文句。あと先生が鍵を締めたかどうかも証言がバラバラでいい加減です」

 苦笑する先輩たち5人。餅多先輩がぼやく。

「だから、ちゃんと動機とか証言とかちゃんと決めようって言ったのに。秋葉先輩たちが手を抜きすぎですよ」


 秋葉先輩は苦笑しながら謝ってくれた。

「ごめんね。『コバヤシ丸』テストだから正解はない。なので今の答えは的確。びっくりしちゃった。音田先生、毎年こんなテストを手間掛けてする必要あるんですか?」

「図書委員会はアウトリーチ活動は大事だからね。面白がってもらう事も大事。お互いを知るオリエンテーションになっていいでしょ」

 安形久美子先輩がクールビューティーぶりを発揮して表情一つ変えずに言った。

「コバヤシ丸はスタートレックに出てくる演習シナリオの名前。エンタープライズ号でコバヤシ丸を守るというミッションが与えられるんだけど絶対に勝てないの。負けるときの態度とか見るための試験だから。それを出し抜いたのがカーク艦長っていう重要な『故事』。まさか動機のいい加減さから見抜くだなんて、ひょっとして本格派?」

という安形先輩ってひょっとしてSFファンで本格ミステリーファンを敵視している人でしょうか(何故この組み合わせで敵視するのか分かんないけど)。


 血糊がついた白衣を手にしたまま笑う音田先生。やっぱりホラーだ。

「楽しんでもらえたかな?」

いや、先生が一番楽しんでたんじゃないでしょうか。


 この後、図書委員会の仕事について説明があった。ここは流石に音田先生の独壇場だった。本の選書、発注、受領と装備作業(フィルムコート掛け、バーコードシール添付),図書館管理システムへの登録、貸出処理、返却処理など多岐にわたっていた。

広乃ちゃんから質問が出た。

「選書って委員の人の意見はどの程度反映されるのですか?」

「委員で多数決で通った案について私が最終チェックしてもう一度委員に確認して決定してる。却下した事はないかな」

「じゃあ、ファッション専門書とかでも通る可能性はあります?」

「みんながOKすれば可能性はあるかな」

ユウスケも質問した。

「技術関係書でも同様ですよね?」

「そうだけど二人とも価格要素もあるからね」

とは秋葉先輩だった。

「予算は限られてるし先生の方からはガッツリ購入リストが入ってくるから。中々厳しいよ。この委員会の最大の楽しみだけど最大の闘争の場でもあるから」


 最後に再び音田先生が別の活動について触れた。

「あとうちの委員会内サークルとしてミステリー研究とかSF研究とかみんなやってるからね。そういう資料を活用した研究は文化祭でポスター発表とかやってもらうからね」


 こうして図書委員会の見学は終了して盛大に見送られて図書室から解放された。

みんな廊下で見送ってくれた。その時に音田先生が笑顔で言った。

「みんな、中央高図書委員会に是非入って欲しいなあ。古城さん、浦田さん、春田さん。よく考えてみてね」


 正門を出ると歩きながら図書委員会見学の感想戦になった。

「秋ちゃん、本当に図書委員会入るの?」

広乃ちゃんは呆れ気味だ。

「うん。先輩達は悪い人たちじゃなさそうだし。先生はもう10年ぐらい知り合いだから。ちょっと変わった所があるけどいい人だよ。あとやっぱり本を選ぶ際図書委員の意見は反映されるのは魅力かなあ。二人もそこはいいと思うでしょ?」

「そりゃあねえ」

「まあ、そこは魅力かな」


 そんな風に迷っていたら翌日から音田先生と秋葉先輩達が会う度に考えてよね?とか入ればとりあえず最初の選書希望は賛成票取れるよとか(収賄です、先輩!)とかあの手この手の勧誘が続いて、結局私達三人は図書委員会に入会したのだった。


 やっぱり「しのぶちゃんと泣く子には勝てない」よなあと思わせる結果になったので無駄な抵抗をしたのが間違いだったかな。

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