第1話 図書委員会へようこそ

第1話<1/4> 2026年4月 古城ミアキ 15歳、県立中央高1年生

 私は姉の母校である県立中央高等学校に進学した。小学生低学年の頃、文化祭で来た事があってその雰囲気には憧れていた。私も高校に行くならここって決めていた。



 私の日々のルーチンはお父さんとお母さんと一緒に朝食を作って食べる事から始まる。お姉ちゃんが大学進学で家を離れていて卒業後の就職先の関係で日本各地を転々としていて家に戻ってくるのは夏季休暇や年末年始休暇などに限られていた。だから、かれこれ7年ぐらい3人で分担して家事をこなしている。


 お母さんの淹れてくれるコーヒーはとっても美味しい。中学生の頃に私も淹れ方を教わったけど及第点が取れないから結局お母さんの仕事になっている。道理でお父さんもお姉ちゃんも手を出さなかった訳ね、なんて事をふと頭を過ぎった。


 お父さんの作るオムレツは相変わらず絶品。教わっているけどオムレツだけは中々上達しない。炒め物、揚げ物、煮物大体は両親と遜色ないんだけどオムレツはあのナイフを入れたときのふんわり感はお父さん天才。



 身支度してお姉ちゃんのお下がりのブレザーの制服を着ると自転車に飛び乗り坂道を駆け下って学校へGO。街の清々しい空気を満喫しながらひた走る。ご近所のお爺ちゃん、お婆ちゃん達にベルを鳴らしながら「おはようございまーす」といいながら坂道を颯爽と駈け下る


 県立中央高等学校はこの数年で変わった事は多い。学級定員が40人→30人に縮小されたので生徒数600人が450人に減っていた。他の高等学校との統廃合などあった中では廃校対象にならなかっただけ良かったのかも知れない。姉が卒業してそんなに経ってないのにこんなに変わるとは思わなかった。


 原因は「少子化」ってやつらしい。今時、私達が何か不利を受ける時はたいていこの言葉のせいになっている。お父さんとお母さんの時代は倍以上の同世代の子がいた時代だったからとは言われた。


 でも、そんな事は当事者側からしてみたら言っても始まらないよね。ずっと「しょーしか」「しょうしか」「少子化」のせいだって聞かされ続けて耳タコ。そんなの関係ないって言えたらいいけどそれは無理。でも気にしても仕方がないから前を向いて必死に駆けていくしかない。


 お姉ちゃんが会長の時に夏の男女ポロシャツや女子スラックスのバリエーションを勝ち取った制服は去年制服自体が廃止されて私服自由化された。学年別のネームプレートかネックストラップを着用していればいい事になった。

 教育費を抑制する方が大事じゃないかって話になって姉達がやった事をお手本に保護者と生徒が学校側を再び巻き込んで変えたんだという。


 時代は変わる。お姉ちゃん達が大騒動の末に勝ち取った結果すら時が押し流していく。



 私は敢えて姉のお下がりの制服を着て入学式に臨んだ。姉が卒業した時に私が将来絶対に着るからと言ってリサイクルに出さずに取っておいてと頼んだのだ。入学式に参加した150名の新入生を見ているとちらほらそういう子はいた。みんなだいたいは兄や姉が中央高OB・OGだった子たちだった。


 私の制服姿にめざとく反応した教諭の人が複数いた。入学式を終えて正門で父と母と落ち合って帰ろうとした所に学年主任の先生が通りかかって声を掛けられたのだ。お姉ちゃんの担任で苦労したと思う岡本先生。今や1年の学年主任だ。私も小学1年生の時の文化祭で会った事があった。

「あ、古城さん。ご無沙汰してます。妹さんが入学って事はお姉さんが入学してからだと10年ぐらい経ちますか」

「今度、妹の方がお世話になる事になりまして。先生が学年主任だと心強いので厳しく指導してやって下さい」

父と母が頭を下げたので私も慌てて頭を下げた。時は色々と変えているけど姉の時代の事はまだまだ覚えていてくれる人も少なからずいる。



 私のホームルーム・クラスは1年A組になった。この組の担任は公民科教諭の麻野小夜子先生。旧姓吉良。あだ名は小夜ちゃん。この春に高校時代の後輩の人と結婚されたばっかりなんだって。そういえばお姉ちゃんが小夜ちゃん先生と麻野さんの披露宴に呼ばれて珍しく帰って来れて、その時に私の高校入学を祝ってくれたのだった。


 小夜ちゃん先生はこの学校のOGで姉が生徒自治会長の時に監査委員をしていた。姉とはいろいろあったけど卒業する時には大事な友人の一人になっていた人。入学式の日、姉に小夜ちゃん先生のクラスになったと報告のメッセを送ったら「小夜子ちゃんが担任になったんだ。すごい巡り合わせだね」と驚いていたけど、小夜ちゃん先生からとっくに聞いていたんじゃないかって。そんな気もする。


 小夜ちゃん先生は私の制服姿を見ると叱りそうになる事がある。

「古城さん、その着こなしはちょっとおかしくない?……あっ、ごめん。昔の事を思い出しちゃったから」

と謝られた事があった。どうも私がネクタイしてなかったりと制服としての正しい着用出来てない所があるみたいだけど、今じゃ制服ではないので叱る根拠がない。つい高校生時代の風紀委員だった頃の感覚で言ってしまうらしい。


 姉からは小夜ちゃん先生に「私を諫めてくれたように厳しく指導してね!」と余計なアピールをしてくれているらしいけど、それは余計なお世話だから止めてよね、もう。



 そして姉を知るもう一人の教諭が音田しのぶ先生。27歳。姉が在学中に1年上の先輩だった人だ。なんと大学で国語科教諭と司書教諭の資格を取って県立高校の司書教諭となって戻ってきていたのだ。


 私の海外ミステリードラマ・映画探求のお師匠様で友達なのでメッセでもこの10年やりとりはしていた。だから私も音田先生が中央高勤務だとは知ってるし、音田先生も私の中央高入学も大喜びしてくれた。私が時折着ていく制服はこの人が一番喜んでいたように思える。


 そうそう、でも音田先生が私の高校生ライフ最大の問題なのだった。楽しい事も変な苦労ももれなく音田先生が影にいるんじゃないかと思う事すらある。

「ミアキちゃん。部活、図書館委員会入りなよ。本の選書させてあげるよ」

 図書室に住んでるんじゃないかというこの司書教諭は私を見かけるとそんな事を言う。この人は何かを望む時にとっても諦めが悪いというのは私も中学生になった頃には気付いていた。

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