第10話 探し人
「当てはあるのかい?」
僕は。
その一時間後。外泊することを家人のセダンに伝えて、馬車ごと先に帰らせた後でオリゼに問いかけた。
場所は、屋敷の裏庭。森の中である。
「…………さあね、どうかしらね?」
「どうかしら、って。そんな無責任な。マリアテールさんは依頼解決を期待してきみを呼んだんだろう?」
「分からないのよ。正直。あの書だって『偽物』だったわけだもの」
チラ。と、オリゼは視線を動かした。
同じく裏の森、僕たちとは反対方向で、必死になって捜索する桃色の髪の女性がいた。すでに一度は探したという場所を、もう一度『主人』の手がかりを求めて探しているのだ。
「難しいと思うのよね。探すのは」
どうしてだ?
「だって、消えた旦那さんを探してすでに親戚中で『捜索』はやってしまっているわけでしょ? なにかの事件に巻き込まれたとか、病が重くて動けなくなったとか。そういった可能性はすべて考えて動いているわよ。『身内』だもの。私たち素人が、出しゃばってかなうわけがないわ」
……、それは。
「今さら、部外者の私たちが探して見つかるかしら?」
オリゼは懐疑的だった。
彼女は物事をマイナスの方面から捉えて、材料を積み上げている。それが悲観的とか、嫌なヤツとか、そういった感情は抜きにして『真実を探る上で重要な視点』なのは僕にも理解できた。
その一方で、依頼人のマリアテールさんのほうが希望にすがって楽観的に……いや、楽観的になろうとしているのは分かっていた。
でも、依頼人は探しているのだ。
自分の前から姿を消した、その人を。
「まだ見つからないか分からないだろ。ぶつくさいってないで手伝ってくれ」
「やだ」
オリゼは、くるりとスカートを回して。
庭のきりかぶに腰掛けてしまう。……子供か。
「おい」
「捜索なんて。ひよわで聡明なレディの私がすることじゃないわ。下男や庭師のすることよ。私は頭脳を使ったお仕事が専門なんだから、這いつくばって草と泥にまみれるお仕事は剣士のあなたにお任せするわ」
ふざけるんじゃない。
僕は、生意気な彼女の頬を引っ張った。
むぎゅーっとほっぺをつねると思った以上に柔らかく伸びる。熱したチーズのようだ。彼女は抵抗しながら「――ひゃひほふふほひょ!(何をするのよっ)」と涙目で睨みつけてきていた。
なにが頭脳を使ったお仕事だ。僕よりもチビガキのくせに。
しばらく僕たちがケンカしていると、「……あのー」と申し訳なさそうな声が聞こえてくる。僕がギクッとして振り返ると、マリアテールさんが立っていた。
「――あ、いえ。べつにお咎めするつもりはないんです。ただ、お二人とも仲が睦まじいなぁと思いまして」
「え?」
遊んでいたことを怒られるかと思い、必死に言い訳を探していると。意外なことに、マリアテールさんは微笑ましそうにしていた。
探索に成果があった、とかいうわけでもないらしい。『ただ、遠くで見ていて、思わず』といった感情で声をかけてもらったようだ。
「私と、主人も。よくこのきりかぶに座って話をしていたんですよ。農園のこと。この国のこと。将来のこと。――ううん、今はもう思い出にしかない、宝箱のようなお話ばかりでした」
「……好き、だったんですね。ご主人のこと」
「ええ。大好き。あなたたちと同じくらい」
僕とオリゼは、顔を合わせた。
――どうやら、僕たちのことを勘違いされているらしいな。
お互いに目で確認し、僕は「あの、」とマリアテールさんに大前提から違っていることを説明した。僕たちは恋人などではなく、単なる友人なのだ。
僕が説明すると、「あら。そうなのですか?」と上品な表情で驚かれてしまった。
「そうですか……。私も主人のことで頭がいっぱいで、ついつい人様のことも勘違いして見えてしまうのかもしれません。申し訳ありません」
……まあ、僕たちに関しては。そういう純粋で温かみのある友人というよりも、悪友に近いところがあるんだけども。
不運をもたらす書物で出会い、そして協力して打開した、という関係はそう考えると確かに悪友だ。今では、なんとなく、一緒にいることが多いが。
僕は話のついでなので、マリアテールさんに亡き主人のことを問いかけてみた。
「すごく、仲良しだったんですね」
「ええ。とても。もし、生きてくれていたら……。ずっとそう思い続けて、魔導書という主人の残したものにも縋りついてみました。でも、まさか『偽物』だったなんて。何をやってるんでしょうね、私……」
少し、楽観的。
僕はずっとそう思っていたのだが、どうやらマリアテールさんは自分自身の希望にすがりついている姿を自覚しているらしい。
自嘲気味に、そして寂しそうにマリアテールさんは笑っていた。
……仕方ないと思う。誰だって大切な人を亡くしたら、悲しいし、生きている可能性に賭けてみたいと思う気持ちも当たり前のことだ。それこそ、藁にもすがるように。
マリアテールさんは冗談めかしく笑っているが、表情はとても痛ましいものだった。
オリゼは、そんな依頼人をジッと見つめている。
「こんな弱気で。主人に、怒られちゃいますね」
「……私が話したのは、どれも可能性の上にある未来。その真実よ」
オリゼは。
きりかぶに腰掛けながら、木訥と、相変わらず無愛想に言葉を紡いでいた。目を合わせない。こういう彼女の顔は、初めて見た。
「『書』が偽物であることに変わりはない。――でも、まだ残っている可能性はある。やれることはある。『花神の書』には、確かに本物の力が残っていた。だったら、別に本物が存在しているか、もしくは本物の書から力が抜け落ちて偽物に見えているか……。お気楽に探すのなら、そっちも重要なのではなくて?」
「……? オリゼ?」
あれ?
なにか、ぶっきらぼうだけどフォローしている……?
僕は感じとっていた。会話の潮が、別の方向に動いている。
さっきは、あんなに突き放すように冷たかったのに――。今の彼女は、悲しみを和らげるような言葉をあえて選んでいるような気がした。
……それこそ、希望を与えるように。
僕が驚いていると、オリゼは気づいたのか。少しバツが悪そうな顔になって、
「……ただ、思ったことを口にしただけよ。依頼人にうじうじと悩まれると、私が困るもの」
ぷいっと。そっぽ向いてしまった。
もしかして。マリアテールさんのこと、ちょっとだけ心配しているのだろうか。『あのオリゼが?』という感情は拭いきれない。驚きもあったし、どうせまた、裏があるんだろうな、程度に思ってしまっていたが。
マリアテールさんはポカンと口を開いていたが、やがて「くすっ」と笑って、
「ええ。ありがとうございます。小さな専門家さん。とっても……とっても、優しいんですね」
「私は、優しくなんかないわ」
やはり、顔は不機嫌そうだった。
……もしかしたら。
オリゼはオリゼで、『真実の書』の探求ばかりではなく――マリアテールさんが、どうして悲しそうな顔をしているのかが少しずつ分かってきたのかもしれない。いや、分かったつもり、か。鉄の心でできた孤高の女王様だとばかり思っていたが、心根は意外と違うところにあるのか。
僕はやたらと感心して、
「……オリゼ。僕は今、心からきみが友人でよかったと思っているよ」
「からかわないで。刺すわよ」
おっかない顔で睨まれた。僕は肩をすくめる。マリアテールさんはそんなやり取りに微笑んでいる。上品に笑うその人と目が合い、自然、僕の感情も少しは和らいだ。
もう、日が暮れる。
探索は打ち切りにするべきだろう。続きは明日にして、今日はもう夜が冷える前に家に入ったほうがよさそうだった。
それと、これは予感だが。
今晩のオリゼを交えた食卓は、とても楽しい気がする。
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