モンスターハウス・ルール take on
マーガに
視界も左側だけ赤みを帯びる。
今までそんなことはなかったが…… これもマーガがひとつになった影響なんだろうか?
俺を見上げるルージュちゃんが、少し驚いている。
――ひょっとしたら、左目だけ赤く輝いているのかもしれない。
「ディーンちゃん、これからその赤髪の女の子に
悪さしちゃダメよ!」
野太いオカマ声が脳内に響いた。
「マーガ、それはこっちのセリフだ! また変な事にならないようにしてくれ」
俺がそう念じたら、クスクスと笑い声が聞こえたが。
「あたしはサポートしかしてないんだけどねえ……
――まあ、そうならないよーに。善処するわよ」
マーガはそう言って、ルージュちゃんの魔力の流れを調べるために、波長を読み取りだした。それに合わせるように、俺の意識がもうろうとしはじめ。
「おい、マーガ! これはなんとかならないのか?」
体がふらつき、立っているのが辛くなる。
「あれ…… どーしたのかしら? こんな事には……」
そしてマーガの声も徐々に聞こえなくなり……
――俺は、ゆっくりと意識を失っていった。
++ ++ ++ ++ ++
「マーガ、ここはどこだ」
隣にたたずむ、やたらガタイの良い……
ピンクのド派手なドレスを着たオカマに、俺は問いただした。
抱き留めていたはずのルージュちゃんはいなくなり、俺は冷たい土の上に倒れている。全身にけだるさがあって、上手く動けない。
なんとか顔を上げると、そこは簡素な家が立ち並ぶ農村だった。
そしてその家々は燃え盛り、血塗られた剣を握りしめた複数のオークが、奇声を上げながら村人たちを襲っている。
2人の聖騎士が村人を守ろうと奮闘しているが、これでは多勢に無勢だ。
逃げ惑う女子供に容赦なく斬りかかるオーク兵に、いたたまれなくなって。俺が加勢しようと立ち上がったら。
「ディーンちゃん、動かないで。どうしてこうなったかまでは分かんないけど。ここは、あの女の子の記憶の中よ。今手を出しても、もう誰も助けられないし。ケイトちゃんの時のように変に干渉したら…… 記憶を書き換えてしまうことになっちゃうわ」
俺が歯を食いしばると、マーガは悲しそうな顔で俺に手を差し伸べた。
その手を握ろうとしたら、少女の細い悲鳴が聞こえ。振り返ると、4~5歳ぐらいの赤い髪の女の子が、後ろからオークに切りつけられようとしていた。
「くそっ!」
とっさに懐のナイフをオークに投擲すると。そのナイフがオークの目に刺さり、剣筋がそれて右足を傷つけるだけに止まった。なんとか致命傷を避けた少女は片脚を引きずりながら、聖騎士の元までたどり着く。
俺たちの存在が見えないのか、少女は突然倒れ込んだオークを不思議そうに眺めた後。キョロキョロと視線を漂わせ、切れ長の瞳を俺たちに向けると。
――俺に祈るように両手を合わせた。
「ディーンちゃん、もう何が何だか分かんないけど。
良くないことは確かだわ! 記憶の改ざんが進みすぎると、あの女の子の精神に異常をきたしちゃうかもしれないから。
……と、とりあえず一度この場から離れましょう」
マーガはそう言うと、まだ足がふらつく俺を担ぎ上げて走り出した。
村の反対側は深い森になっていて、そこに立ち入ると急に薄暗くなった。
「マーガもう大丈夫だ、降ろしてくれ。ひとりで歩ける」
体の節々がまだ痛むが、ピンクのドレスを着たマッチョなオカマにお姫様抱っこされるよりは、精神的に楽だ。
「そう?」
マーガはそう言って俺を降ろすと、森の樹や草を興味深そうに眺めた。
そこには、あまり見かけたことがない草木が生い茂っている。
「ここはルージュちゃんの記憶の中なのか?
……なぜ、俺たちはこんな所にいるんだ?」
まだ状況がつかめず、マーガに確認すると。
「ディーンちゃん、質問を質問で返してわるいけど。あたしがまだ半欠けであなたの瞳にいた頃、例の勇者に言ってたわよね。時間は不可逆で、未来は永遠だって。
優しいあなたのことだから、知ってて言ったんだと思うけど。
――あれって嘘だって分かってるんでしょ。
ドーンは理論を構築してたし、ディーンちゃんは賢者会で学んでたんでしょ」
マーガは手元の草を引き抜いて、葉の匂いを嗅ぎながら俺にそう言った。
「初代大賢者、ドーンが説いた果実の虫食論の事か? 確か異世界…… いや、古代文明ではワームホールと呼ばれてるみたいだが。
どちらを読み解いてもアレは時空間魔法では再現不可能だし、仮にできたとしてもどの時間のどの場所に出れるか予測不可能なものだ。仮説の域を超えない」
そう答えながら、俺もマーガが摘んだ同じ草の匂いを嗅いでみる。
文献でしか見たことはないが、この葉の形や独特の苦みを持った香りは、東国の薬草「よもーぎ」かもしれない。
そう考えるとこの見知らぬ木や草は、東国のモノなのだろうか?
「ならこんな仮説はどーかしら。その果実の虫食いが時間と出入り口が固定された状態で、天然の魔道具として存在している。ってのは?」
マーガはその草を放り投げると、美しい金髪を手で払い、やや垂れ目の甘いマスクをニヤリと微笑ませた。
それは『真実の扉』とも呼ばれる、第三の門の事だろうか?
しかしあれは、その条件を満たしていない。
過去から未来への移動は、時空間の凍結で可能だ。
移動したい人物の時間を100年止めれば、そいつは気付いたら100年後に移転したと勘違いする。
――それが『真実の扉』の正体だ。
何度も聖国の遺跡で実証したし。そもそも、それ以外の論理は考えられない。
「その仮説は面白そうだが、無理があり過ぎる。ドーンの説でも古代文明のワームホールの説でも、使用するエネルギーはけた違いに大きい。とても人が制御できる代物じゃない。例え古龍のような超常的存在でも不可能だ。
それに、今の状況となんの関係があるんだ?」
なんせその使用エネルギーはドーンの理論でも古代文明の理論でも。
人ひとり移動させるのに、星ひとつ分のエネルギーが対価として必要になる。
「でもね、ディーンちゃん。現実にこんな事が起きるんだから、可能性は無視しちゃダメよ。今あたしたちは、その答えに片脚を突っ込んじゃったんだと思うの」
マーガがそう言うと、森の奥から足音が聞こえてきた。
俺が懐に手を入れると、マーガがそれを制し。
「あらあら、やーっぱりあんただったのねえ。
ひょっとして、この森を制御してるのかしら?」
マーガの声に、その人物が嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、あの少女に負担をかけたくないのでな!
今はせっしゃの精神の中に入ってもらった。
うーむ、旧友を深めたいところだが…… あやつが急いておってな!
詳細は庵で話そう」
そして2人の変態……
マーガとガンリウ・ササーキは、無言で熱い抱擁を交わした。
うん…… なんとなく事情は把握できた。
――俺だけ、もう帰ってもいいかな?
++ ++ ++ ++ ++
案内された山小屋のような家に入ると、室内は意外と広く、夏だと言うのに暖炉には火が入っていて。中央に置かれたテーブルにはちょうど4人分のお茶が用意されていた。
不思議なことに気温も快適で、奥の席に優雅に座っていたバド・レイナーは。
「こちら側から来るとはね、実に面白い。あの御方が手に負えなかったのも良く分かる。どうだね、ゆっくりとお茶でも飲んで今後のことを話そうじゃないか」
俺たちを見て嬉しそうに笑った。
「あら、あたしもテーブルに着いてよかったのかしら?
てっきりあなたには嫌われてると思ってたのに」
マーガが嫌そうに呟いたが。
「私はキミを理解しているつもりだ。どうやら思い違いがあるようだから、いちど話し合いの席を持ちたかったんだよ、ちょうど良い機会だ」
バド・レイナーの言葉にフンと鼻を鳴らして、席に着いた。
オカマの『つんでーれ』は見ていて実に不快だった。
ここには変態しかいないようだから、やっぱり早めに帰るのが得策だろう。
俺がそっと部屋を出ようとしたら。
「ディーン君、なにもとって食おうと言う分けじゃない。今回の件の真相を知りたいんだろう? なら、席に着いてくれ。せっかくのお茶が冷めてしまう」
バド・レイナーは、年齢不詳な白すぎる素肌と整い過ぎた美しい顔を微笑ませ。
白銀の髪を揺らしながら、そう言って俺を引き留めた。
俺より歳下に見えるせいか、その物言いが無性にムカつくが。
しかたなく俺もテーブルに着いて。
「その真相と言うのを手っ取り早く教えてくれ。なれ合いも魔族との取引もする気はないんでね」
そう言い放ったら。
「なるほど、なら確信から話そう。
アームルファムの秘宝とは、もう分かっているだろうが、我等闇族の血を利用して作られる人造人間の事だよ。
ただどうも状況が複雑でね。今回の件の問題は……
この国の皇帝、ソフィア・クラブマンと言ったかな。その影武者、ミリオンと名乗る女のことだ。
――もっとも本物の皇帝は当の昔に死んでいるから、あの人造人間がこの国の皇帝になるのだが。
その事実を隠そうとする帝国の動きと、人造人間製造の阻止と『
バド・レイナーは歌劇役者みたいに大げさにそう言うと、優雅にカップを持ち上げお茶を口にした。
俺も同じようにお茶を口にして。
「そこまではだいたい見当がついてたが……
問題は、どうしてこんな手間をかけて俺を試したかだ」
謎だった部分を確認すると。
「やはりキミは素晴らしい!
実際、あの地下牢で大人しくしててくれれば、こんな手間をかけたりはしなかったんだが……
わずかな可能性だと思っていたが、かけてみる価値はあった。
私の想像を超えるレベルで、キミは試練を乗り越えている」
バド・レイナーはコトリとテーブルにカップを置いて。
――真面目な顔で俺を見た。
その言葉に、同じテーブルについていたガンリウとマーガがおどろきの顔で俺を見つめ。
「バドが人を手放しで褒めるなんて、あたし初めて聞いたわよ」
マーガがポツリとそうもらし。
ガンリウが、その言葉に無言でうなずいた。
変態にガン見されても、ちっとも嬉しくない。
背筋をはう微妙な寒さをこらえながら、もう一度お茶を飲み。
俺には、変態に好かれる性分もあるようだと……
――心の中で、クールにため息をついた。
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