モンスターハウス・ルール take2

リリーにわたされた白い布を腰に巻き。

念の為もう1枚、少し大きな布を肩に掛けると。


「なんだか古代ギリーシャの哲学者みたいだな」

以前何かの資料で見た、そんな服装を思い出した。


「阿保なことを言っておらんと、キリキリと歩かんか!」

リリーはまだ顔を赤らめたまま、お怒りのようだが。


「さすがはダーリン、漢だね!」

「素晴らしい雄姿でしたわ! ご主人様」


脳内ではガロウとアイギスがうっとりとした声を上げているし。

リリーの後ろにいる真夜中の福音のシスターや、特殊部隊の女性たちは。

どこかぎらついた眼で、俺の身体をなめるように見ていた。


今は俺と同じように白い布を巻いてるが。

まあ俺も彼女たちの素肌を見てしまったんだから、ここはおあいこなんだろう。


「まあそうせかすな。

――いちばん魔力が高いのは、あの廊下の突き当りにある奥の部屋なんだが。

不用意に踏み込むのは危険だろう。この屋敷の謎をもう少し解明したいんだが……」

そう言って俺が首をかしげると。


「なんじゃ、そんなこと言って…… また女の尻でも触ろうとゆうこんたんか!」

リリーが鬼の形相でにらんできた。


「いや、そんな気はないが」

ちゃんと誤解を招かないよう、そう言ったが。


「えっなになに?」

「あのね、 ……って、ディーン様が」

「うそっ! じゃあ……」


後ろの方で真夜中の福音と特殊部隊のメンバーが、こちらをチラ見しながら。

コソコソと何かを話し合いだした。



なんだろう? これじゃあまるで……

――俺がただの変態みたいじゃないか。



++ ++ ++ ++ ++



結局無策のまま、俺たちは奥の部屋の前に着いた。


「俺が先陣を切って、部屋に入る。合図をしたら、リリーとブタが侵入してくれ。

――他は廊下で待機。

状況次第では援護を要請するかもしれないから、臨戦態勢でいてくれ」

部屋のドアに魔力的なトラップがないか確認しながら指示を出すと。

全員が頷いてくれたが……


改めて見ると美しい女ばかりで、しかもリリー以外は全員半裸だ。

――だんだん自分が何をしてるのか分かんなくなってきたが。


「外道よ、この中にジュリーやエマがおるのじゃろうか?」

心配そうに聞いてきたリリーのおかげで、当初の目的が確認できた。

しかし、その呼び方は決定なんだろうか?


「その可能性は高いだろうな。

――今もこのドアを確認したが、複雑な遮断魔法と複数のトラップが確認できた。

なら、開けないことには先に進めない」

最悪バド・レイナーだけでも良いから、いてくれれば。

状況を前に進めることができる。


俺は素肌の上に装着したナイフ・ホルスターから、ガロウを抜き。


「順番にトラップを解除してもいいが、時間が惜しい。

――このドアの魔力を全て喰らいつくせるか?」

脳内でそう問いかけると。


「お安い御用さダーリン! おやつには、ちょうどいいかもね」

ガロウの頼もしい声が響いてきた。


続けてアイギスを抜き。

「中にバド・レイナーがいたら、ガロウが喰らった魔力を一気にヤツに放出する」

そう指示すると。


「了解ですご主人様、しかし彼ならその程度の攻撃。

……簡単に無効化してしまいますが」

心配そうな声が返ってきた。


「大丈夫、目的は目くらましだ、まず相手の正面を取りたい」

俺がそう告げると。


「じゃあダーリン、いつも通りで!」

「了解しましたご主人様」


2人の歓声を聞きながら、俺は高価な装飾が施された大きなドアの中央にガロウを突き立てた。何重にも張られた魔法陣が解除されながら、魔力がガロウに喰らいつくされたのを確認して。


俺はドアを蹴破り、アイギスに魔力が移行したのを確かめて、部屋の中に転がり込んだ。静かな暗闇の中で耳を澄ますと。


「やれやれ…… まだ何も理解してないのに、ここにたどり着くとは。

――能力が高すぎるのも、問題だね。

しかたがない、もう一度仕掛けを練り直そう」

バド・レイナーの、ふざけたような言葉が響き。


軽い浮遊感の後、俺は真っ逆さまに…… どこかへ、落下して行った。



++ ++ ++ ++ ++



「どうした下僕よ、なにを呆けておる!」

リリーの声に、我にかえると。

そこは屋敷の1階、正面玄関のホールだった。


「いや…… なぜ俺はここにいるんだ。

真夜中の福音や特殊部隊のメンバーはどこにいった?」

軽い頭痛に頭を振る。

……服装も例の布切れじゃなくて、なぜかちゃんと司祭服を着こんでいた。


玄関ホールに人影はなかったが、カーテンは閉められ。屋敷の中は薄暗く、どこかから血のと何かが焼けるような匂いが漂っていて。時折「タタタタン」と、昨夜聞いた連射ができる応用兵器の音や、悲鳴も聞こえてくる。


既視感と頭痛が邪魔をして、正常な判断ができないが。

「夢でも見ていたんだろうか? この状態を以前見た気がしてならない」


今の状況に現実味が増す度に、なにか大切なものを忘れてゆくような気がするが。

「とにかく、移動するか」

ここに留まっていてもしかたがない。


音と匂いからホールの横にあった階段を指さすと、リリーと子ブタが頷く。

俺が先頭に立って階段を上ると。


2階の廊下の端に数人のシスターが倒れ。

通路を塞ぐように大型の蜘蛛がウネウネとしていて。その蜘蛛が張った糸に、さらに数人のシスターが絡み取られていた。


「ローパーじゃないのか…… なぜ蜘蛛が…… いや、それは」

既視感と、薄れて行く記憶に。

――もう一度頭を大きく振ると。


「あ、あれは…… グレート・タランチュラじゃな」

リリーがポツリと呟いた。


その名は冒険者時代に聞いたことがある。

目の前のやつは全長5メイルを超える巨体くねらせ、妙な粘液を出していた。


「リリー、グレート・タランチュラと言えばダンジョンのフロア・マスターでもおかしくないモンスターだろう? なんでこんな所に」

頭痛と戦いながら、リリーに確認すると。


「我にもサッパリじゃが……

しかしどうしたんじゃ、下僕よ。主の顔色が優れんようじゃが」

リリーが心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。


しかし廊下の端では。

「シスター・ルージュ、確りして! 気をしっかり持って」

「あたしの事はいいから、は、早く逃げて……」


倒れ込んだシスターの命が危険にさらされていた。


俺が近付くと。

「あ、あんたは……」

それをかばうように立ちはだかったのは、ウチの教会を襲撃に来た『真夜中の福音』のメンバーだった。


周囲を確認すると…… 大ケガで倒れているのがひとり。蜘蛛の巣にからみ取られているのが3人。合計5人とも、よく見れば知った顔だ。

――しかもこのままでは、全員の命が危ない。

どこかで何かが大きくズレたような気がして、俺が大きく深呼吸をしたら。



「今度こそ頼むよ」

どこかで聞いたような、キザな男の声が脳内で響いたような気がした。



「こんな所でまた襲われるなんて…… あたしはいいから、せめてシスター・ルージュは見逃して」

見覚えのある、泣きボクロがエロセクシーなシスターが。大きな目を潤ませながら訴えてくる。よく見ると、彼女自身も大ケガを追っていた。


そうなると今は、フロア・マスタークラスのモンスターを相手にしながら、瀕死の5人を回復しなくてはならない状況だ。


「時間が惜しい……

悪いが手加減なしで、一気にいくから。 ……覚悟してくれ」

大ケガのシスターにそう告げると。彼女はさらに顔を青くして、一歩下がった。


俺はポケットの中の、半欠けのマーガを握りしめ。

「今の俺じゃあ、全員の命を救うのは無理だ……

――黙ってないで、俺に力をかせ!」

強くそう念じたら。


「あーら、ディーンちゃん。やっぱりお優しいのね!

なーんかこれ、誰かの策略っぽいけどいいの?

あたしがちゃんとひとつになったら、ディーンちゃんの心配どおり……

――どんどん人間としての枠から外れてゆくわよ」

マーガが返答した。


「俺が気に入らないのはそこじゃなくて。

誰かの策略や思惑で、勝手に人生を曲げられることだ」


「それじゃあ、今回の件はそれに該当しそうだけど、いいのかしら?」

マーガがどこか楽しそうな声で聞き返してくる。


「仕方ないだろう。美女が目の前で死んだら、夕飯が不味くなりそうだ」

「夕食ねえ……」

あきれたように呟くオカマに。


「急いでくれ、あまり時間が無い」そう伝えると。


「分かったわよ、でもこれで後戻りできなくなるけどいいの?」

悪魔らしい言葉が返ってきた。


「後悔も…… 自分のことに関しては、もう慣れてるからな」


俺がそう呟くと。握り込んだマーガの半欠けが熱を帯び、左目に激痛が走ったが。力が体の底からあふれ出てきた。


「下僕よ、お主はいったい……」

隣でリリーが、心配そうに見上げてきたが。


「まず、この辺り一帯に回復の祭辞をかける。リリー、とばっちりが行かないように離れてくれ!」

そう言うと、リリーは子ブタと一緒に廊下の後ろまで下がってくれた。


倒れているシスター2人と、蜘蛛の巣に捕らえられた3人に向けて。

俺は心の中で回復の祭辞を唱えながら、大きく両手を開く。


「きゃ!」「あ、あん」「くっ……」


なぜか全員、もだえるように体をくねらせたが。

ケガが治り、蜘蛛の巣に捕らえられていたシスターたちも糸から解放され。それぞれ火照ったような甘い瞳で…… 俺を見つめ始めた。


「げ、下僕よ…… なんか妙にエロいんじゃが」

リリーが子ブタと一緒に駆けつけて、困ったようにそう呟いた。


気のせいだろうか?

なんだか、そこんところもパワーアップした気がしてならない。


俺が放った聖力ホーリーで、グレート・タランチュラはダメージを受けたようで。キシキシとうめきながら、8つの目で俺に標準を合わせた。


「とりあえず…… あの蜘蛛にとどめを刺してくる」

にらむようなリリーの視線から逃げるように。

ガロウとアイギスを抜きはらうと。



俺はクールにため息をついてから……

――うごめく毒蜘蛛に向かって走り込んだ。

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