モンスターハウス・ルール 4

正直…… こんな微妙な戦いは初めてだった。

戦闘の場になっている中央廊下は、吹き抜けの踊り場と幅5メイル以上の広い廊下が重なり合う場所だが。


そこに7体のストリートキング・アンデッドと3人の半裸美女戦士。

踊り場の隅には、既に服を着ていない、ブーツやグローブだけ装着した女性が3人。身を寄せ合って震えていた。


なんだか、ごちゃまぜの阿鼻叫喚状態で。


「きゃー! もう死んで」と、既に死んでいるアンデッドに無理難題を押し付け。

特殊鎧が上半身消え失せた赤髪の巨乳美女が、おっぱいをブルンブルンと露出したまま、自動小銃を連発したが。


狙撃されたアンデッドは平気な顔で。

「はっはっはー、そんな物は効かん! それよりこの雄姿を見よ」

マントをガバッと広げ、怪しい光線を出すと。


「いやーっ!」

微かに残っていた鎧が消え、赤髪美女さんはブーツとグローブとブルーの可愛らしいパンツだけと言う…… とってもマニアックな姿になってしまった。

まあ、嫌いじゃないが。


「コレット隊長!」

残り2人の隊員が赤髪の女性に歩み寄ったが。

彼女たちも、もうほとんど鎧が残っていない。


「あー、悪いが、下がっててくれないか? むこうに真夜中の福音のバーニィ隊長たちがいる。 ――後は任せてくれ」


しかたがないから、俺はできるだけそれを見ないようにして近付いて声をかけた。

流れ弾に当たりたくなかっただけで、決して近くで見たかったわけではない。


「あ、あなたは?」

隊長と呼ばれてた赤髪の女性が、不思議そうに俺を見る。


「ディーン…… 転神教会のディーン・アルペジオだ」

俺がそう名乗ると、大きな胸を自動小銃と腕で隠しながら、コクリと頷き。

ちょっと照れたようにうつむくと。


「て、撤退よ!」

大声を上げて。

仲間と一緒にリリーたちがいる廊下の陰へ、こそこそと逃げて行った。



その後ろ姿が実に……

――まあ、アレでコレでした。



++ ++ ++ ++ ++



俺は真夜中の福音のメンバーが、彼女たちにシーツやカーテンをかけているのを横目で確認してから。


「あまり戦いたくないんだ…… 大人しく元いた場所に帰ってくれないか?」

高笑いしているアンデッドに、平和的解決を提案してみた。


「はっはっはー、せっしゃの正面に堂々と立つその勇気!

真のおとこと見た! うーむ、遠慮はいらん。その気持ちに応えてやろう」

相手はアンデッドのくせに、やけにおしゃべりだった。


よく見ると死体が動いているというより、霊体に近い。レイスやリッチーと言った高位の存在なのかもしれない。まあ、どおりで…… 弾丸が素通りするわけだ。


俺と変わらないぐらいの年齢の、涼し気な顔の男だが。

涼し気過ぎて、ハッキリと死相が出ていた…… 

しかし黒いマントからはみ出す手足はやけに生き生きとしている。

やはり、微妙感が半端ない。


俺と相対したアンデッドが一番強い妖気を放っていて。

他の6体は、その言葉にカクカクと歯を鳴らして同調しただけだったから。やつが他のアンデットを操っているのだろう。


「名乗り遅れた! 我はストリートキング・アンデッドの長、ガンリウ・ササーキと言う。いざ尋常に、勝負!」


嬉しそうに微笑むアンデッドを前に、俺は心の中で深いため息をついて。

「転神教会、司祭…… ディーンだ」


2人して、東国のルールだと以前聞いたことがある、両手を合わせてお辞儀をする『名乗り上げ』をした。そして、あらためてアイギスとガロウを構えると。


「やー、ダーリンってやっぱりおとこだねえ! 正面突破カッコいいー!」

「ご主人様、もうドーンとあの光線ウケちゃってくださいな! そしておとこを上げましょう」


脳内で変な声援が飛んだが……

――成行きとは言え、正面に立ったのは俺のミスだ。


信じられないほどの妖気が感知できるが、不思議なことに悪意が感じられない。

どんな勝負か見当がつかないが、ここは受けて立つしかないだろう。


俺は少し腰を落として、呼吸を整え。

ジャスミン先生から教えられた『いあい』の構えをとった。


「ふむ、なかなかの構えだ! しかもせっしゃが人だった頃に、この命を奪ったムサーシと同じ2刀…… うむ、腕が鳴るわ!」

東国人に多いと言われる黒髪を震わせ、ガンリウは黒いマントに手をかけると。


「奥義、ツバーメガエシ!」

マントをガバッと開け、腰を突き出しながら大きく振って……

妖気を最大限に輝かせた。


「くっ!」

俺がそれを弾き返そうと、アイギスとガロウを眼前でクロスしたら。


「あっ、ダーリンなんかスルーしちゃった!」

「まあ、ガロウも? あたくしも失敗したようで……」

やる気のなさそうな2人の声が脳内で響いた。


「お前ら…… 絶対わざとだろう!」

その光に包まれて、俺の服がキラキラと輝きながら、上着、シャツ、下着…… と、順番に消えてゆき。


さっきの赤髪の美女、コレット隊長と同じような。

ブーツと靴下だけの、微妙な姿になってしまった。いや…… 俺の場合パンツも穿いてないから、怪しさは彼女の倍以上かもしれない。


しかし、ケガは無いし。気力体力共にそがれた気配もない。むしろ不思議な解放感が、俺をどこかへ誘おうとしていた。


ガンリウの第2の攻撃に備えて、アイギスとガロウを構え直すと。


「はっはっはー! まだまだだな」

そう言って俺の顔を見ると。

ガンリウは徐々に視線を下げ…… 俺の腰あたりで止め。


「な、なんと…… 3刀流だったのか!

そんな所に、せい剣を隠しておったとは……」

アホみたいに大きく口を開けた。


「な、なにを言ってんだ……」

隠そうか、切り込もうか悩んでいたら。

ガンリウは自分のモノと俺のモノを何度も見比べ。


「くっ、殺せ! せっしゃの負けだ」


どっかのお嬢様のように崩れ落ちた。 

それって流行ってるのか? いや、問題はそこじゃない。


「よく分からんがアンデッドを殺すことはできんだろう。

それに俺としては、どっかに引き下がってくれれば、それでいい」


「情けは無用だ……」

凄く打ちひしがれているようだったから。


「漢の価値は、そこだけじゃないんだ」

俺は世界の真理をガンリウに耳打ちして、そっと手を差し伸べた。


「バド・レイナーの誘いでこんな西方の果てまで来たが。まさかこのような傑物がおるとは…… 世界はまだまだ広く、せっしゃもまだ修行不足であった」

ガンリウは涙を拭きながら立ち上がる。


「そ、そうか……」

東国的な倫理観が今ひとつ理解できない。

そんなに感動されると、困るんだが。


「自信を持て、ディーン・アルペジオ!

ツバーメガエシと言う技は、そもそも人の心に潜む悪意を増幅し。

せっしゃと同じアンデッドに変える必殺の技なのだ。

それを正面から受け、なんのダメージも負わぬとは。

アンデッドに身を落とし、数百年。こんな事は初めてだ。

西方の僧侶服を着ておるが……

お主はひょっとして、聖人と呼ばれる人物なのか?」

ガンリウの言葉に、ついつい苦笑いがこぼれる。


「残念だがそんな大したものじゃない。

ただの通りすがりの司祭だ。 ――しかも、まだ成りたてでね」


俺の言葉に、ガンリウはさらに楽しそうな笑顔を見せた。

――死相は、相変わらず消えていなかったが。


しかし、ガンリウはバド・レイナーとは面識があるようだ。

ここは話を聞くチャンスかもしれない。


「ヤツになにを頼まれて、ここまで来たんだ?」

俺が問いかけると。


「うむ、バドの事か…… ヤツとは腐れ縁と言うか。

まあ、アレで話の分かる輩でな。

せっかくだから、教えてやりたいが。ヤツの顔も立てねばならんだろう。

だから詳しいことは言えんが……

ディーン・アルペジオよ、今思えば。

ヤツはお主の事を気に入っておるのかもしれんな。

闇族とアンデッドは近い関係にあって、同じように人の心を感じることができる。なかなかおらんのだよ、清い心の人物と言うのは」

ガンリウは、少し悲しそうにそう言った。


シスター・ケイトもそうだが。

人の心…… 特に悪意にさらされるというのは、俺が考えるよりも、ずっと辛いことなのかもしれない。


「では今日の事を胸に刻み、また修行の旅に出るとしよう。

ふむ、また会おう!」

俺の手を強く握りしめ、ガンリウは徐々に姿を消していった。

それに合わせるように、他のアンデットも消えてゆく。


うーん、できれば2度と会いたくないし。

バド・レイナーの意図がより分からなくなったが。


まあ、ここはケガ人もなく丸く収まったようだから……

――良しとしておこうか。


俺がため息交じりに、リリーたちが控えていた廊下を見たら。


「阿呆! そ、そそ、それを早く隠さんかー」

真っ赤な顔のリリーが、シーツの切れ端を全力で投げてきた。



そうか、すっかり忘れていたけど……

――どおりで、解放感が半端なかった訳だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る