モンスターハウス・ルール 3

「タタタン!」と乾いた音が、廊下の奥から聞こえてきた。

自動小銃と呼ばれる応用兵器の発砲音だろう。


この屋敷は2階建てで、廊下を中心に左右に部屋があり。合計3つの階段が、玄関ホール、廊下を渡った屋敷の中心、そして最奥部に裏口と共にある。


建物は『く』の字型で、中央の階段付近で大きく角度を変えている。

戦闘を目視できないが、音の反響から戦闘が行われているのは、その屋敷の中央にある階段付近だろう。


屋敷全体が放つ魔力のせいか、マーガに聖力ホーリーを送っても、戦闘状況を把握することはできなかった。さっきから頭の隅で引っかかってる違和感の正体が、この屋敷の魔力のせいだけだとは思えない。


――やはり疑問は早く解決しなくてはダメだ。


そう数メイルも進めば、戦闘が目視できる位置に着く。俺は意を決して左右にべったりとくっ付いている、シスターたちのお尻を触った。


「あっ、そんな」

栗色のふわっとした髪を揺らして、バーニィ隊長が吐息をもらし。


「あん……」

ルージュちゃんのあえぐような声が聞こえたが。


催淫効果がまだ継続しているのか、2人とも嫌がらないばかりか。俺に体を擦り付けるような仕草をする。


なんとかこのスキに、謎だった魔力の波動……

――真夜中の福音のメンバーが持つ、特有の波動を感知しようとしたが。


バーニィ隊長の思ったより大きくて弾力のあるお尻からも、ルージュちゃんのプリッとした形の良いお尻からも。やはりそれは感じ取ることができなかった。


いくらこの屋敷が怪し気な魔力に包まれてるとは言え、直接触っても感じられないのは、どう考えてもおかしい。さらに不思議なことにマーガから伝わる情報では、催淫効果はすでに無くなっていた。


じゃあ、なぜ2人は俺があちこち触っても嫌がらないんだろう?

まさか俺に好意を…… いや、今はそれどころじゃなくて。


もういちど確認のため、さらにあちこち手を伸ばすと。

「あっ、その、そんな……」「そこは…… あん」

怪しい吐息が増すばかりで、肝心の波動はどこにも見つからない。


困り果てていたら……

――また、ぶすりと俺のケツの真ん中に鋭いものが刺さった。


「おいこら外道! なにをやっておるのじゃ」

振り返ると、リリーが鬼の形相で俺をにらんでいる。

俺を刺した子ブタも「ぶひぶひ」と抗議の声を上げていた。


「外道? 聞き間違えたのかな」

今、下僕とは呼ばれなかったような気が……


「外道は外道じゃ! こんな場所でしかも2人を相手に、お主と言うヤツは!

どうも最近下半身に信頼がおけんとは思っておったが。

まさかここまでとは……

いいじゃろう! 我がこの場で去勢してやるから、そこになおれ!」


いやリリー、去勢が必要なのは……

お前に乗ってもらって、嬉しそうな顔してるその子ブタだろう?


「勘違いしてるようだが、俺はこの屋敷の謎を解こうとしているんだ」

俺の言葉にリリーは顔をひきつらせたが。


「よいじゃろう、我は寛容じゃからな! 言い訳ぐらいは聞いてやる」

子ブタに乗りながら、最近ちょっと膨らみ始めた胸を反らした。


「この屋敷全体が妙な魔力に包まれていて、おかしなことばかり起っている。

そうだな、例えば俺が女性から好意を寄せられたり……」


そこまで言うと、俺の横にいたバーニィ隊長やルージュちゃんが。

「まあ」とか「そんな」とか言いながら、顔を赤らめたが。


「ふーん、で、なんじゃ!」

リリーはさらに不貞腐れた。しかたがないから、俺は説明を続けた。


「さっきのグレート・ローパーも、相性は彼女たちにとって悪かったかもしれないが、致命傷にはならない相手だし。退治しても他のモンスターがポップするわけじゃない。

――引き際が良すぎる。この屋敷は、まだ魔力に満ち溢れているのにな」


俺がうごめく屋敷の壁や廊下を指さすと、リリーや真夜中の福音のメンバーが頷いてくれた。やろうと思えば、第2第3の刺客を送れるはずだ。


「状況から考えて、コレは闇族のバド・レイナーの策略なんだろうが。

やはり何が狙いなのか、よく分からん」

俺が首をかしげると。


「バド・レイナーは、妙な男でな。自分の論理と言うか…… 俺様ルールみたいなものを持っておってな。無益な殺しはせんし、逆に殺すと決めたらどんなことがあっても息の根を止めにくる。

――本人は選ばれし民の秩序とかほざいておったが。

この状況も、やつなりの俺様ルールなのかもしれん。しかしじゃな……

それと、お主の痴漢行為とどんな関係があるのじゃ?」


闇族と、真夜中の福音やジュリーやエマから感じた波動がどう関係するのか。そして今朝、シスター・ケイトの素晴らしいお尻から感じたあの独特の波動がなんだったのか。まだ結論が出ていないし、いま公言するのも危険な気がして。


「いや、それはなあ……」

言葉をにごしたら。


「やはり、去勢が必要なようじゃな」



リリーは無表情のまま、子ブタの腹をポンと蹴って……

――俺に向かって突進してきた。



++ ++ ++ ++ ++



「なんだ? アレは……」

リリーと子ブタに追いやられて、廊下の端で倒れ込むと。

ちょうど真ん中の階段付近の踊り場が見え、そこには数体のアンデットが、ぴっちりとした鎧を着こんだ女性たちに襲いかかっていた。


「なんと、アレはストリートキング・アンデッドじゃ!」

リリーが大きな目をさらに大きくして、おどろく。


「ストリートキング・アンデッド?」

知らない名前なので、思わず聞き返すと。


「うむー、アレは東国のダンジョンにしかおらんレアモンスターなんじゃが」

子ブタと俺の間に挟まれたリリーが、モジモジと動きながらそう呟いた。


しかし『じゃーじ』という素材は、通常の布より柔らかいようで。

そうやって動かれると、いろいろな感覚がダイレクトに伝わってくるんだが……

リリー、やっぱり少し成長したんだね。


「あまり動くんじゃない。モンスターに感知されたらどうすんだ。

ああ、バーニィ隊長たちもそこで待機してくれ」

俺は身を潜めながら、後ろを振り向いて指示を出した。


「それでリリー、やつらはどんなモンスターなんだ?」

戦況を確認すると、やつらは通常のアンデッドとは違い黒いマントに身を包んでいるが。どうやらその下にはなにも着ていないようで、時折それをガバッと開いて高笑いをしている。


しかも、アンデッドと戦っている特殊部隊が……

――なぜか半裸状態で。後方には、ほぼなにも着ていない女性隊員が震えながら数人身を寄せ合っていた。


「み、見ての通りじゃ。

やつらは全裸の上にマントを着たアンデッドで。

そのマントを開いて自分の裸体をさらし、『やきゅうけん』という特殊な光で敵の装備…… というか、衣服を奪い取る変態モンスターじゃ。しかも特殊な聖水か、強力な聖力ホーリーで一気に昇天させんと。何度でも蘇ってくる。強化鎧を武器とするあの部隊にとっては、最悪の相性じゃろう」


リリーがおっかなびっくり戦況を見つめてるが……

これは非常に教育上良くない。


間違いなくアンデットはマントを広げた瞬間、アレをさらけ出しているし。そこが光ると、なぜか相手の被服が1枚消える。

おかげで、女性戦士がボインボインな状態になって。


半泣きで自動小銃を連発しているが……

あの強力な応用兵器も、ストリートキング・アンデッドには効果が無いようだ。

――どうやら弾が素通りしている。


「その特殊な聖水ってのは?」

リリーに確認してみると。


「そのー、なんじゃ。生娘の ……を、やつらは至高の聖水と呼んでおって。

それをかけると喜んで昇天するんじゃが」

小声で恥ずかしそうにそう答えた。


「生娘の…… なんだ?」

もういちど確認したら、リリーは俺を無言でにらんできた。

うーん、ひょっとしてアレのことだろうか。


「まあ、変態を喜ばすのもなんだし。俺がやつらを地獄へ送り返そう」

ため息をつきながら立ち上がると。


「下僕よ、安心せい! もしもの時は、まだこれがある」

リリーが指さした方向には、部屋から持ち出したシーツやカーテンの切れ端があった。うん、アレをどうしろと言うんだ?


しかもボインボインしてる美女集団の中に突撃するのは気が引けるが…… 素通りするわけにはいかないだろう。幸いケガ人はまだ出ていないようだが、この先どうなるかは分からない。


ホルスターからガロウとアイギスを抜くと。


「おお! ダーリン、今度は変態アンデッドかい? た、楽しみだね。

やっぱりいつも通り、ドーンと正面からだよね」


「そ、そうですわねご主人様。たとえ服装が消えてもケガはしないでしょうし。その、正面からの方が、攻撃もしやすいでしょう」


意味不明な言葉が脳内に響いたが。


「俺まで裸になりたくないからな。

あの変な光線を受けないように、後ろからやつらを退治する」

それを全力で否定した。


「えーっ! 減るもんじゃないのに」

「ご主人様の、い、じ、わ、るー!」


やはりこの屋敷は、何かがおかしい気がしてならないが。



俺はそのブーイングを無視して……

――変態アンデットと半裸美女戦士の戦闘に、身を滑り込ませた。

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