【閑話】 Dean's memories
夏の日の彼女 1
結婚式が終わっても、来賓のやつらはほとんど教会に居座って。
――まだバカ騒ぎをしている。
新郎新婦は、なんとか馬車に詰め込んでハネムーンに向かわせたが。
「ルイーズの話では……
女性陣はこの後、教会の温泉に入るそうですが。
ディーン様どういたしましょう?」
警備を担当していたライアンが俺に聞いてきた。
「お開きにしたいが…… そうもいきそうにないな。
食べ物と酒を聖堂に運ぶか?
――空もだいぶ暗くなってきたし」
「そうではなくて、のぞきに行くかどうかのお誘いですが?」
真剣なまなざしのライアンに、俺は大きなため息をついた。
「見たいのはやまやまだが、こんな事で命を失いたくない」
ローラと聖女クラリスはS級だし、他の連中も似たり寄ったりの腕前だ。
リリーは…… 最近お年頃のようで、そんなことしたら怒りそうだし。
あいつの本気は聖国で嫌と言うほど知った。
とくに妹のテルマを追いかけたときは。
聖国が消し飛ぶんじゃないかと、本気で心配したほどだ。
「そうですね、確かに命あってのエロエロですから」
血の涙を流しながら、残念そうに呟くライアンの真意が……
――いったいどこにあるかわからないが。
とりあえず俺たちは酔っ払いと食べ物と酒を、聖堂に運び込んだ。
ヤローばかりの2次会は、やはり定番通り下世話な話に進み。
「で、ディーン様? あの美女集団の何人がお手付きなんでしょう」
ライアンが必要に絡んできた。 ――どうやらこいつは、カラミ酒のようだ。
どこに潜伏していたのか…… クライもあらわれて、料理を口にしながら黙々と酒を飲んでる。まったく、こいつらは祝儀も払ってないのに。
そう言えば昔からクライは「ただ飯とただ酒は別腹だ」って、言っていたな。
「クライ隊長も、その辺気になりますよね?」
「ああ、ディーンはその辺妙に硬いからな。
悪いことは言わん。 ――お前はもう一度身を固めた方が良い」
2人が酒を交わしながら無責任な事を言う。
「俺は別に硬い訳じゃないぜ」
そう言ったら、突然2人が乗り出してきた。
「じゃあもう誰かはお手付きで?」
「ディーン、見栄を張っても…… むなしいだけだぞ」
筋肉質の汗臭い男どもを、手で払い。
「あいつらには手なんか出してない。
だが俺だって、そっち方面の思い出のひとつやふたつはある!」
そう言い切ると2人が顔を合わせ、バカにしたようにニヤリと笑った。
ライアンが俺のグラスに酒を注ぎながら。
「ではディーン様、その武勇伝をぜひお話しください!」
そう言い寄ってきた。
「アイリーンの話はなしだぞ。
結婚してたんだし、その件は聞かなくてもよく知っている」
クライはそう言って不敵に笑う。
――まあ、乗せられたのかもしれんが。
これも2次会の余興だと思い。俺はぽつぽつと、賢者会時代の話を始めた。
「女どもが風呂に入ってるって聞いて思い出したが。
俺が子供の頃にいた、賢者会の東の学び舎も温泉地で。
学び舎を抜けてさらに山奥に入ると。秘湯として有名な場所があったんだ」
あれは賢者会の研究発表会で火災事故があり。
老師やジャスミン先生たちと別れて数か月後のことだった。
「そこにある宿に、当時賢者会の受付をしていた……
――学び舎のアイドルだった女性と2人っきりで、泊ったことがある。
あれは俺が、15歳の頃だ」
「おくてのディーンからは、考えられん話だな」
不審そうにクライがこちらを見ながら酒を飲み。
「いやいや15歳ですか! いいですね。
で、相手はどんな感じの女性だったんですか?」
ライアンは例の薄ら笑い全開で、俺に酒を進めてくる。
注がれた酒をひと口含み。
「名前は伏せるが…… 青髪のストレートに、大きなタレ目で。
――素敵な人だった。確か当時、18の誕生日をむかえたばかりだ」
俺がそう言うと、クライが不思議そうに聞いてきた。
「うむ…… しかしヘタレのディーンが、その年上の素敵な女性を。
どうやって温泉宿に誘ったのか。サッパリ想像がつかん」
俺はアルコールがまわり始めた脳みその中で。
古い記憶の鍵を開けながら、どうしてそうなったかを探し始め。
「そうだ、遺書だ! 彼女が俺に遺書を持ってきたからだ」
やっと回答にたどり着いた。
「遺書ですか?」
「なんだ、ずいぶんきな臭い話じゃないか」
2人の突っ込みに。
「その遺書は、彼女がひろったもんだよ。
秘湯をさらに超えると、死の谷と呼ばれてた場所があって。
そこは年中噴煙が立ち込めてて、自殺の名所でもあったんだ。
――煙に幻覚作用があって、谷は人が入れないほど深かったから。
楽に死ねて、周りに迷惑がかからないと。
変な噂が立ってな。実際、賢者会にいた頃、数人そこで行方不明になってた」
「そこからどうして、お泊りの話になるんですか?」
ライアンが首をひねる。
「その頃俺の住んでいた庵は。学び舎から山中へ抜ける1本道の途中にあったんだ。彼女はそこでひとりで暮らしてた俺を心配して。たまに食事をつくりに来てくれてた。その時、道中でそれを見つけて……」
「その女性が、遺書を書いた人を探して助けてほしいと?」
クライが、俺にそう聞いてきた。
「まあ、そんなところだ」
俺がそう言うと。
「なんと、ディーン様らしい」
「お前らしいと言えば、お前らしい話だな」
なぜか2人が深く頷いた。
なんだか無性に腹が立ったが……
とりあえず俺は、酒と一緒にその怒りを飲み込み。
――あの夏の日の彼女を思い出した。
++ ++ ++ ++ ++
その日は朝から日差しが厳しく。
昨日降り続いた雨がウソのように青空が広がっていた。
俺はひとりになった庵で、何かをするわけではなく。
その日も、ただぼーっとしていた。
身体に力が入らなく、気力も失われたままだったからだ。
夕刻近くになって。
「ディーンさん、ちゃんとご飯食べてますか?」
メリーザさんの声で、やっとベッドからはい出る。
「ああ、大丈夫」
「ウソ、昨日つくった分も半分以上残ってるし。
顔色も悪いまま……
こんなんじゃ、回復魔法師様でも治せない病にかかっちゃいますよ」
最近、暑くなったせいだろうか?
脚の付け根まで見えるショートパンツに。
袖や襟が大きく開いたシャツを着ていた。
その瑞々しい太ももや、動くたびに見える胸の谷間やヨコ乳。
受付では、ふんわりとした女性らしい服を着ていた印象が強かったから。
最近の彼女の服装には、少し戸惑っていた。
どうしても目が行ってしまうし。そのワイルドなファッションは、行方不明のジャスミン先生を思い出してしまうからだ。
「ちゃんと自炊できるし、そんなに心配しなくても。
それより…… メリーザさんに迷惑じゃないかな。仕事終わりに毎日寄ってもらって。 ――変な噂とかたったら大変だし。だいたい、男のひとり暮らしに。その恰好は危険だよ」
「もう、人の心配ばかりして! 賢者会じゃあ、あたしがここに寄るのはもう有名ですから安心してください。それに競争率激しいんです。むしろ毎回勝ち抜いて、ここにこれるあたしを褒めてください」
「競争率?」
「まあ、その辺の事はおいといて。
危険どうこうの話は…… せっかく誘惑してるのに、ぼーっとしてる男しかここにはいませんから。超安心です!」
元気よく笑うメリーザさんに、俺は苦笑いする。
彼女なりの励ましなんだろうけど、男を甘く見過ぎてる。
「そうそうディーンさん、実は相談がありまして。
……ちょっとこれを読んでください」
渡されたのは、最近出回り始めた植物でつくられる安手の紙が数枚。
そして女性らしい少し丸みを帯びた字で。
『この思いが届かないのであれば、生きてゆく意味が見出せません。
どうか、先行く私を探さないで下さい』
そう書き出されていた。
「これは……」
衝撃的な文章におどろいて、その先を読めずに。
俺はメリーザさんを見た。
彼女はかがみ込んで、細い二の腕で大きな胸をはさむようにして。俺の手元の紙をのぞき込んでいる。
「ねっ、なんか危険な感じじゃない?」
近すぎる顔。大きな瞳の上のまつ毛。
開いたシャツの胸元から、押し潰されてはみ出たおっぱい。
首筋には、薄っすらと汗が浮かんでいて。
確かにこれは危険すぎると……
――俺はごくりと、生唾を飲み込んだ。
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