Phase epilogue 聖国王の秘密

・・・ ミランダ ・・・



帝国が侵略してくるって噂や、ペンタゴニアの魔族襲撃なんかで。

王国中に変な空気が漂ってる。


まあ、あたしも。

いろんなしがらみがあるから、なかなかこの国を出ていけないんだけど……

もう少し様子見したら、帝国のどこかの領にでも行こうって考えてる。

――潮時ってやつかなー。


南部の方では、魔族の反乱軍が潜伏している噂があるし。

帝都では、この好景気で一獲千金を狙ってる強者がしのぎを削ってるとか。


そーんな、血沸き肉躍る世界があたしの好みだから。

こことはそろそろお別れだろう。


「ミランダだったね、聖国王陛下の給仕の仕事はなれたかい?」

聞きなれない名前で呼び止められて、一瞬あせる。

そうそう、今あたしの名前はミランダだった。


「はーい! テイラー様、ずいぶん慣れましたー。

皆様優しいですし、よい職場ですー」

ニコニコ笑顔で応えてあげると、宰相は相好を崩した。

そしてあたしの手足をチラッと見る。


歩くたびにパンツが見えそな短いヒラヒラスカートに。おっぱいがこぼれそーな、大きく開いた胸元。

いったいこの給仕服はだれが決めたんだろう?

今までゆったりとした修道服ばかり着ていたから、いまいち勝手がつかめない。


あたしがその視線に戸惑ってると。

「そうか、それでは引き続き頑張ってくれ」

そう言い残して、足早に去って行った。


まあ、テイラー宰相は国内の騒ぎを収束させるためにあちこち走り回ったり。

例の魔族襲撃で行方不明になった陰の最高権力者、フェーク公爵の後釜争いでバタつく貴族たちをまとめたり。いろいろと大変そうだ。


それであたしなんかの心配までするなんて、気配りができる人なんだろう。

若い女の脚をチラ見するぐらい…… まあ、許してやるか。



++ ++ ++ ++ ++



そろそろ時間なのに。

ふさぎ込んじゃって部屋からなかなか出てこない聖国王陛下の着替えのために。

あたしは寝室の扉を開けた。


最近は寝室でひとり本を読むことが多いそうだ。


「ああ…… もう貴族院の時間か?」

陛下はあたしの顔を見て少し微笑むと、ベッドからはい出てくる。


今も手には大きな本が握られていて。

背表紙を盗み見ると『聖国王の心得』と書いてあった。


彼の傷心の原因は、いなくなったフェーク公爵らしい。

幼少の頃から乳母の役目までしていて、陛下はすっかりなついていたから。


もっとも陛下はまだ7歳。

まだまだ甘えたい盛りなんだろうから、しかたないのかな。


「はい聖国王陛下。

これから会議ですので、こちらの服に着替えてください」


お飾りとは言え、国の重大な条約を決めるのに国王が不在では形にならないのだろう。可哀想だけど、これもお仕事だ。


あたしが陛下のパジャマを脱がそうとしたら。

「あっ、大丈夫だ…… ひとりで着替えれる」


そう言って、ちょっと照れたように拒否られた。うーん…… あたしの見た目が人族なら17歳ぐらいに見えるのがいけないんだろうか?

可愛らしいお顔が羞恥に染まるのは、見ててそそるものがあるけど。


そうそう眺めてる訳にもいかないかなー。



この仕事につくときに、いろいろ偽装したけど。

今のところ上手く行ったようで、誰も疑わない。


聖国には、真贋の巫女と言う訓練されたユニーク・プレーヤーがいて。触れられれば正体がばれちゃうんだろうけど。今は人数も少ないし。


聖国王は代々このユニーク・スキルを持っていて。

小さいながらも、聖国を強国と呼ばれるまでのし上げた先々代は。

「見るだけ」で、真贋を知ったけど……

――先代はそれほどの能力がなく、暗殺されちゃったようだし。


現聖国王にはその片鱗も感じられない。

――聖国はそれを隠しているけど。

どうもこのスキルは遺伝したりしなかったり、世代によって差があるようだ。



今も微笑むあたしをジーッと見つめてるけど。

目線がちょっと下がって胸元にいったら、照れたように顔を赤らめて。


「ミランダと言ったな、悪いが…… 着替えるまで、あっちを向いててくれんか」

陛下はそう言った。

うん、特に心配する必要もないかなー。


あたしが陛下に背を向けると。

「んしょ、んしょ」と可愛らしい声が聞こえてきた。


「帝国がほしがってる、応用魔法の情報を…… 議会は聖国が独占しろといってるそうだな。どう思う?」

そして誰にともなく、そう呟く。


「さー、あたし政治は良く分かりませんので」

とりあえず部屋には陛下とあたししかいなかったので、そう答えたら。


「どうせ貴族院のやつらの部屋にも出入りして、聞き耳をたてておるのだろう。

……やはりやつらは私腹を肥やすことしか考えておらんか?」

さらに、突っ込んできた。


「どーかなー、半々かもねー。素直に帝国の条件を飲むのが嫌なだけのやつらと、横流しで金もーけしたいやつらと。

国教を外されてからプライドも経済もズタボロだったからさー。気持ちはなんとなくわかるかなー。

……まあ、噂話程度の情報ですけど」

しかたがないので窓に向かって、あたしはひとり言を呟く。


「うむ、国民のためには帝国の条件を飲むのが最良だが。

貴族たちのために、ただ帝国のいいなりになってはならんということだな」


苦笑いしてると、陛下がトコトコとあたしの横まで歩いてきた。


「引き続き情報をくれぬか。

われは、この国をたてなおしてゆかねばならん。

フェークがいなくなってふさぎ込んでしまったが、ある者が言っておった。

『民をまもり平和を築くために、誰かが犠牲になるのは』間違っているとな。

皆のしあわせをつくるとは、そう言うことなのだろう。

われは二度と間違わぬよう、全力をつくすつもりだ」


あたしは陛下の服装の乱れを直しながら。


「大変すばらしいお考えですが。

たよる人を間違えてますし…… もしスパイをしろとおっしゃるのでしたら、報酬が合いませんわ」

もう一度笑いかける。

陛下付とは言え、給仕の仕事は給金が悪い。


陛下はあたしの顔を確かめるように見つめると。

「それではこの国の機密を教えてやろう。

どうじゃ、この話が面白ければわれの願いを聞いてはくれぬか?」


陛下にしては珍しく、自信ありげに話すから。

「……お戯れを。けどまあ面白ければ、考えてもいーですよ」

ちょっと付き合ってあげよーかな。


まあ聖国の秘密ってのは面白そうだけど、情報操作や秘密工作はあたしの特技だ。

この国にも随分長くいたから…… この幼い王が、あたしの知らない機密を知ってるとは思えない。


「それではまず、その給仕の服装だ。

なぜそんなに手足がでていて、首も大きく開いているか」


「テイラー宰相の趣味では?」


「あのかたぶつがそのような趣味なら、われも少しはあんしんだが……

――給仕は王室や貴族の間を自由にいききできるであろう。

過去、長いスカートや胸元に何かを隠したものがおったそうだ。

テイラーが給仕の脚や胸元を確認するのはそのせいだな」


「陛下、なかなか面白いお話ですが。 ……報酬と言えるほどではないですね」

そんな話は知らなかった。うーん、でもこれ。

ぜったい趣味も混じってるよなー。


「では、とっておきだ。

わが祖父、『至高の真贋』とうたわれたカレンディア1世はユニーク・スキルを持っていなかった。才があったのは、父カレンディア2世のほうだ。

――これは、面白い話であろう」


「ほんとーなら凄いお話ですが…… 証拠はあるんですか?」

あたしは素直に驚いた。だってカレンディア1世は、あたしの正体を見破った数少ない人族のひとりだったから。


「そうだな…… 例えば」

陛下は、手に持っていた分厚い本を広げ。


「『姿を変える魔族や魔物を見破る術は、その笑顔にあり』 ……とある。

これは姿や性別・年齢を変えても、そのしぐさや癖は変わらんと言うことだ。とくに笑い方はそのひととなりが出やすい。

人族のスパイなどは大きく姿を変えられぬゆえ、細かいしぐさにも気を使うが。

どうやら魔族や魔物はそうではないようだ。

大きな力を持つ者のおごりというやつであろう」

陛下はそう言うとその本を閉じ、あたしに差し出した。


「これは、祖父が父にあてて書いたものだ。

父は王家でもめったに出現しないユニーク・スキルを持って生まれたため。

――おごりがあったのだろう。

この本を開いた形跡すらなかった」


真新しいその本を開くと。

そこには何も書かれていなくて。

……ページをめくっても、どこも白紙だ。


「陛下、これはそのー」

「ああ、すまぬ。その本は王家の機密にかかわるもの。

とくに知られてはまずい、高位の魔物…… 例えば神龍などには読めんように、特殊なインクでかかれておる」


「へっ、そーなんですか?」

あたしが慌てて視力から龍力を切り離すと。


陛下はあたしの顔を見てニヤリと笑い。「読めるか?」と聞いてきたので。

相変わらずまっ白なページを見て首をふると。

ベッドに戻り、今度は古びた本を差し出してきた。


「だますようなことをしてすまぬ。それもこの本に書いてあったひっかけだ。

――そのようなインクなど、この世に存在せんだろう。

わが一族は……

数代にひとりしかユニーク・スキルが生まれないことを隠すために。

代々そのような技術を磨きながら『真贋を見極める』王として君臨し続けてきた。

最初に渡した本は、これからわれが書き込む分だ。

――これが聖国王最大の機密。

どうだ、面白かったか?」


あたしが、あっけに取られていたら。


「フェークよ…… いや、テルマ・グランドよ。

われはまだ学ばなくてはいけないことが多く、才もない。だが、この国の未来…… いや、この世界の未来のために、立ち上がりたいと考えておる。どうか、この幼き人の王をもう一度みちびいてはくれぬか」


陛下はそう言って膝を折り、祈るように首を垂れた。


「いつから気付いてたのかなー?」

念の為聞いてみたら。


「確信したのは今だが、ミランダを初めて見た時から気になっておった。

われは、あのように優しく美しく微笑む人を……

――ほかに知らぬ」


そう言う陛下のお顔は…… やっぱり可愛い。

どうやら爺さんなみの『才能』もありそうだし。

10年ちょっとで、超がつく美青年に成長するだろう。


まー、約束は約束だし。


この姿でスパイでもしながら、陛下が美青年に変貌するまで……

――付き合ってみるのも悪くはないだろう。





End of the Agitated in Holy kingdom

to be continued.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る