ゆっくりと瞳を閉じて

嗚咽のような鼓動がおさまると。

リリーはそっと手を離し、上目使いに俺を睨んできた。

照れ隠しなんだろうが…… 微妙に萌えるから、困ったもんだ。

このままじゃ、『ろりこん』になってしまう。


いや、今の見た目のリリーがろりこんなのかどうか?

実に定義が難しいところではあるが……


ちょうど手の届く距離に顔があったから、俺はリリーのこめかみのを握りしめた。

「おい、阿呆! なにをするんじゃ」

「アイアンクローと言って、異世界格闘技の技だ」

その昔、いたずらがばれるとジャスミン先生にかけられた。


地味に痛くて身動きが取れなくて、嫌な想い出しかなかったが。

――これ、かける側は面白いな。


「なぜそのようなことをする?」

抵抗するリリーをさらに締め上げてやる。


「リリー、あの時。自分の命を捨てようとしただろう」

「しかしあれはじゃな、そうでもせんと下僕の命が……」


「たとえどんなことがあっても、そんなことは考えるな。

――必ず俺が、お前を助ける」


そう言うとリリーは、小声で「わかった」と呟く。

手を離してやると、リリーの顔が妙に赤かった。

そこまで力を入れたつもりはなかったが……


「し、しかし下僕よ、その目は」

「ああ、これならラズロットの話だと」

俺はあの時の経緯をリリーに話す。


「むー、まったくムチャをしおって! しかしそうじゃな。

ラズロットの言う通り、下僕のユニークスキルと今の聖力ホーリーを考えると。

マーガの制御も可能かもしれんが……

あやつは、アイギスやガロウと比べても、その。

――あれだったからなあ」


「なにか問題でもあるのか?」

アイギスとガロウの制御には確かに時間がかかったが、なんとかなった。


今後の事を考えても、片目を失うのは痛い。完全にあの男を倒したわけではないし、脅威は他からもあらわれるかもしれない。

リリーを、いや。今いる仲間を。守ると決めた以上、力が必要だ。

二度と、誰かの命を失わないためにも。


「まあ、下僕ならなんとかなるじゃろう……

説明するよりも、まず慣れることじゃな。

ダメなら、他の手を考えればよいだけのことじゃし」


リリーはそう言って、モジモジしだした。

「なんだトイレか? ならとっとと行ってこい」


「阿呆が、デリカシーと言うものがお主にはないのか!

飲み込んだ石を取り出すのじゃ、むー! は、恥ずかしいから。

あっちを向いておれ!」

俺が窓際に視線を送ると、カサコソと衣擦れの音が聞こえてきた。


以前は俺の前で、平気で裸になったりしていたが。

やはり恥じらうお年頃になったんだろうか?


さっきも胸が結構大きかったことにおどろいたが……

――しかしテルマのように、胸に挟み込んでモノを隠せるほどの大きさはなかったと思う。


「もう大丈夫じゃ」

その言葉に振り返ると、リリーの手には半分に割れた魔法石が握られていた。


「ん、そうか! 飲み込んでたってことは……

それ、上から出したのか? 下からか?」


俺の質問に、リリーのグーパンチが飛んでくる。


意外と強力なパンチに、頭がふらふらしていたら。

リリーはそのスキに、強引に魔法石を埋め込んできた。


「ふん、いい気味じゃ!

初めは違和感が付きまとうじゃろうが、後はお主が制御しろ。

ラズロットのやつは、それで千里を見通し、闇夜を照らしたと言っておった」


この頭痛がパンチのせいか魔法石のせいか判断できないが。

包帯をとると、左の視力もぼんやりと確認できる。

――そうなると、後は制御の問題か。


「そうだリリー、お前も後遺症があるそうじゃないか。

テルマから魔法石を預かった。

俺の聖力ホーリーとその石があれば、完全に闇の魔法を消せるそうだ」


俺がベッドの横にあった魔法石を指さすと。

「相変わらずテルマは器用じゃな……

ふむ、この術式ならそれも可能かもしれん」

リリーは、面白そうにその石を手に取って眺めた。


左目にぼんやりと、リリーにまとわりつく黒い影が見える。

「ちょっと待ってろ」

俺はリリーが持っている石に聖力ホーリーを通し、その黒い影を払った。


「あっ、くっ!」

リリーがビクンと震え、珍しく艶っぽい仕草で吐息をもらす。


「大丈夫か?」

「いや…… う、うむ、大丈夫じゃ。

どうやら消しきれんかった闇魔法も、消えたようじゃし」


左目に映るリリーには黒い影が消えていたが、薄い桃色のもやがかかっている。


足をすり合わせながら、恥ずかしそうにしてるが……

――なにがあったんだろう?


どちらにしても、この左目の制御は時間がかかりそうだ。

俺がため息をつこうとしたら、テルマから預かった魔法石から声が聞こえてきた。


「使用が確認されたのでー、これからおまけを発動しまーす!

少しー、ディーンさんの身体の制御を奪うねー。

あーこれ、あなたのユニークスキルでもキャンセルできないよーにしといたから。それからー、対象者には魔術が効いてないから安心してねっ!」


そのアナウンスが終わると同時に。

身体が勝手に動き…… リリーを抱きしめ。



なぜか抵抗しないリリーが、ゆっくりと瞳を閉じると……

――俺はそっと、その唇を奪った。



++ ++ ++ ++ ++



「ディーン様、大丈夫ですか!」

シスター・ケイトが、転びそうになった俺の手を慌ててつかむ。


「すまない。体はもう問題ないんだが……

――視界がぼやけてね。

これも慣れと制御の問題なんだろうが」


問題の海岸線は岩場におおわれていて、潮の流れも荒く。

地元の漁師すら近付かない場所だそうだ。


勇者たちがいると聞いたので、ここまで来たが。

シスターたちが付き添ってくれなければ、たどり着くことができなかっただろう。


視界は安定したり歪んだりを繰り返している。今もシスターを見たら、修道服がぼやけ。薄っすらと彼女の下着が見えた気がした。


透視能力? いやまさか……


「あちらに勇者様がお見えになりますね」

シスターが心配そうに語りかけてくる。


ここから先は足元も落ち着いているし、それほど距離もない。

「ありがとう、ちょっと込み入った話があるから。

……俺ひとりで行ってくるよ」

手を離すと、シスターは不安そうな顔をしたが。

俺は勇者の背に向けて、歩を進めた。



「やあ、ディーンさん。もう体調は回復したの?」

勇者キドヤマは、見上げていた大きな建造物から振り返ると。

そう言って疲れたように微笑む。


海岸線いっぱいに朽ちた建物や道具。

中には車輪の付いた、大きな金属製の箱まで散乱していた。


「ああ、後はこの厄介な視界をなんとかするだけだ」

勇者が見上げている、どんな仕組みにどんな用途の建造物かさっぱりわからないそいつを、俺も見上げる。


勇者の横ではアオイが、打ち寄せる波に踊るようなステップを踏んでいた。

赤いドレスが夕闇に照らされて、さらに紅く輝いている。


「これが扉の正体だって、知ってたのかな?」

あの男が隠していたのは時空間魔法だ。しかも、時間移動や時間凍結の術式を重点的に。何かを恐れるように改ざんしていた。


「どう伝えればいいか、それだけが問題だった」

俺がため息交じりにそう言うと。


「まさか古代文明があったなんて、思いもしなかった。

聖国の許可を得て、帝国の応用魔法学の技術者が調べてるけど。

いったい何千年、いや…… 何億年前なのか、まだ分かんないって」


「勇者たちは、なにが目的だったんだ」


「僕たちはね、いや…… 僕は孤児だったから両親がいないんだけど。

転生者の中には、親と引き離されるようにここに来たものも多いんだ。

帰りたい思いも、あの場所で生きていた人々のその後を思う気持ちも。

それは…… 僕にも理解できる」

勇者の視線の先には、アオイがいて。彼女はそれに気付くと手をふって微笑んだ。


2人の関係を聞くのは野暮ってものだろう。

――あの強烈なできちゃった感は、ウザくもあるしな。


「時間は不可逆だ。 ……なにがあっても過去には戻れない。

――だが未来は永遠だ。俺はそれを信じて前に進みたい」

なんの慰めにもならないだろうが、俺がそう言うと。

勇者は笑い返してくれた。


あの改ざんされた論文を追っても、俺の計算式が間違ってなければ…… それは間違いない事実なのだから。


「たとえ扉の向こうが何であれ、もう少し、もがいてみるよ。

未来を知る上でもこの遺跡はこれから研究が必要なんだろう?」

アオイが勇者に近付いて、そっと肩に手を置いた。

勇者が心配そうに彼女の髪をすく。


「そうだな」

勇者たちの今後が少し心配だったが、この2人なら大丈夫だろう。

ラズロットなら、これが愛だと言ったかもしれないが。


やはり俺には、ウザい光景にしか見えない。


――この辺でお邪魔虫は退散しようと決めて。

ふと、この建物の用途が気になった。


「なあ、これはいったい何なんだ?」

俺の質問に、勇者はゆっくりと瞳を閉じて。


「どう地殻変動して、どんな力が作用したのかサッパリ分かんないけど。これは、電波塔…… 情報を発信する建物さ。僕たちは東京スカイツリーって、呼んでた」


俺はもう一度その建造物を見上げる。

朽ち果てたその塔は中央で折れ、波に撃たれながら。



夕日を一身に浴び……

――この星の過去を、俺たちに伝えていた。

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