決して聞き間違えない声

正面に2人いた兵が、抜いた剣を振り降ろす。

左側をステップでかわし、右の兵の剣は、上体を反らしてかいくぐった。


昨夜の試練のおかげか、最小限の動きで見切ることができる。

あの魔獣たちに比べるとむしろ動きが遅すぎて緊張したぐらいだ。


「斜め前から、ファイヤーボールとアイスジャベリン!」


ガロウの声で玄関わきを確認すると。2人の魔導兵が詠唱を終え、攻撃姿勢に入っていた。発動と同時に右手のガロウを振り切り、魔法攻撃を相殺する。


「魔力確保しました。例の変な魔法投石器…… 全部壊しときますわ!」


俺はアイギスの言葉に頷き、左手のナイフを空中で軽く振る。

正面を囲んでいた応用魔法兵の銃器が、音もなく崩れ落ちるのを確認して。

玄関を蹴破り、身を伏せて、一番近くに張った柱の陰に体を隠した。


ここまでは、いつもの連携通り。

心配だった体の動きも、問題ない。トレーニングだけは欠かさずやっていたのが、功を成しているのだろうか。


問題は壁際で俺を睨んでいる赤いドレスの女と、その横にいる、深くローブ姿をかぶったやつ。玄関ホールには、他に人気はない。


あの赤いドレスの女がいるってことは、やはり兵たちはなんらかの精神操作を受けているんだろう。


「やあ、初めまして! 悪いが今、急いでいてね。帝国きってのわがまま娘に催促されてるんだ。ここを穏便に通してもらえないかな?」

できるだけ明るく、友好的に聞いてみると。


「ディーンさんでしたっけ? そうしたいのも山々だけど……

――僕にも都合があるからなあ」

とぼけた言葉つかいで、あっさりと断られた。


俺はホルスターから投げナイフを抜いて、耳を澄ます。

脳内で「正面の2人以外にこの部屋に誰かいないか?」と、アイギスとガロウに確認するが、返答は「確認できません」「いないよ」だった。


「その都合ってのを聞かせてくれると助かるんだが……

どうやらどこかに誤解があるようだ。話し合いの猶予ってのが欲しい」

俺がそう言ったら。


足音は完全に消されていたが。微かな息遣いが後ろから感じられた。ひょっとしたら、苦笑いでもしたのかもしれない。


壁際の2人に背を向けるのは危険な賭けだったが……

――俺は迷わず後ろに感じた気配に、ナイフを投擲した。



アイギスとガロウは武器の形態では、魔力を読み取って周囲を観測していた。

この世界にあふれる『魔力』は、生命を持つものはもちろん。水や炎、土や空気にも微弱ながら存在している。


もし、見えないモノがあるなら…… それは魔力をまったく有していないもの。


「交渉中にナイフを投げるなんて、酷いなあ」

ローブで振り払うようにナイフを弾き、ニヤリと笑う男こそ。


「気配を消して、後ろから襲うよりはましだろう」

歴代最強ともうたわれる、今代の勇者。 ……無魔力の魔法使い。


「勇者キドヤマ」


俺はそう叫びながら、壁際から聞こえてきた詠唱に向かってガロウを振る。

紅いドレスの女の魔法がキャンセルされると同時に、隣のローブ姿のやつがレイピアを構え、突進してきた。


その剣のスピードはあまりにも早く、アイギスで押しとどめるのがやっとだったが。なんとか体を入れ替え、距離を取るのに成功した。


一気に、体中から汗が湧き出る。


剣士のローブがはらりと落ちた。

きっとローブそのものに隠ぺい魔法が施されていたんだろう。

美しい女性の姿があらわれる。

真っ赤な瞳のツリ目、ストレートの赤髪、驚くほどの巨乳。


千剣サウザンドのローラ……」

あれは、勇者一行のひとりで、先の大戦で最速と呼ばれた剣士だ。


ビキニ・アーマーからこぼれるようなそのブツは、息遣いとともに、タフンタフンと揺れているし。

引き締まったプロポーションと張りのある肌が、それを引き立てている。

勇者と同じ人族で、歳も同じ30代初めと聞いていたが…… どう見ても20代半ばにしか見えない。


なんて危険なんだろう…… 俺の好みのど真ん中じゃないか。


勇者の左に千剣のローラが下がり、右に寄り添うように赤いドレスの女がつく。

よく見ればあの黒き森人も、ドレスからこぼれるような巨乳をお持ちだ。


「ご主人様、さっきから誰とお話してますの?」

「なあ、いったい何が起きてるんだ!」

アイギスとガロウの言葉にナイフを取り出し。


「直接見た方が、はやいだろう」

俺は武器化を解除した。


給仕服姿のアイギスとシスター服を着たガロウがあらわれても、目の前の3人は特に驚かなかったが。


「あらあら、まあ!」「へっ? どうなってんだ」

アイギスとガロウは、自分の目を疑っていた。


「今代の勇者は、転生者だ。それが原因かどうかは分からないが。

物理法則の中にはなんとか納まってるようだが、魔法の法則の枠外にいる。

しかもその状況を利用して、前世からの能力で……

――魔法を瞬時に書き換えるそうだ」

転生者特有のチートと呼ばれる能力の中でも、ソレは桁が外れていて。


その力の名を取り……

――彼は、魔法ハッカーと呼ばれていた。



++ ++ ++ ++ ++



赤いドレスの女と勇者までは想定していたが、千剣のローラの出現は計算外だった。俺は冷静に状況を分析する。


3対3で数の上では同じ。勇者の能力はあきれるほど高いが、有名すぎて、情報はある程度そろっている。対策が全くない訳じゃない。今の立ち合いから考えて、勇者の仲間の2人とアイギスとガロウの能力も拮抗している。


人化した2人を見ても……

美人度でもいい勝負だ。 ――巨乳度では、主にアイギスが足を引っ張り、負けている気がするが。


「ご主人様、なにか不埒なお考えをされてませんか?」

アイギスに睨まれ、俺はもう一度作戦の練り直しをはかった。


「僕たちは、キミに危害を加えるつもりはないんだ。

あと数日、この教会をそっとしててほしい。

もちろん教会にいる人たちは、開放する予定だし。その後、一切手を出さない。

だからここは引き下がってくれないかな?」

のんびりとした口調で勇者が語る。


数日というのは、扉が開くまでということだろう。

勇者たちがしたことは、サラを操ってアイギスを教会から解き放ち。

ガロウも同じように帝都の教会から抜こうとしたことだ。


もっともガロウはその前に、自力でシスター・エラーンを乗っ取っていたが。


「扉を開くための条件として、アイギスとガロウが邪魔だった?」

俺の質問に、勇者が笑う。


「あの魔族の男が仕組もうとしていた駅の仕掛けを、キミが壊さなければ。

こんな強硬な手に出る必要はなかったんだけどね」


リリーが不思議がっていた、壊れたはずの五芒星ペンタグラムの仕掛けは。

勇者たちが教会を利用して再構築したのか。


「知っているはずだが、皇帝は俺たちが聖国に向かうことを許可した。

そしてこの教会の開放もだ。

扉の権利ならくれてやる。今すぐ、この教会を開放してくれ」

俺がそう言っても。


「聖国に行くのは構わないよ、この教会もちゃんと開放する。

――ただ時間が欲しいだけだよ」

勇者は、俺の話を飲む気がなさそうだ。


皇帝陛下と同じで、聖国とあの魔族の男が争っているすきに、なにかを得ようとしているのは間違いないだろうが……


「どうしても分からないことがある。

こんなまわりくどい事をしなくても、あんたぐらいの能力者なら勝手に聖国に入って、好きなことができるだろう」

俺の素直な疑問に。


「そうでもないよ、相性なのか…… いや、僕の実力が足りないんだろう。

あの扉を守っている男には、なんど挑戦しても、文字通り門前払いだった」

勇者は楽しそうに笑いながら答えた。


「男? あのばーさんじゃなくて」


少なくとも、俺が正面から渡り合って勝てないと踏んでるのは。あのばーさんと、ガンデルと名乗っていた魔族の男と。

今俺の正面に立つ、勇者ぐらいだが。


「フェーク公爵のことかい? 確かに彼女も凄いけど。魔力をぶつけてくる力押しじゃ、僕の相手じゃないよ。知っての通り、そんな能力だからね。

でも魔法の駆け引き…… プログラムの優劣で負けたのは、前世も含めて。

宰相、テイラー・ロックウッド。

――彼が初めてだったよ」



++ ++ ++ ++ ++



噂では、幼い聖国王を補佐する形で政治を行うテイラー・ロックウッドは。

フェーク公爵の操り人形で、たいした人物ではないと聞いていたが。


勇者の話では。

「たぶんそれは、あの宰相自信が流してる噂だよ」

――らしい。


勇者たちは扉をどうしたいのか、最後まで教えてくれなかったが。帝国のもくろみとは別にあるのは間違いなさそうだ。


「この教会の機密回線を利用してフェーク公爵か、直接宰相と話をする。そこで勇者側の条件を聖国に受け入れてもらう。

それが成功したら、この教会は開放してほしい」


俺の出した提案に、勇者側は一時休戦を約束してくれた。

これなら、彼等にデメリットはない。

俺が失敗したら、ただ追い出せばいいだけの話だからだ。


アイギスとガロウをナイフに戻し、お嬢様たちに勇者と話した内容を伝えると。


「分かったわ! じゃあ、そうね。あたしとナタリーが教会に同行する。

――他は馬車で待機してて」

お嬢様がなにげにその場を仕切ったが。


ルウルが。

「意義あり! 横暴だ!!」と、大声で怒鳴ると。

他のメンバーからも不平不満が噴出して。けっきょく大人数でぞろぞろと教会に入る羽目になった。


「ディーン様、その…… よろしかったのでしょうか?」

シスター・ケイトが心配そうに聞いてきたので。


「大丈夫だ、勇者はそもそも誰も殺したくないから、こんなややこしいことをしてるんだろう。むしろ人が多い方が、安心かも知れない」

そう答えた。


実際、教会の中は平和そのもので。

シスターたちは笑い合いながらおしゃべりをしていたし。通信機が設置してある司祭室では、太った人の良さそうな男が優雅にお茶を飲んでいた。


たぶん彼がクレッグ司祭だろう。


勇者が事情を話すと、クレッグ司祭はにこやかに笑って通信機を操作してくれた。

聖国の直通回線につなぐと。


「こちら本部です。あれ? この回線は、ブラウンモールですよね」

以前帝都で話した事のある交換士の女性がでた。


「サイクロンの司祭のディーンだ、今ブラウンモールにいる。フェーク枢機卿か、テイラー宰相につないでくれないか」

「あっ、はい。分かりました」


さすがに宰相と直接話ができるとは思はないが。せめてばーさんが出てくれないかと願っていたら。

ひと呼吸ほどの間をおいて。


「テイラーだ…… フェーク枢機卿は、またどっかに行ってしまってな。

――困ったもんだ。

しかしディーン、お前も連絡をよこすのが遅すぎる。

22年も、待たせるもんじゃないだろう」

どこか嬉しそうな、決して聞き間違えない声が聞こえてきた。



それは、以前より貫禄のある……

――フレッド先生の声だった。

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