チッパイが全開
「なにを言っておるんじゃ?」
相変わらずのアホ面全開のリリーに。
「さすがに後半はきつかったが…… なんとかなったみたいだ」
そう伝えて俺はベッドから降り、脱ぎ散らかしていた服を拾い集める。
むこうの時間で半年ほどして、新龍があらわれたときは肝を冷やしたが。
古龍と違い、魔力も知能も低かったのが幸いだった…… でもまあ龍は龍だ。討伐に3カ月以上かかったが、あれが最後の敵だったようで。
1年とかけずに戻ってこれた。
それより問題だったのは、2人からの誘惑だ。
こちらも日を追うごとに苛烈さを増し…… 人化したときに体や胸を押し付けてくるのはあたりまえで、夜ごとどちらかが半裸で襲いかかってくるし。
水浴びの際に2人がかりで、全裸で迫られたときは…… さすがに危なかった。
「面接のときの問題で、今は好意からこうしていますの。その…… 拒否されると悲しいですわ」とか、「もうヤッちゃおう! あたしのこと嫌いか? アイギスも言ってるだろ、あれは面接だけの問題なんだし」とか。言葉も巧みで、ついついフラフラいきそうになったからな。
ベッドサイドにあった2本のナイフをリリーに指さすと。
「こ、これは…… 形が変わっておるが。うむー、間違いない。
アイギスとガロウじゃな」
そう言って、手に取る。
むこうで聞いた話じゃ、2人はリリーのことを「龍姫様」と呼んで慕っていたようだ。ナイフがかるく揺れたように見えたから。
――あいつらが挨拶でもしたのかもしれない。
クライからもらったナイフ・ホルスターを着こみ、リリーからアイギスとガロウを受け取って、装着した。
「あ、あの…… ご主人様。龍姫様はお怒りになってませんか?」
アイギスの声が聞こえ。
「そうなのか? 別にそんな感じはしないが」
俺が答えると、ガロウが。
「ダーリンは、そーゆー女心にうといからなあ……」
ため息交じりに呟いた。
そういえばこいつらの人間性を取り戻せたらと、いろいろ話しかけたり。魔物を討伐する際にチームワークを意識したりしたが。
徐々に態度が変わって、それは良かったんだが…… 俺に対する呼び方が、なぜかこんな変な状態になってたっけ。
「下僕よ! その、なんじゃ。こやつらを使役したいと挑んだ剣聖や勇者たちの多くは、武器としての威力だけじゃなく。
女としての美しさにも魅力を感じておったようで。
やつらも図に乗って試練の褒美に…… その、そーゆうことをチラつかせておったようじゃが。まさかお主……」
リリーがなんだかモジモジしゃべりだした。
「そんなひっかけには乗らなかったから安心してくれ」
俺があきれてそう言うと。
「ひっかけ?」リリーがそう聞き返し。
「ですからご主人様、なんども申しあげたでしょう……」「あのなダーリン、あたしらそんな安い女じゃないんだ。好意だっていったろ」
脳内に抗議の声が響いた。
あれ? なんだか大きな勘違いをしていたんだろうか。
「うーん」と、俺が悩み始めたら。
「まあ良い。下僕は芯の通った阿呆じゃということが、よう分かった」
リリーが安心したように、吐息をもらした。
まあこの件は、すんだことだから考えても時間の無駄だ。それより、リリーに言っておかなくちゃならないことがある。
俺はベッドに座り。
「第三の門、お前が『滅びの扉』と呼んだ例の扉だが。皇帝にはああ言ったが、無理に開けるつもりも閉じるつもりもない。
俺の考えが合ってるなら、そもそもそんな物じゃないんだろう? 権利うんぬんもそうだ、好きにさせればいい。お前が心配しなくても…… 今の世界は、強くたくましい」
そう、語りかける。
「下僕よ、お主…… いったい何に気付いた?」
リリーは驚いた顔で、両腕をつき。乗り出してきた。
「まだ実物を見てみないと、なんとも言えなところもあるが……
俺の仕事は、扉を直接どうにかすることじゃない。それ以前の、からまった考えを解きほぐして、交通整理することだ。
だからお前は、間違ってもこんなつまらないことに命をかけちゃいけない。
――そうだろ? リリー」
そう言うと、リリーは俺の目をジッと見つめ返す。
「しかし……」
言いよどむリリーの頭を、もう一度なぜ。
「そんなブカブカのパジャマで乗り出してくるから……
お前のチッパイが全開じゃないか」
大きく開いた襟元から見える、成長途中のおっぱいを眺めながら。
俺はクールに微笑む。
リリーの神秘的な美しさと子供っぽい可愛さが混じったそれは、一見の価値があったが。あの2人の誘惑に耐え続けた俺からすれば、安心の仕様だ。
まあ、ガキには興味が無いしな。
「あ、阿呆が……」
からかってくるか、怒って突っかかってくるか、どちらかだと思っていたが。
リリーは襟元を押さえて、恥ずかしそうに少し下がり。
――顔を赤くして座り直した。うーん…… この反応は想定していなかった。今までは、平気で俺に素肌をさらしていたのに。
逆に俺があせり始めると。
アイギスとガロウから……
――大きなため息が聞こえてきた。
++ ++ ++ ++ ++
ブラウンモールは帝国第2の都市と呼ばれ、海岸沿いの貿易港は他国との通商の窓口となっている。また魔族領に近かった東地区に比べ、西に位置するこの街は戦争の爪痕もなく。聖国も近いため、転神教会の教徒の数も多い。
早朝にも関わらず駅前は人々にあふれ、活気に満ちていた。
「お父様の妹にあたるミランダ叔母様が、ブラウンモールのマーリン商会の会頭と結婚したの。その関係であたしが子供の頃、ここでお世話になったのよ。
さっきお父様から連絡があったけど、マーリン騎士団が迎えに来てくれるって」
ブルーのワンピース姿のお嬢様が、元気よく説明してくれた。
俺が街行く人々を眺めていたら、ガラの悪い一団がこちらに近付いてくる。
腰に湾曲刀をぶら下げ、皮製の使い込まれた船乗り服を着て。鍛え抜かれた体躯を誇示するように歩いている。
――海賊かなにかだろうか?
先頭にいた一番大きな男が、お嬢様を目に止め。
「お嬢! いや、しばらく見ねえうちにキレイになりなさった!」
そう叫びながら、走り寄ってくる。
「ギール? 久しぶり、あなたは相変わらずね!」
お嬢様の態度を見ると…… どうやらこの海賊が、マーリン騎士団のようだ。
先ずは教会に向かうために、俺たちは数台の馬車に乗り分けて移動した。荷車を改造したマーリン騎士団の馬車は、外側は荷台そのものだったが。
内装は、成金趣味のキンピカ使用だった。
「マーベリックの旦那からはなしゃあ聞いたが。
お嬢の許嫁がふざけたヤローなら、叩き切ってやろうと」
先頭馬車には俺とお嬢様と、ギール騎士団長…… どう見ても海賊の頭と。3人で乗り合わせる事になった。
「だが、こりゃあ心配することはなかった!」
ギールはそう話しながら、高笑いする。
実際、なんども俺を試すように牽制してきた。
40歳を少し超えたぐらいの年齢だろうが…… 相当な剣の腕だ。
帝都の騎士団にも、このクラスの腕の人間は少なかった。
もしあげるとしたら南壁騎士団長のカイエルと、あの薄ら笑いヤローぐらいだ。
昨夜の試練がなかったら…… 勘のにぶったままでの腕じゃあ、本当に切られていたかもしれない。
「ディーンごめんなさいね、ギールったら心配性なのよ。
ギール、その辺にしといて! それよりも早くブラウンモールの現状を教えて」
お嬢様が一喝すると、ギールは真面目な顔に戻った。
なんだろう? この盗賊っぽい、悪の空間は……
「教会を囲んでるのはこの領の正規軍やつらで、旦那方の了解があるんなら、俺らが蹴散らしてやってもいいんですが……」
ギールの説明によると。
帝国から命令を受けたブラウンモールの正規軍が教会を占拠したまま、まだ開放していないようだ。
領主は帝都からの連絡を受け、正規軍に解散の指示を出したそうだが。
「帝国が聖国に攻め入るって噂が立っちまって、どうも情勢がおかしい。聖国に出入りしている商人の話じゃあ、あっちではいつ暴動が起きてもおかしくねえって」
おかげでどこもピリピリしていて、命令系統に混乱が起きているそうだ。
しかも。「もともとここの領主は、人望がねえから」らしい……
商人が幅を利かせるこの街の、実質の最高権力者は…… 伯爵の妹の夫。
「ラックス様が帝都から戻らねえと、治まりそうもねえ」
マーリン商会の会頭であり。
帝国の経済顧問のひとりでもあるラックス・マーリン男爵だ。
「しかし、ラックス男爵の戻りを待つ時間もなさそうだな」
教会の近くで止まった馬車の窓から外を見ながら、俺はそう呟いた。
兵たちは教会を包囲したまま離れようとしていないし。
こっちにも、10日間という猶予しか与えられていない。
「それで、若旦那はどうするおつもりで?」
ギールの言葉に、俺は苦笑いする。
その呼び方は……
――決定事項なんだろうか?
試したいことがあると告げて、俺はひとりで馬車を降りた。
「西壁騎士団に紛れ込んでたやつがいないか、調べてくれ」
ひとり言のように呟きながら、兵たちが整列している教会の正門へ歩いてゆく。
「あいよ! ダーリン任せて」ガロウが元気よく答え。
「それでご主人様、何をなさるおつもりで?」アイギスが質問してきた。
「こっちでの実践は初めてだから、先ずは小手調べで、探索と武器の無効化を試したい。それから、例の赤いドレスの女に仲間がいそうなら……
――そいつの能力を把握したい」
正門の兵が俺に気付いて、剣を抜き。
「ここは閉鎖中だ! ただちに立ち去れ」と、大声で怒鳴ると同時に。
「いたよ、教会の中! 玄関からこっちを見てる」
「仲間らしきものは…… その横で、ローブをかぶった男がひとり」
アイギスとガロウが答えた。
「じゃあ、いつも通り…… 正面突破だ」
そう言うと、2人から歓声が上がる。
俺は腰を落とし、2本のナイフを手に……
――正面玄関へ走り込んだ。
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