聖国決戦

ペンタゴニア

「フレッド先生、いったいどうして」

嬉しさと、疑問が同時にあふれる。


「ディーンその口ぶりだと……

すべての謎を解いて私に連絡したわけではないんだね」

優しく問いただすような声が通信機から響いた。


「すいません、理解できないことが多いです」

俺の言葉に、小さな笑い声が返ってくる。


「私も、ディーンたちの同行を知ってるつもりだが。

直接会って話をした方が早いだろう…… それから、ブラウンモールから連絡してきたということは、そこに勇者たちがいるのかね?」

フレッド先生の言葉に俺が振り返ると、勇者が頷く。


「テイラーさん、久しぶり」

勇者の声に。


「ああ、久しぶりだな、キドヤマ。

なんども話したが、この扉をキミたちに見せるわけにはいかない。

しかし、こんな手に出るとは思わなかったよ。キミらしくない」


「僕たちにも事情があるからね、そうそうのんびりとしてもいられないんだ。

皇帝陛下の思惑もあったし」

勇者がそう言うと、フレッド先生はため息交じりに。


「しかたがない、フェーク枢機卿には私から話しておこう。

いつまでも秘密にしておくわけにもいかないようだし。

……キミたちもきなさい、聖国として正式に招待する。

それから、ディーン」


俺があわてて、通信機に近付くと。

「セーテン老師もジャスミンも元気だ。

もっとも、最後に連絡をしたのは数年前だがな…… とにかく、会えることを楽しみにしているよ」

フレッド先生がそう言って通信を切ると、勇者たち3人が顔を見合わせ。


しばらくしたら、千剣のローラが。

「なら、交渉は終わりね。

あたしたちは天馬車で移動するけど、あんたたちはどうする?」

そう聞いてきた。


勇者の馬車は空を舞い、短時間で世界を移動すると聞いたことがあるが。

それのことだろうか。

俺たちが顔を見合わせていると。


「天馬車とはなんじゃ!」

リリーの言葉に、勇者が笑いながら。

「グリフォンで引く馬車だよ、空を飛べるんだ。

ちょっと気難しいやつらだけどね」

そう答えると。


「おー! グリフォンか。

目覚めてからとんと見かけんかったが、まだやつらは生き残っておったんじゃな」

リリーは嬉しそうに、顔をほころばせた。


勇者一行と俺たちが教会からでると。

黒き森人が、真っ赤なドレスをひるがえし口笛を吹く。

空から4頭のグリフォンが引く、列車の車両のような大型馬車があらわれ。

目の前に着地した。


駆け寄ろうとしたリリーに。

「危ないわよ、キド以外の人にはまったくなつかないんだから!」

ローラが注意をうながしたが。


リリーが近付くと。

グリフォンたちは一斉にコロンと寝転び、腹を見せる。


「あれは絶対服従のポーズですね」

あきれたように、ナタリー司教が呟いた。


「そーか、そーか! よしよし」

リリーが嬉しそうに、その腹をなぜているが。



なあリリー、それは伝説の幻獣であって……

――犬や猫じゃないんだからな。



++ ++ ++ ++ ++



勇者に案内されて天馬車に乗り込む。

車内は列車と同じ造りで、ローラの説明によると。


「帝国が量産したときに、1台譲ってもらったのよ。

この馬車用に、いくつか改良したみたいだけど」

……らしい。


グリフォンたちが雲の上まで一気に駆け上がると。

「上手く風に乗れたようだから、聖国の教会本部。ペンタゴニアまであと1刻といったところかな」

勇者が窓の外を見ながら、そう呟いた。


4人掛けのシートに、俺とリリーとシスター・ケイトが座り。

お嬢様たちは、別のシートでまた『とらんぷ』を始めた。


ナタリー司教の目が輝いているが……

あの人は博打で身を亡ぼすタイプなんだろうか?

後でじっくり話し合う必要性がありそうだ。


リリーはこの馬車が気に入ったようで、楽しそうにうかれている。

俺はそれを無視して、先ほどの通信内容について考えていた。


フレッド先生の話し方からして、やはりなにかがおかしい。

これじゃあまるで、誰かが仕組んだ事件の上で、踊らされているようだ。


なら、この一連の流れをつくったのは?

考えをまとめるなら、もう一度初めから考え直す必要があるだろう。

そう、そもそものスタートはどこだ?


ガンデルと名乗った魔族の男が仕組んだのなら、賢者会のカエーデの葉から。そこから事件が始まった。

だが、あきらかにそれ以外の幾つかの糸が絡まり始めている。

皇帝陛下の狙い? 勇者たちの目的?

それも絡まった糸のひとつだが…… 神話の時代。

ラズロットが扉を封印したことからの流れを、もう一度考慮しなくちゃいけないのだろうか。聖典に描かれた物語や、リリーがいつか教会で語ったこと。


頭の中で絡まった糸をもう一度解きかけて、相変わらずパンツ丸見えではしゃいでいるリリーが気になった。


まあ、パンツはどうでもいいが。


「リリー、お前に怖いものってあるのか?」

「なんじゃ下僕よ! 突然そんなことを。

いくら太古の龍と言えど、かなわぬことのひとつやふたつはあるぞ。苦手なものも、ないこともない」

そう言われれば、教会であのばーさんを避けていたような。


俺の隣ではシスター・ケイトが、シートに膝を着き。こちらに腰を突き出すようなかっこうで、身を乗り出して窓に張り付いている。

眼下に広がる街が珍しいようだ。


こちらもプリプリとした美しいお尻と、例の白いパンツが全開で。

俺はそれをしっかりと鑑賞した後、シスターに話しかけた。


「鑑定を依頼した封印箱は、教会のどこにしまってあったんですか?」


「あれですか? 教会の宝物庫でしたが……

あたし、もうあの場所には何もないって思ってたんです。

フェーク様がたまたま見つけてくれて。 ――本当に不思議な人ですね」

俺の顔を見ながら、可愛らしく首をひねるシスター。


そうなると、もう一本の糸がここで絡まってきたと考えるべきだろう。

俺は目を閉じて、考えをまとめようとしたが。


「もう一回、もう一回やりましょう!」と叫ぶナタリー司教の声や。

「もう賭けるお金ないんでしょ? ナタリーちゃん次負けたら奴隷だから」

含み笑いのお嬢様の声が邪魔で。



まったく考えをまとめることができなかった……

――やはりナタリー司教には、きつい説教が必要そうだ。



++ ++ ++ ++ ++



聖国の政治の中枢であり教会の本部でもあるペンタゴニアは、5角城とも呼ばれる異形の建築物だ。


石壁を積み上げた5階建ての構造で、正5角形になっている。

1辺の長さが280メイル、高さは25メイル。


階段だけで120ヶ所、トイレも300ヶ所を超え。

最盛期は、2千人の教会職員と政府関係者が務め。

1万を超える精鋭の聖騎士たちが場内を警備していた。


間違いなく大陸最大の建築物であり、転神教会の富と権力の象徴でもあったが。


「なーんか、薄気味悪い場所ね」

お嬢様の言う通り、今は別の意味で異彩を放っていた。


正門前の広場に馬車を止めた俺たちを迎えに来た聖騎士も。

「職員も今は数百人しかおりませんし、我々騎士も現在2千人ほどしかいません。

しかもその半数は、暴動を防ぐために街の警備に当たってますし。

もう、幽霊屋敷みたいでしょ」

あっけらからんと笑う。


この純白の聖騎士服に身を包む青年が、正門の騎士隊長だという。

彼の部下らしき20人ほどの騎士たちも、同じ格好だった。


騎士隊長の言葉を無視して、勇者たちはペンタゴニアに足を向けた。


先頭を千剣のローラが歩み。その後ろに、黒き森人のアオイ。

2人から少し距離を置いて勇者キドヤマがついてゆく。

これが、勇者パーティーのフォーメーションなんだろう。


俺たちは、聖騎士に案内されながら勇者たちの後ろを歩く。

アイギスとガロウがかるく揺れたから、こいつらも気付いたようだ。


「宰相様から話は聞いてましたが、随分早かったですね。

……天馬車って凄いんだな。俺、始めて見ましたよ」

やたら口のまわる聖騎士隊長に、お嬢様があきれた顔をしていたが。

俺が振り返って。


「リリーたちを頼む」

笑いかけると、すぐに真顔になった。


次に気付いたのがライアンで。

やつは魔剣のつかを握り、ゆっくりと俺の横まで歩み寄り。


「さて、どうしましょう?」

相変わらずの薄ら笑いで聞いてきた。

その後ろには、ルイーズもいる。


「ルウル! しんがりを頼めないか?」

「あー、そっか…… わかったよ」


俺の言葉に、ルウルが諦めたように頷くと。

ナタリー司教とシスター・ケイトの後ろにまわる。


俺の横に、ライアンとルイーズ。

お嬢様を先頭に、リリー、ナタリー司教、シスター・ケイトと続き。

最後尾にルウルがつく。


「ああ、皆さんどうしたんですか?

そんなに緊張されなくても! 宰相様からは、ちゃんと来賓として招いてくれと言われてますので、ご安心いただければ……」

騎士隊長が慌てて俺にそう言うと、勇者が俺を振り返り。


「正面突破は、僕たちに任せて」

のんびりとそう告げると。


千剣のローラが一気に駆け出し、ペンタゴニアの正門を蹴破った。

あふれ出る魔族の軍勢を前に。



頭の中でカチリと音がして……

――この絡まった事件の謎を、俺はやっとひも解くことができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る