黒い悪夢6 長すぎた眠り

奥の2人は確認できないが、セーテン達3人には息があった。


「やっぱりディーンは凄いよ!

この結界を破って入ってこれるなんて。

初めは僕の大切なものを奪ってゆく、嫌な奴だって思ってたけど。

――キミは僕と同じ、選ばれし民なのかもしれないね。

こんな奴らの言う事なんかもう聞かなくて良い。

僕と一緒に来ないかい? 新たな時代の幕を開けるために」


「兄さん、悪いものでも食べたのか?

あれほど拾い食いはダメだって、ジャスミン先生に言われてたのに!」


俺の言葉に、ジャスミン先生の肩が少し震えた気がする。

なら救出まで、多少は余裕が持てるのだろうか?


「キミなら、指導者様の話が理解できると思ったんだけど。 ……残念だよ」

レイヴンが、セーテンの横に転がっていた『ニョイ』を拾い上げる。


俺は床の魔法陣を脳内に焼き付け。

景品のナイフを手に、立ち上がった。


セーテンとそっくりの構えで俺の前に立つレイヴン。

その手には、神器ニョイ。


俺の手には、安物の景品のナイフしかないし。

おまけに魔法陣の影響で、身体に力が入らない。

胸の痛みも…… 増すばかりだ。


まったく、ついてない日はとことんついてない。



俺はため息交じりに……

――腰のナイフを抜いた。



++ ++ ++ ++ ++



レイヴンはニョイを構えて、余裕の表情を見せる。

老師直伝の棒術は、ジャスミン先生も認めるほどの腕だ。


「発ハツ!」

かけ声と同時に伸びてきたニョイをかわしながら。

裏を取るために、前に出ると。


「韻イン!」

ニョイが変形して、俺の脇を殴打した。


「わざわざニョイを使わなくても、キミを倒す事は出来るんだけど。

――せっかくだから、慣れておきたいしね。

前から欲しかったんだよ、コレは」


レイヴンが嬉しそうに笑う。

飛ばされた先で、俺は床に描かれた魔法陣を。

流れ出た自分の血で書き換える。


重複層の魔法陣だが、書換えが必要なポイントは3ヶ所。

あと2回、同じ事が出来れば…… この魔法陣は破れるが。

――それまで俺の身体が持つだろうか?


今みたいに、運よく魔法陣のポイントまで飛ばされるとも限らないし。


「どうした? のんびりと寝転がって。

手加減してあげたんだから、はやく立ち上がれよ」


チャンスがあるとしたら、レイヴンの余裕につけ込むしかないだろう。

「ならもう少し、優しくしてくれ。今日は調子が悪いんだ」


もう一度ナイフを構え、腰を下ろす。

あの変幻自在のニョイを読み切るのは、文字通り骨が折れそうだ。


嘲笑うレイヴンに、良いように殴られて。

5回目でやっと、最後の魔法陣のポイントを書き換えれた。


レイヴンは、収束してゆく炎を不思議そうに見ながら。

「そうか、いくらなんでも動きが鈍すぎると思ってはいたけど。

――これを狙ってたのか。

やっぱりディーンはバケモノだな……」

ニョイを構え。


「僕と一緒に来ないかい? それともココで死にたいか?」

感情が欠落したような瞳で、聞いてきた。


「もう一度皆で、楽しく暮らしたい」

「残念だけど、楽しかったのはキミ達だけさ。

仕方ない…… ここでお別れだ」


ニョイの軌道は読めてきた。伸びるニョイをかわし……

踏み込んできたレイヴンの首筋を、ナイフのグリップで殴打する。


レイヴンが意識を失っても、残った炎が消えない。

部屋を見回すと、陣の中心に、黒く輝く魔法石がある。


「あれか……」

これを解呪しないと、部屋は開かないだろうし。

炎の暴走も止まらないのだろう。


消えかかる意識に鞭を討ちながら、なんとかそいつを手にする。

もうろうとする思考の中……

――ただ俺は、その石に『止まってくれ』とだけ願った。


胸の痛みが何故かおさまり。

薄れて行く意識の中で、炎が収束してゆくのを。

……俺はぼんやりと眺めていた。


完全に意識を手放す前に、誰かが俺の頬をそっと撫ぜたような気がする。

――それがあの日の、最後の記憶だ。


その後、現在の学び舎の長…… 水聖賢者アクアス老師が部屋に踏み込み。

燃え続ける学長室から、俺とベッキーを救い出した。


他の5人は、死体すら見つからなかった為、憶測をよんだが。

扉の前で事態を見守っていたアクアス老師の証言により、俺は無実となる。


ベッキーは事件について一切の口を閉ざし。専科を退学し、山を下りた。

誰もいなくなった庵を片付けると。俺も山を下りる決意を固める。


アクアス老師やメリーザさんには、随分引き留められたが。


「そろそろ、外の世界を見たいんだ」

そう話したら、2人とも納得してくれた。


「ディーンさん。決して自分を責めたり、恥じたりしないで。

あなたは…… そのままで、とても素敵ですから。

今は難しいかもしれてないけど、いつかきっと。

――この言葉を思い出して」


それが、彼女の別れの言葉だった。



真っ暗になった記憶の中で、ガシャン! と……

何かがかみ合う大きな音がする。


「これで、すべての記憶が出そろったようだね」

呆けた男の声に。


「ああ、おかげで。 ……謎が解けたよ」



俺は、深いため息をつきながら……

――そう答えた。



++ ++ ++ ++ ++



「そもそもの始まりは、あのカエーデのメモが見つかった時だが。

もう一度、第三者的に記憶を繰り返すと良く分かる。

いや、なぜあの時気付かなかったのか……

自分のバカさ加減が笑えるぐらいだよ」

俺が呟くと。


「そうかい? キミの記憶を改めて見たけど……

言うほど簡単な問題じゃないだろう」

呆けた男が、そう答える。


「つまり、奴が何故俺を追い込みたかったのか。

そもそも、手っ取り早く殺そうとしなかったのは何故か。

――そこが分かれば、後は簡単だった」


「理由が分かったのかい?」


「ああ、とても簡単な理由だ。

殺そうとしなかったんじゃなくて、できなかったんだ。

俺の周りには常に、老師やジャスミン先生やフレッド先生がいたからね。

だから回りくどく、俺を孤立させ。

――レイヴンやベッキーを利用して、策を練った」


「そうかい。では誰が犯人か…… もう分かってるんだね」

「ガンデル。 ――それが本名ならな」


今思えば、賢者の試験を受けさしたのも。

その後それを大々的に流布したり、カエーデの葉を飾ったのも。

研究発表に最優秀賞を与えたのも、そのせいだ。


ベッキーやレイヴンはガンデルとよく合っていたようだから……

レイヴンの邪魔をしているとベッキーに吹き込んだのも。

――ガンデルだろう。


俺を殺したかった理由は、移転魔法の本の謎を解いたからだ。

今思えば、あの時読んでいた本は。

ガンデルが書いたものか。あるいは弟子に書かせたものかもしれない。

なんらかの理由で、移転魔法の真実を隠したかったんだろう。


ジャスミン先生は、移転魔法の書籍について老師に相談すると言っていたし。

そもそも彼らの旅の目的が…… ガンデルを探す事だった可能性が高い。


「良く分かったね。キミの記憶を見て、僕はすぐに気付いたけど。

彼とは、何度も話をしたことがあったから。


――『魔族』から選ばれた、『真実』を知った男。


そう、紹介されることが多いみたいだね。

僕が出会った時と、初代魔王を名乗っていた時と、その後復活した時。

それぞれ名前を変えてるから、何と呼んでいいのか……」


伝説では、奴は不老不死の闇族の王。 ――神祖とも呼ばれている。

やはり…… セーテンは奴を追っていたのか。


しかし、呆けた男の言葉には疑問が残る。

「それなら、簡単に俺達を殺す事が出来たんじゃないのか?」


「キミの記憶の中の彼は、随分疲弊していた。

あの頃は、まだ力が完全に戻ってなかったのだろう」


「死体が残っていなかったって事は。

ガンデル…… いや、奴は逃げたのか」


「そう考えた方が良いだろうね。

キミの師の腕でも、あの状態から止めをさすのは難しいだろう。

なんせあの魔法は、彼のとっておきのひとつなんだから。

――キミがあの陣を破ったことに、僕は本当に驚いてるんだ」


それなら…… セーテン達も生きていて。

奴を追った可能性が高い。

そう考えると意識がなくなる寸前の記憶に、つじつまが合う。


「ひょっとして、俺のスキルをこの形にしたのは。

セーテン達なのか?」


「そうみたいだね、暴走し始めたキミの中の魔力をまとめ上げ……

――鍵をかけた形跡がある。

きっとキミが精神的に落ち着くまで、そうした方が良いと判断したんだろう。


勘違いしてるようだけど、キミのスキルの発動条件は。

『好意を持った女性に対し、自分が欲情する』じゃなくて。

『お互いの愛を確かめ合う』なんだ。


愛し愛される人があらわれ、真実の愛を知ってほしい。

そうすれば心も成長し、魔力の暴走も起きなくなる。


そんな思いが、この鍵には掛かっている。

――まさに、師弟愛だね」


呆けた男の言葉の途中から、背中がむず痒くなる。


「それ、言ってて恥ずかしくないのか?」

ついつい漏れ出した言葉に。


「何を言ってるんだ? 僕は愛を説いた聖人だよ。

――キミもその宗教の司祭じゃなかったっけ」

呆けた男は楽しそうに、そう答えた。


「そ、それは置いとこう……

だが、セーテン達が奴を追ったのは分かるが。

置手紙もなにも無く、俺をおいて行った理由はなんだ?」


俺の魔力に鍵をかける時間があったなら。

メッセージを残す事ぐらい出来たはずだ。


「それなら、ちゃんとあるよ。

鍵が解呪されると同時に、メッセージが開く仕組みだ。

下手に手紙を残すより確実だし、バレる危険性も少ない。

それから落ち着いたキミに、知ってほしかったのかもしれない。

……さすがに。

彼らもここまで時間がかかるとは、思っても無かっただろうけど」


俺は、深くため息を漏らした。

ジャスミン先生や、アイリーンの顔が浮かぶ。


「そのカギは、もう開けれるのか?」

苦笑いしながら、呆けた男に問いかけると。


「キミの覚悟も決まったようだし。解呪の魔術は完成してる……

もう一度確認しよう。キミはこの鍵を開くかい?」


ただの男になりたいと願った少年は、もう過去のものだ。

復讐は何も生まないが、このままでは多くの人が不幸に陥る。


今俺に必要なのは、自分をしっかりと認めることだろう。

ふと、メリーザとの別れの言葉が思い浮かぶ。


――悪かったな、どうやら時間がかかり過ぎたようだ。


「ああ、頼むよ。 ……ラズロット」

俺の言葉に、呆けた男が頷くと。


「ぱぱぱぱっぱ、ぱーん」と、安っぽいラッパの音が聞こえ。


「メッセージを再生するには、下の魔法陣に魔力を通してね!」

と、ふざけた口調のジャスミン先生の声がした。


足元に魔法陣があらわれ、俺がそれに魔力を通すと。


「ディーン! あたしはあなたを愛してる。

あの日の事を胸に、ずっと忘れない! だから、いつでも会いに来てっ!」

ジャスミン先生の叫び声と。


「こんな形ですまない…… だが、次に会える日を楽しみにしている」

フレッド先生の申し訳なさそうな声と。


「ディーン…… お前。こいつと、やっちゃったのか?」

老師のうろたえた声に。

「あほー!」

またジャスミン先生の叫びが聞こえ。


「どかっ!」と言う、打撃音が響くと。

「こらジャスミン、こりゃー! な、に、を、すー、るー」

老師の声が遠のいて行った……


そして足元の魔法陣が消える。


「愉快な人たちだ」

笑いながらそう漏らす、ラズロットの声も薄れがちになり。



俺は長すぎた眠りから……

――やっと、目を覚ました。

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