黒い悪夢5 ついてない日

その日の朝は体調が悪く。朝食もパスして、ベッドで横になってた。

フレッド先生が心配して様子を見に来てくれたが。


「……まだなんとも言えないけど。

ディーンの体の中で、何か新しいスキルが生まれてるのかもしれないね。

無理に動くのは良くないけど、休んでいれば問題ないよ」


そう言って、出かけて行った。


誰もいなくなった庵で、影をぼーっと見てたけど。

傾きから時刻を割り出すと、そろそろメリーザさんとの約束の時間だから。


重い身体を引きずるように、ベッドから這い出た。

そう、今思い返せば。



ついてない日は……

――何時だって、朝から調子が悪い。



++ ++ ++ ++ ++



学び舎は既にお祭り状態だった。

あちこちで、楽隊の笛や太鼓が聞こえ。

いつも静かな通路は、露店が並び。学生たちが必死に客引きをしている。


年に一度の一般開放の日でもあったから。

普段は見かけない、ふもとの街の人々や。

研究目当ての役人や商人もチラホラ見受けられた。


「これ、この人形が欲しいです!」


メリーザさんは俺の腕に両手を絡めて、時折グイグイおっぱいを押し付けながら、露店の並ぶ店を案内してくれた。


そこには10メイル程離れた場所に棚があり、人形やおもちゃが並べられている。

見ると、木製のナイフを投げてその景品を落とすと。

どうやらそれが、もらえるようだ。


「この店は、学び舎伝統の露天なんだ。

1回の挑戦でナイフは2本。当たれば1本追加。

最高記録はS級冒険者『ルーク・マンディア』が在学中に出した3個だ!

どうだい? 挑戦してみないか」


元気のいい男子学生の客引きの声に頷き。俺は小銭を渡してナイフを受け取る。

木製のナイフには細工がしてあるようで、重心が極端にグリップ寄りだ。


これじゃあ、10メイル飛ばす事すら困難だし。

真っ直ぐ投げることさえ難しいだろう。


「魔力や魔道具を使ったら反則ね。あたしがここでチェックしてるから。

ああ、それから。グリップ以外の場所をもって投げてもダメだって」


投擲場所に立ったら、ローブを着た女子学生にそう声をかけられた。

なるほど…… 考えることは皆同じらしい。


「ディーンさん、頑張って! 2段目の真ん中の人形です」


メリーザさんの声に、棚を確認すると。

景品は2段に5個ずつ積まれ、合計10個。

お目当ての人形は……


「あの妙なゴブリン?」

「ええ、なんか可愛いじゃないですか!」


――どう見ても不気味だった。

ちょっとメリーザさんのセンスが疑わしい。


俺はため息交じりに1本目のナイフを遠投した。

それはクルクル回転して、棚を越える。

距離にして14メイル程だ。 ――これならいけるかも知れない。


「惜しかったわね。でも、あそこまで飛んだの初めて見たわ。

彼女には十分自慢できるんじゃない?」

そう言って、ローブの女子学生がナイフをもう1本渡してくれた。


「最高記録は3つでしたっけ?」

俺が確認したら。


「本当かどうか知らないわ、あたし3年この店を手伝ってるけど。

まだ景品を倒したの、見たこと無いもの」

そう言って、苦笑いする。


「じゃあ、面白いものを見せてあげますよ」

グリップの部分を、親指と人差し指で挟むように持ち。

残りの指は、添えるだけにする。


ジャスミン先生直伝のニン術『シュリケーン』を応用して、投擲すると。

ナイフが鋭く回転し、2段目中央のゴブリン人形を打ち抜いた。


「ウソ!」

ローブの女学生が驚嘆の声を上げ。


「ディーンさんすごーい!」

メリーザさんの歓声が聞こえてくる。


そして、投擲するたびに「がんばれー!」「いけー!」と、応援してくれるメリーザさんに乗せられ。

俺はついつい調子に乗り…… すべての景品を打ち抜いてしまった。


振り返ると、そこには大勢のギャラリーが並び。

ローブの女子学生は、無言で佇んでいる。


また奇異な目で見られ始めた事に、後悔してると。


「凄いじゃないかー!」

いきなり、客寄せをしていた男子学生が抱き着いて来た。


俺が戸惑っていたら。

「キミはセーテン老師のところのディーン君かい?

噂には聞いてたけど、本物だな! これでもう僕らは店じまいだけど、どうだい? いっしょにこれから飲まないか!」

そう言って、バンバンと俺の背中を叩く。


「ええ、っと…… この後演劇を見に行く予定が」

なんとか言葉を出すと。


男子学生は、俺の肩に手をまわして、小声でささやいて来た。

「そうか、そこでお願いなんだが。

どうせ景品は取られないだろうと、中には高額なヤツもあってね。

全部渡したいところなんだが…… 数個は勘弁してもらえると嬉しい」


「ゴブリンの人形は?」

俺が確認すると。


「あれはゴミだ!」

学生は不思議そうにそう答えた。 ……確かに俺にも、ゴミにしか見えない。


「あの人形だけもらえれば、それで良いです」


「本当に? じゃあそれに、ナイフセットも付けてやる。

あれは安物だけど、僕のお気に入りなんだ。良かったらもらってくれ」


俺が頷くと、学生は腕を解いて。

「じゃあ、演劇が終わったら飲みに来い、楽しみにしてる。

飲み代は取らないから安心してくれ!」

そう言って、楽しそうに笑った。


学生がギャラリーに向けて大きく手を振ると、一気に拍手と歓声が沸く。


俺が景品の『人形』と『ナイフセット』を受け取って、店を出ると。

棚の景品はすべて片付けられ。代わりに大きな張り紙がされていた。



・・・・・・・・・

<新記録達成>

全弾1撃必殺 神投 ディーン・アルペジオ

心技ともに真の漢なり!

・・・・・・・・・



その不気味なゴブリン人形を渡すと。

「ねえ、とっても楽しかったでしょ! ……自分を隠さなくても。

そのままのディーンさんでいれば、それで良いんだから。

――きっと、お友達も増えます」


メリーザさんはそう言って、嬉しそうに笑った。

美的センスはアレだが…… その笑顔に、俺はドキリとした。


もらったナイフセットのベルトを腰に巻いたら。

「なんかセンス悪いけど、まあ、似合わなくもないかな」

そう言って笑われた。

俺も同感だったから、つられて笑顔になる。



でも、その人形よりはましだと……

――心の中で突っ込んだけれど。



++ ++ ++ ++ ++



だから、研究発表の掲示板で足を止めた時。

俺は言いようのない不安に駆られた。


優秀賞にレイヴン兄さんの名前があり。

その下に評価を入れた賢者の名前が羅列している。

他の優秀賞に比べ、著名数も多く。評価も断トツだった。


しかしその上に、最優秀賞があり。


「どうして……」

メリーザさんが、不思議そうに呟く。


「取消できないかもしれないって、聞いてたし。

メリーザさんは、悪くないよ」

俺がそう言っても。


「でも、こんな……」

彼女は、唖然と掲示板を見つめるだけだった。


そこには、最優秀賞「ディーン・アルペジオ」とあり。

下には推薦者「ガンデル・バモス」と書かれている。


掲示板の前で佇んでいると、どこからともなく悲鳴が聞こえてきた。

――俺が振り返ると。


「火事だ! 学び舎の本館が燃えてる。

水系の魔法が使える奴は集まってくれ! 建築系の学生もだ! 急げ!」

叫びながら走る若い賢者と。逃げ惑う学生たち。


「メリーザさんは避難して! 俺は消火活動に行ってくる」

避難誘導を始めた女性の賢者を指さすと。

メリーザさんは、不安そうに頷き。


「分かった、その…… 無理しないでね」

そう言って、走り出す。


俺は消火活動に向かった若い賢者の後を追って。

燃え盛る、学び舎の本館に向かった。



++ ++ ++ ++ ++



建物は既に鎮火に向かっていたが、集まった賢者や学生の顔は優れなかった。


「どうしたんですか」

俺が消火活動をまとめていた、年配の賢者に話しかけると。


「ディーン君だね…… 落ち着いて聞いてほしい。

火元と思われる学長室以外は、避難と消火は終わっている。

今、安否の確認をしていたんだが……

そこにいたと思われる、ガンデル老師と。

老師を良く訪ねていたレイヴン君、専科のベッキー君の3名が消息不明だ。


あそこだけ。 ……魔法発火でね。

しかも特殊な陣があるようで、なかなか近付けないんだ」


数回話したことがある、その賢者は。

水魔法の権威で、帝国にも名がとどろいていると、フレッド先生から聞いたことがあった。彼が近づけないのなら、他の賢者では到底不可能だろう。


「俺が行きます」

「しかし……」

彼はいちどは止めようとしたが。俺が決意を込めた眼で見ると。


「そうか、キミならもしや…… なら、私も同行しよう」

そう言って、建物の中に連れて行ってくれた。


くすぶる火を、水魔法や土魔法で鎮火してゆく賢者や生徒の間を縫い。

学長室の前まで行くと。


炎が陣を描いて、扉を包み込んでいた。

「これは、アルスタカ式の魔法陣……

魔族が得意とする呪術です。賢者様は聖水を生成できますか」

俺が術式を解析しながら話しかけると。


「私の聖力ホーリーは微弱だが、なんとかしよう」


俺が術式解除のためのポイントを絞って、指示を出すと。

彼は的確に、聖水を噴射する。


炎は半減しかしなかったが、ゆっくりと扉が開いた。

その賢者の身のこなしからして、戦闘は苦手だろうと判断した俺は。


「ディーン危険だ、戻りなさい!」

その言葉を無視して、ひとりで扉をくぐり。

――念のためにドアを閉めた。


大きな殺気がひとつ……

それを外に逃がして、学び舎の人達に被害を出したくなかったのと。

嫌な予感がしたからだ。


「ディーン、やはりキミが来たんだね」

その言葉に俺が顔を上げると。燃え盛る炎の中心に、レイヴンがいた。


その周りには、セーテン老師とジャスミン先生、フレッド先生が倒れている。

奥にある人影は、ガンデル老師とベッキーだろうか。


「何があったんだ? 兄さん、いったいこれは……」


「この魔法陣は、僕が2年がかりで書き上げたものだ。

心臓部の魔法石も、特殊な古呪術物アンティークを使ってる。キミにだって、そうそう解けはしないよ」

レイヴンはそう言って、楽しそうに笑った。


ドクンと、俺の胸の疼きが跳ねる。

同時に、体の芯から力が抜けて行くような感覚に襲われ。

その勢いに任せ、俺はわざと倒れ込む。

そして、床に描かれた陣を確認した。


巡回魔法と結界魔法を重ねた炎の魔法陣。

確かに一筋縄では解けなさそうだが、方法はあるはずだ。



俺は景品のナイフに手を伸ばしながら……

――魔法陣の解析を始めた。

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