黒い悪夢4 罰を受けなさい

書庫に入ったのは、4年半ぶりだった。

やはり、周りの賢者や生徒がチラチラと俺を見ていたが。

出来るだけ気にしないように、目的の書物の場所まで行く。


探していたのは、種族の寿命や能力等の特徴を記したものだ。

あの頃はあまり興味がなかったから、読み飛ばした部分が多く。

今知りたい獣族の記述に関しては、ほぼ手にする事さえなかった。


「山猫族の寿命は、平均で120年。

通常の猫族より身体能力に優れ、成人後若い姿のままの期間が長く。

男女ともに精力は旺盛だが、繁殖力は低い。

注)第2、絶滅危惧人種」


俺とジャスミン先生の年齢差は20歳近いが。

種族間の違いを考えれば、ちょうど結婚に適した歳と考えても……


――そこで俺は、ひとり苦笑いをした。

何をしてるんだか。


しかし落ち着こうとしても。

ここ数日、ジャスミン先生と過ごした濃密な時間が頭をよぎり。

顔が赤くなってゆくのが自分でも分かる。


頭を冷やす意味も含めて、その本をパラパラとめくり。

巻末辺りの、第1絶滅危惧人種の欄に目を落とす。


そこに記されていたのは、神族と呼ばれる人種ばかりだった。


亜人の『虎族』『狼族』

どちらも絶滅種とも記されていて。

ここ数年、発見されていないらしい。

寿命は人族の2~3数倍。

身体能力も魔力も高く、退魔の術を使えるという伝承もある。


魔族の『闇族』『竜族』

こちらも、絶滅種とも言われ。

龍の末裔とも言われる『竜族』は、生態や能力も謎に包まれている。


そして『闇族』は……

旧魔王の系統とされ。

身体を霧に変える事ができ。魔物のような羽を背から広げ、空を飛び。

見つめるだけで相手を意のままに操作し。人の心を読む。

そして他人種の生き血を啜り、不老不死だと言う。


――ここまでくると、本当に実存していたかどうか謎だ。

俺がため息交じりに本を閉じると、横から声をかけられた。


「ディーンさん、珍しいですね。

こ、こちらにお越しになるなんて!」


青髪のロングヘアーの女性だった。

「えっと、確か……」

俺が名前を思い出そうとしたら。


「メリーザです! はい、メリーザって言います!

……どうかメリーザを、思えていただけると嬉しいです!」


距離を詰めるように近付いてきて。

鏡の前で何度も練習したんじゃないかと思えるような。

品のある可愛らしい笑顔を見せた。


10日前に受付で会った時に比べると、随分と胸を強調した……

形のはっきりと分かる、薄手の首の開いたシャツを着ているし。

――なんだか妙に積極的な感じだ。


俺が面食らってると。

「今日はおひとりですか?」

メリーザさんは、少し甘い声でそう聞いてきた。


「調べたい事があって」

隠すようにその本を棚に戻すと。


「そうですか…… 最近ちょっと変な噂がありまして」


大きな青い瞳を上目遣いにして、メリーザさんがさらに近付いて来る。

もう、いろいろと、ぶつかりそうな距離だ。


「噂?」


「はい。ディーンさんが、その…… お付き合いしてる女性がいるって。

まあ、その女が勝手に言ってるだけだって。

ファンクラブの子達は無視してますが」


「ファンクラブ?」


「えーっと…… 今のは聞かなかったことで。で、ですね。

その真相と、ディーンさんがおっぱい好きって事と、押しに弱いって話。

この3点を、どうしても知りたくって!」


グイグイ迫ってくるメリーザさんの…… 痩せてるわりに大きな胸に迫力に、押されるように。俺は壁際のショーケースまで追いやられた。


「付き合ってる女性は…… たぶんいません。

――他の事は、ちょつと分からないかな?」

シドロモドロにそう答えたら。


「つまり…… まだチャンスはあるって事と」

メリーザさんは俺の目線と、自分の胸を交互に見て。


「他は正解って事ですね!」

嬉しそうに、そう言って笑った。


下がりすぎて、グラリとショーケースが揺れたので。

慌てて手で押さえると。


「ああ、これ! 伝説のカエーデのメモですね。

この話を聞いたときは、ちょっと怖いイメージがあったんですが。

さみしそうにひとりでいる姿や、無邪気に野山で遊んでる姿は……

――なんか可愛くって。

この前お話した時も感じたんだけど。

しゃべってると、和むんですよね。癒しみたいな?

『夕日が、赤すぎるから』ってのも、素敵でしたし!


だからもっと、ディーンさんは皆と会話すれば良いんじゃないかって。

あたしそう思うんですけど」


メリーザさんはそう言いながら、ショーケースの中を見つめた。


同じような事は、ジャスミン先生にも言われたっけ。

気付かないうちに、自分で壁を作ってしまってたんだろうか?


だとしたら、その方向性で今度は挑戦してみよう。

またレイヴン兄さんと、楽しく暮らしたあの頃に戻れるなら……


「ありがとう、そうしてみるよ」


俺もショーケースを見ながら、そう答えた。

そして、カエーデの葉が3枚たりない事に気付く。


「これで全部?」

「ええ、確かそうですよ。

ガンデル老師の肝いりでつくられたショーケースですから。

ここから抜き出す事は、開錠石をお持ちの老師しかできないはずです」


ケースには、保存と封印の魔法結界が張られていた。

見付からない3枚は…… まだ本に挟まったままなのだろうか?


かなり強力な結界だから強引に解呪するには、それなりの魔力と。

――知識とセンスが必要だ。


セーテン老師なら簡単に開けてしまうだろうが……

普通の賢者では、まず無理だろう。

出来るとしたらフレッド先生か、レイヴン兄さんぐらいだが。


しかしその問題を解決する前に、やらなくてはいけない事がある。

「あの…… メリーザさん。む、胸が、当たってるんですが」


俺の背中越しにショーケースを覗き込んでいた、メリーザさんがゆっくりと離れる。グイグイと押し付けられた生々しい胸の感覚が、なかなか薄れてくれない。


その服の下にブラジャーはしてるんだろうか?

なんだか形がハッキリと分かったんだけど。


――俺が戸惑ってたら。


「ディーンさん…… 可愛い!」

メリーザさんは、楽しそうにそう笑った。



彼女は今日休みだったそうで、学び舎の正門まで一緒に歩く。

学び舎の人達が、チラチラと俺を見る目は相変わらずだったが。

メリーザさんはその視線を誇らしげに受けていた。


「研究発表会が近いからかな? みんな華やかな格好をしてるね」


学び舎で年に一度行われる発表会は、研究だけではなく。

学生同士集まって、歌や演劇を披露したり。食べ物などの屋台を出す者もいて。

大きなお祭りになる。


メリーザさんのように胸を強調する服を着てる女学生や。

短いスカートを穿いている女学生もチラホラ見かけた。


そう言えばベッキーも珍しく短いスカートを穿いて、歩きにくそうにしてたっけ。

チラチラと見えちゃってた、縞柄のパンツが目に浮かぶ。


「それもあるでしょうが、ある有力筋から。

ディーンさんは胸! レイヴンさんは短いスカートだって。

そんな情報が流れたんですよ。

だからあたし達を睨んでる女の子に……

胸が開いた服を着てる子が多いのは、そのせいです」


「そ、そうなんだ……」

なんだか頭がクラクラしてきた。


「そうだ! 研究発表会でしたら一緒にまわりませんか?

――これ、良かったら」


メリーザさんが、カバンからチケットを出す。

「これは?」

「当日の演劇の券です」


俺は悩んだが……

少しでも多くの人と関わった方が良いだろうと判断し。


「ありがとう」

それを受け取った。


メリーザさんは、「絶対ですよ! ちゃんと来てくださいね!」と。

何度も何度も…… 嬉しそうに、念押しをした。



庵に戻ると、門の前で、レイヴン兄さんとバッタリ出くわした。

荷物をもって、ローブを羽織っていたから。

これから学び舎に行くんだろう。


「ねえ、兄さん。短いスカートが好きなの?」

とにかく何かを前に進めたくて。会話をしてみようと、声をかけたら。


「ディーン、いったい何を……

僕は別に、女性の太ももに関心が高い訳じゃないよ」

思いっきり目が泳いだし。しかも全然言い訳になってない。


「バレバレだよ」

「そ、そうか…… しかしディーンおっぱい好きよりマシだろう」

俺達は、目を合わせて笑い合った。


ああ、兄さんとこんな会話をしたのも何年振りだろう。


恥ずかし気に去り行くレイヴンの背に。

「兄さん安心してくれ、あのバカ猫は俺からきつく叱っておくから」



俺は心の中で……

――そっと、そう呟いた。



++ ++ ++ ++ ++



セーテン老師とフレッド先生は、出かけて留守だったが。

ジャスミン先生がいたから先程の事を話す。

……メリーザさんの、おっぱいの件を除いて。


「うーん、情報が交錯してるな!

あたしの男に手を出すなって、釘を刺しておいたのに」


「先生、そこはまあ、どうでも良いんですが…… 兄さんの件は」

「あれかー。ディーンの事を話したら、レイヴンの事も教えろと。

騒ぐ子たちがいてね。ついつい言っちゃった」


「どっからあんな情報を……」

「んー? そりゃ、あたしの胸ばかりディーンは見てるし。

レイヴンは、脚ばかり見てるから。まあ、分かるよ!」


俺は思わず、ジャスミン先生の胸元から目を逸らした。

ゆったりとした薄手のシャツの下は、下着をつけてないのだろう。

いろいろと浮き出てて、凄い事になってる。


胸がドキドキして…… 痛みが走る。

なんだろう? 最近疼きのような感覚に襲われる事がある。


「それより、ディーンが書いたカエーデのメモが無くなってたのかい?」

「ええ、そうですね」

「どの本か分かる?」

「移転魔法の魔術計算と理論の本だと」


「あー、移転魔法かー。セーテン老師に伝えとかないとダメだな。

ここんとこ忙しくて、フレッドもバタバタしてるし。

もー、せっかくディーンと仲良くなれたのに。こんな時に限って!

でもコレで、あたし達の旅の決着がつくかも知れないし。

――仕方ないか。


研究発表会の当日も忙しくなりそーだから……

特別にメリーザとのお出かけは、許してあげよう!

ディーンもたくさん友達を作った方が良いだろうしね」


ジャスミン先生は、そう言って困ったように笑う。


実際、セーテン老師もフレッド先生も。

最近はなにやらバタバタとしていた。


俺の胸の痛みも。


「体内の魔力がなにかのキッカケで、まとまり始めたんだろう。

しばらく様子を見ないと分からんが……

――ディーンの魔力は大きくて特殊だ。

今まで表に出なかったのが、不思議なくらいにね」


そう言って、フレッド先生は気にしていたが。

相談するタイミングがなかなかつかめないまま、今に至っている。


「それより、あまり変な事は言いふらさないで下さいね!

俺の事はまあ、良いですが…… 兄さんの事は」

もう一度釘を刺しておくと。


「うーん、そうかな? 意外とレイヴンは喜んでるかもしれないよ。

しかし、罰が必要なのはディーンだな。

メリーザと何かあったんだろう?」


ニャリと笑いながら、ジャスミン先生が詰め寄ってきた。

言い訳を考えていたら、先生の両腕がスルリと首に絡まる。


「先生…… その、罰って?」

「罰は罰だよ、今は庵にいるのはあたし達だけだしね。

たっぷりと罰を受けなさい!」


そして俺は、ジャスミン先生の巨大な胸に押し潰された。



そこでまた、カチリと歯車がかみ合う音が聞こえてくる。


「肝心な事は、すべて思い出せたかい?」

呆けた男の声で、我にかえった。


――肝心な事。そう、ここまでに全てのヒントがあるはずだ。

俺はもう一度、記憶をたどり。


決意を込めて、「ああ、大丈夫だ」と呟く。

すると、さらに記憶が進み。研究発表会の朝に切り替わり。



問題の……

――あの日が始まった。

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