猫でもいるんじゃないか

腹も減っていたが……

体力的にも精神的にもやたら疲れていたから。

このまま寝ようと、ベッドにもぐり込んだら。


「ねえ、入っていい?」

お嬢様の声が聞こえてきた。


「どうした? 何かあったのか」

心配して声を返すと。ガチャリとドアを開けて、お嬢様が入ってきた。


「その…… 誤解してるんじゃないかと思って。

ちょっと心配になって」

お嬢様はそう言うと、ベッドの端にちょこんと腰かけた。


「誤解って?」

「ニックの事よ」

ああ、あの青春ヤローか……


「学園に通ってる頃、彼は有名な先輩だったのよ。

家柄もよくって、文武両道に優れて。 ――でも謙虚で。

まあ、人気があったのかな?

卒業してからも、剣術の師範としてたまに学園に顔を出してて」


俺がベッドから這い出ると、お嬢様はゆっくりと近づいてくる。

服装は、ゆったりとした薄手のネグリジェで。


部屋の明かりが、お嬢様の体のラインを透かし出してるような気がするが……

これは、俺の寝ぼけた頭が考え出した妄想だろうか?


「少し話をしたが、なかなか好青年じゃないか」

眠気と闘いながらニック団長のことを思い出して、そう言うと。


「でもね、何度か舞踏会なんかに誘われたりしたけど。

みんな断ったのよ。悪い人じゃないんだろうけど。

――興味なかったし」


「武道会? そうか……」

お嬢様の腕もなかなかだが、ニックと武道会で戦ったら。

さすがに勝ち目はないだろう。


「それにね。あたし気付いたの……

本当の、あ、ああ、あー、いってゆうか、その。

そのっ! もっと大きなものってゆうか。

そ、そうね。真実ってやつよ」

お嬢様が決意を込めた眼差しで、俺に顔を近付けてきた。


やっと眠気が覚めて、今の状況が理解でき始める。

――深夜、ベッドの上、2人きり。


おまけにお嬢様はスケスケの服で、ブラジャーもつけてない。

形の良い二つの膨らみが、バッチリ観測できる。


お嬢様が何を言いたいのか、さっぱり理解できないが……


ああ、これは…… 今晩最大のピンチ? かもしれない。

いろんな意味で。


俺が言葉に詰まっていたら。

「あたしね…… あなたの力になりたいのよ。

さっきの事も、聖国の事も。あなたが隠してる過去の事も。

ちゃんと話してほしいし。

まだまだかもしれないけど……

あたし、きっとあなたの助けになると思うの」


お嬢様はそう呟いて、寄り添うように。

――俺に体を預けた。

俺の肩にムニョンと、お嬢様のおっぱいが当たる。


そのはち切れんばかりの弾力に……

――ここからどう挽回すれば良いのか悩んでいると。



「ディーン様、先ほどの報告をしたいのだが。

お時間いただけないだろうか」


部屋の外から、ルイーズの声が聞こえてきた。



++ ++ ++ ++ ++



「入ってくれ」

俺が声をかけると、ルイーズがガチャリとドアを開けて入ってくる。


「夜分遅く、申し訳ありません。

ただ、今回の件をなるべく早くお伝えしたくて」


ルイーズはそう言うと。

少し悩んでから、ベッドの端にちょこんと腰かけた。


「そうか…… ありがとう。

気にはなっていたんだ」


俺がそう言うと、ルイーズはにこりと笑い。

スーツの上着を脱ぐ。


「隊長が仕掛けた追跡魔術の『ネズミ』は全部で12匹、奴に付着したんですが。

追走を初めて半刻もしないうちに、すべて潰されてしまいました。

ただ、方向やスピードから……

帝国と聖国の国境付近の山間部に、逃げ込んだんではないかと。

大枠の検討をつけることはできました」


「じゃあ、多少は成果を上げることはできたんだな」

安堵の吐息が漏れると。


「多少などと言うものではありません!

今まで尻尾をつかむ事すら出来なかったのに。


応用魔法化学者本人を特定し、手傷を負わせ。

しかも、本拠地の手がかりまで入手できました。


ディーン様の活躍がなければ、どれも不可能でしたし……

ライアン副長の命まで救っていただき。


――なんとお礼を申し上げたらよいか」



ルイーズはそう話しながら、どんどん距離を詰めてきた。

もう、顔と顔がくっ付きそうな距離だ。


キリリと通った美しい目鼻立ちと。

その下で、外れたシャツの隙間から見える。

小さいながらも自己主張をする二つの膨らみに目が行くと。


クローゼットの中から、ガツンと何かを蹴るような音がした。


「ん…… ディーン様、何かいるのでしょうか?」

ルイーズが不審そうに、そっちを睨む。


「あー、猫でもいるんじゃないか?」

いや、あれは獰猛な虎だった気もするが……


「にゃ、にゃー」

意外に可愛らしい鳴き声が聞こえると。


「なんだ、猫か」

ルイーズが納得する。


――大丈夫だろうか、ルイーズの耳。

いろいろなことが心配になってきた。


「ディーン様、今日の事だけではなく。

今までの事すべてが、尊敬の念に堪えません。

感謝と言うか…… この気持ちは、その……


――し、しかし。こ、この部屋は、暑いですね」



ルイーズはそう言って、俺の目線を追うと。

顔を赤らめながらシャツのボタンを外しだした。


もう完全に、あれやこれやが見えちゃってますが……


なんとか、そのツンと尖った形の良い膨らみから目を逸らし。

いよいよ窮地に陥ったと自覚して。


――打開策を必死になって考えていたら。



「ディーン司祭様、その…… まだ起きてますか?

リリー様のことで相談があるんですが」


シスターの声が、部屋の外から聞こえてきた。



++ ++ ++ ++ ++



「あ、ああ。うん…… だ、大丈夫だ、入ってくれ」

何とか冷や汗を拭い、声をかけると。


ガチャリとドアを開けてシスター・ケイトが入ってきた。


「お休みのところ、申し訳ありません。

リリー様がなかなかお目覚めにならなくて……

ただディーン様がお近くにいると、リリー様はいつも安心されるので。

もしよかったら、一度お顔だけでも見てほしくて」


シスターはそう言うと。

キョロキョロと辺りを見回してから、ベッドにちょこんと腰かけた。


「それなら、これからそっちの部屋に行こう」

なんだか、凄い名案のような気がする。


「ありがとうございます。

いつもディーン様に頼ってばかりで」


シスターはそう言うと、そっと寄り添って…… 俺の手を取った。

いつもの修道服からは、その巨大な膨らみの上半分がこぼれている。


なんとかそこから視線を外すと。

シスターは祈るようにその手を胸元にあてて、目をつむった。


都合ムニュムニュと音をたてて、俺の手もその谷間に引きずり込まれる。


「お会いしてからずっと、ディーン様には守っていただいてばかりで。

いつかこの恩を、お返ししたいって……

あたしがディーン様の心の支えになれればって。


――そう思ってるんです」


そしてニコリと笑う。


「別に恩に着る必要なんかない。

俺はただ、やりたい事をやってるだけだから」

なんとか胸の弾力から逃げ、姿勢を正すと。


シスターの目が、ランランと輝きだした。

……これは、例の不味い状況だ。


「ああ、やっぱり素晴らしい汗の匂いがします!

そこはかとなく、か、加齢臭も……」


シスターが恍惚とした表情で、ペロリと自分の唇を舐める。

確かに戦闘の後、風呂にも入ってないが……

――加齢臭も漂ってるんだろうか?


なんとかシスターから距離を取って。

彼女が落ち着くのを待とうとしたら。


「も、もう。我慢できません……」

突然シスターがそう唸って、抱きついてきた。


目を逸らすのが一瞬遅れて、微かに魅了チャームを受けてしまった。

身体が上手く動かなくなると。

シスターは、俺の首筋をペロリと舐めて。


「ああ、なんて美味しそう……」

そう呟いて、俺を押し倒す。


巨大な2つの膨らみが、俺の胸元に押し付けられ。

「ふふっ、ディーン様…… 可愛らしい」


暗闇の中で、シスターの八重歯がキラリと光る。


「ドン! ドン! ドン!」

ベッドの下から何かを殴る音と。

「ガコーン!」

クローゼットの中から、蹴りを入れる音が響いた。


「へっ! なんの音ですか?」

シスターがひるんだスキに、強引に距離を取る。


「ね、ネズミや猫じゃないか?」


狂暴な竜や虎かも知れないが……

この際、どっちでもいい。


なんとかシスターに落ち着いてもらおうと、思案していたら。



「下僕よ、我は腹が減ったぞ!

ここを開けろ! 飯を食わせろ!」


リリーの元気な声が聞こえてきた……



++ ++ ++ ++ ++



「ど、どうしましょう?」

正気の戻ったシスターが、乱れた修道服を直しながら聞いてきた。


こぼれたおっぱいを恥ずかしそうに、修道服の中に詰め込み。

白いパンツが見えちゃってるスカートを、引っ張って直す。


モゾモゾと顔を赤らめながら、そうしている姿は……

――何にもしてないのに、背徳感が半端ない。


「そ、そうだ! あたしクローゼットに隠れますから。

その間にリリー様と……」

シスターがそう言ってクローゼットへ向かうのを、なんとか止める。


「そこは、狂暴な猫がいるかもしれん」

「そ、そうなんですか? あ、じゃあベッドの下は……」


「ネズミがいるかもしれん。 ――かなり腕の立つ」

「腕の立つネズミ?」


悩むシスターを、バルコニーまで案内する。

「ここなら安心だろう」


そう言って、カーテンを閉めた後。

……隠す必要なんか、無いんじゃないかと思ったが。


「早う開けんか!」

リリーの声に、もう考えるのも馬鹿らしくなって。


「待ってろ! 今開けるから」

俺は、そう返事をした。



「なんじゃ、込み入った事情でもあるのか?」

リリーは部屋に入るなりそう言って、不審そうに顔を歪めたが。


「なんだろう? やましい部分はないはずだが……」

俺がそう言うと。


「むー! 下僕は阿呆じゃからな。

自分の状況が、今ひとつ理解できとらんのかもしれん!


ろくな覚悟もなしに、ホイホイと首を突っ込むからそうなる。


もう少しゆっくり寝ておろうと思ったが……

また、妙な手合いと争ったのだろう。

――ここまで闘気が感じられたわ!」


リリーはそう言って、ない胸を自信いっぱいに張った。

あどけない笑顔に、色気のない姿態。


――まったく、安心の仕様だな。


しかし、覚悟か。

……あのラズロットを名乗る呆けた男も言ってたな。


確かにこの状況じゃ…… ろくな覚悟を決めないで挑むと。

自分の首を絞めるだけじゃなく。

周りに大きな迷惑をかけかねない。


今俺に必要なのは、その意志なんだろう。


……もう、ただのおっさんを気取って。

いじけた罪滅ぼしをしていられる状況じゃ、なくなったようだ。



「そうか、それは悪かった。

もう大丈夫なのか? シスターが心配していたが」


リリーの頭をなぜると。

「うむ、腹が減っている以外は問題ないぞ!」

嬉しそうにそう答えた。


俺は少し悩んでから。

「じゃあ、らーめんでも食べに行くか?

俺も腹が減って、困ってたところだ」

そう聞いてみた。


「ほう? らーめんか……

丁度食べてみたいと、思っていたところじゃ!」


それならと……

俺はリリーの手を引いて部屋を出る。


別邸を出て、しばらくすると。


「ところで下僕が部屋に隠しておった、お嬢様や、竜族の娘や、シスターは。

――この後どうするつもりなんじゃ?」


不思議そうに、リリーが質問してきた。

リリーは分かってたのか……


まあ、こっちの問題も。

グズグズとはしていられないんだろう。

覚悟とやらが、必要なのかもしれない。


俺はため息をつきながら。


「どうしたら良いと思う」と、リリーに聞いてみたが。

「まったく阿呆には、つける薬も無しじゃな!」



なぜか頬を膨らませ……

リリーは怒って、その後しばらく。

――しゃべっては、くれなかった。

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