青春ってやつかな?
クライの魔術の真骨頂は、その魔力量でも、多彩な魔術でもない。
それだけでもA級魔術師として申し分ない実力だったが……
――奴の凄さは、その正確さとスピードだ。
初級魔術とバカにされるファイヤーボールを、ミリ単位の精度で的確に連射し。
通常では考えられない相手を倒したり。
戦闘中に複雑なトラップを構成し、敵をハメたりした。
その為、ついた2つ名が『最悪最凶』『殲滅の魔導士』。
そしてやられた敵は必ずこう言った。
「――こんなはずじゃなかった」と。
++ ++ ++ ++ ++
「
レイヴンがニョイに魔力を込めて突いて来た。
左手のナイフでかわして、右手のナイフで突き返す。
絡めるように回転したニョイで、そのナイフを弾き飛ばされたが。
宙に舞ったナイフをクライが魔力が捕らえ。
男に向かって再び飛翔させ、起爆する。
「
しかし、レイヴンがそう唱えると。
爆発の威力はニョイが吸収してしまう。
冒険者時代、鉄壁だった俺達のコンビネーションも。
レイヴンの棒術とニョイの威力の前には、成果が上がらない。
同じような攻撃を数回繰り返したが……
打開策が見付からなかった。
「なんだあの棒は!」
間合いを取った俺に、クライが問いかけてきた。
「神器『ニョイ』…… 師匠の言葉が本当なら。
その昔、海底でこの世界を支えていた柱だそうだ」
神龍から友好の証で譲り受けたと言ってたが。
――どこまでが事実か、未だに分からん。
「どうりで最近、世界が傾いて見える訳だ」
「なあクライ、それは歳のせいじゃないか?」
今の打ち合いで、俺もクライも息が上がってしまったが。
レイヴンは、余裕の態度でこちらを見据えている。
「お前こそ、肩で息してるじゃないか」
クライはそう言いながら、後ろに控えてる隊員に。
レイヴンから見えないよう、指でサインを送った。
「さっきらーめんを食べそこなって、腹が減って力が出ないだけだ。
事前に説明してくれると助かる」
「そいつは悪かったな……
次は赤レンガ通りの13番街の店でどうだ?
――なかなか良い娘がいるんだが」
『赤』の『13』ね。
冒険者時代なら、アイリーンが必要な陣形だが。
後ろを確認すると、ルイーズが剣を抜いて姿勢を低くした。
ライアンの思いつめた表情が気になるが。
「悪くないね」
懐のナイフの数を確認して。
――俺はもう一度、レイヴンに向かって踏み込んでいった。
やはり、2回目の打ち合いも同じような状況になった。
「昔より技のキレは良くなったけど。
体力が落ちたんじゃないのか?」
ニョイを小気味よく動かしながら、レイヴンが楽しそうに呟く。
走り込みの量は増やしたんだが……
実戦から遠ざかっていたのが、ここに来て響いている。
4つ目のナイフをからめ取られて、そいつが地面に刺さると。
クライが援護のファイヤーボールを放った。
そのスキに最後のナイフを抜いて、間合いを取る。
俺の体力も限界に近付いているんだろう。
ナイフを握る手が微妙に震えている。
「なかなか良い連携だったけど、もう終わりだろ。
ディーンと、そこの魔術師以外は。
僕のスピードについてこれないみたいだし。
――今、キミ達を殺す気はないんだ。
現状を知りたかっただけだし、できれば僕の話を聞いてほしかった」
レイヴンの言葉に。
「今更何を言いたいか知らんが……
このまま投降してくれれば、牢獄でゆっくり話を聞いてやってもいい」
ついつい声を荒げてしまう。
「やれやれ、まだセーテンやあの2人を殺したことを怒ってるのかい?
キミほどの人間が、大局を読めないとは。
――大事の前の小事だよ。
歴史を変えて、多くの人を救うのであれば。
避けれない道なんだ」
レイヴンが地面にニョイを刺し、魔力を集中させ始めた。
大技が来るのは間違いない。
「寝言は寝てから言えばいい」
最後のナイフをレイヴンに向かって投擲する。
奴はそれを軽々と避けると。
「
人族は衰えが早いから…… もう、歳なのかい?」
――深いため息をついた。
「さて、それはどうかな?」
5つのナイフが目的の場所に刺さったのを確認したクライが。
そう呟きながら、杖を振りかざす。
レイヴンを中心に5角の対角線がすべて魔力で結ばれ。
束縛結界の魔法陣が発動する。
「はっ! この程度」
一瞬動きが止まったが。
レイヴンは相変わらず余裕の態度で、その陣を削除する。
しかし、ここからが『最悪最凶』魔導士の真骨頂だ。
消された束縛結界が変形して、移転魔法陣に書き換わった。
普通の魔術師なら、数日はかかる2重構造の魔法陣を。
――たった数分で、しかも戦いながら書き上げる。
それがクライの『トラップ』だ。
「はっ!」
移転陣から飛び出したルイーズが。
まだ動きの鈍いレイヴンに正面から斬りかかった。
「ちっ」
この戦闘で初めてレイヴンが顔を歪める。
まだ上手く動けない奴はニョイに魔力を通し、ルイーズを追撃した。
一瞬で掻き消えたルイーズを不審に思ったのだろう。
レイヴンの表情がさら歪んだが。
「隊長の魔法陣は、3重構造なんですよ」
ライアンの魔剣が、後ろから腹部を貫通させると。
なぜか楽しそうに笑いだした。
「ライアン、引け!」
俺の叫びを無視して。
ライアンは密着した距離から、止めの魔力を送り込もうとして……
レイヴンに肩をつかまれ、背負うように投げられた。
――あれはジャスミン先生直伝の『ジュードー』だ。
俺が駆け寄ろうとすると、レイヴンは腹の魔剣を自分で抜いて。
ライアンの首筋にあてる。
「今のはさすがにびっくりしたよ。でも、これでネタ切だろ?
ニョイを使うのも嫌だったけど……
――まさか薬まで使うハメになるとはね」
奴は懐から小瓶を取り出し、一気にそれをあおった。
メキメキと音をたて、身体が変形してゆく。
背から大きな翼が生え、頭上には2つの捻じれた角があらわれた。
既にナイフは使い切っていたが。
レイヴンの手から鋭い爪が伸び、ライアンの首筋に迫るのを見て。
俺はとっさに飛び出し、奴の腕に組みついた。
巨大化した腕に足を絡め、テコの原理を利用して手首を逆方向へひねる。
「ジュードー」の極意のひとつ。十字固めだ。
技が決まりかかる瞬間、獣人化したレイヴンは。
俺とライアンを振り解き。夜空へ高く舞い上がった。
地面に叩き付けられ、消えかかる意識の中……
――何とも言えない悔しさが、腹の底から沸々と湧き上がってきた。
++ ++ ++ ++ ++
回復魔術で意識を取り戻すと、目の前にいたのは……
派手な鎧姿の男と、規律正しい騎士達だった。
「痛むところはありませんか」
そう聞いてきた男の胸には、西壁騎士団の団長章が飾られている。
「ありがとう」
相当腕の良い回復魔術師が居るのだろう。
ケガは完全に回復していた。
「先ほどの戦闘、拝見させていただきました。
我等の力では援護することもできず、申し訳ありません」
男はそう言って片膝を着き、頭を下げる。
それにならって、後ろの騎士達も頭を下げた。
壁騎士団長は、実質の帝国騎士のトップだ。
皇帝や宰相等の一部の皇族を除いて、彼が頭を下げる相手などいない。
「いや、こちらこそ…… すまない。
この大がかりなトラップを仕込むのは、並大抵のモノじゃなかっただろう。
――それから、頭を上げてくれ。
ケガは大丈夫だが、居心地が悪くてしかたがない」
俺の言葉に、男は苦笑いしながらゆっくりと顔を上げた。
年齢は、20代中半ぐらいだろうか。
鍛え上げられた体躯に、精悍な顔つき。
――この派手な鎧は、真面目な性分を隠すための物かもしれない。
「申し遅れました。私は西壁騎士団、団長を務めています。
ニック・ラングストンと言います。
ディーン様のお噂は、子供時代からの憧れでした。
――創意工夫と鍛錬で、神級の敵を倒す。
私のような非凡な男でも、それが可能になるような気がして……
お会いできたこと。誠に光栄です」
「噂は信じない方が良い。
いつだって尾びれ背びれがついて、勝手に泳ぎ出すからな。
現に今だって、奴を取り逃がした」
「最後の戦闘で、クライ隊長の魔術トラップが成功したのも。
ディーン様の手腕があってこそ。
まして…… 隊員の命を救うために、素手であの化け物に挑み。
腕1本奪いかけるなど。我等の想像を絶する活躍。
拝見していて、血が湧き上がるような思いでした」
ニック団長は、そう言ってもう一度深く頭を下げた。
こう言う手合いからは、出来るだけ早く逃げるのが得策なんだが……
「クライたちは?」
「北壁騎士隊は、奴を追跡中です。
クライ隊長の事です。ネズミは1匹ではないのでしょう。
ねぐらを押さえるのは不可能かもしれませんが。
方向を定めるだけでも価値があります。
――何せ奴らの情報は、皆無に等しいですから。
それだけでも、今回のトラップの意味があったというものです」
どうやら、上手く逃げだすのが難しそうだ。
俺がため息交じりに立ち上がろうとしたら。
ニック団長が、慌てて手を差し伸べてきた。
厚意に甘えて、その手を取ると。
それは、何度も剣を振り、皮をはぎ。
それが治らないうちにまた剣を振り。
出来上がった訓練バカの、厚いガチガチの手のひらだった。
「ディーン様、馬車でお送りいたしましょう。
確か、プレセディア家の別邸でお過ごしになっていると」
ニック団長の言葉に、今度は俺が苦笑いする番だった。
どうしても、この手のバカを……
――嫌いになることが出来ない。
++ ++ ++ ++ ++
騎士団の馬車が別邸に着くと。
数人の使用人と、お嬢様が走り寄ってきた。
「ねえディーン、いったいどうしたの?
この馬車は……」
お嬢様が、西壁騎士団の紋章が描かれた馬車を不審げに見上げる。
「やあイザベラ、久しぶりだね。
元気そうで、安心したよ」
俺の後ろから降りてきたニック団長が、気安くお嬢様に話しかける。
「ニック先輩…… ああ、今は団長よね。
その、これはどう言う事」
「公には出来ない作戦があってね。
ディーン様は、そこでご活躍されたんだ。
ケガは回復したが、体力はもう残っていないだろう。
――イザベラ、後は頼んだよ」
見つめ合う2人には、微妙な雰囲気がある。
おっさんの俺から見ると、なんだかくすぐったい。
――青春ってやつかな?
2人の視線がそれているスキに、そっと屋敷に紛れ込んだら。
女給服のナタリー司教が。
「うふふふっ、あれは絶対何かあったわね!」
とっても悪そうな顔で、そう呟いた。
その言葉を聞いたら、なぜか心身ともにドッと疲れが押し寄せ。
俺はひとり寂しく……
――部屋までの道のりを歩いた。
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