なんでもOKです……
帝都は、大陸最大の『アバダ砂漠』の中に忽然とあらわれるオアシスだ。
その窪んだ地形に、30リーグ以上離れた山々から湧水が流れ込み。
肥沃な大地は、人々の暮らしを豊かにしている。
『白亜宮殿』と呼ばれる帝国城を北に配し、4枚の城壁が街を囲んでいる。
「南壁」「西壁」「東壁」の3ヶ所には城門があり。
それぞれを5千人規模の騎士団が警備・自治している。
――城下を3つに分ける、南・西・東の壁騎士団だ。
そして城門の無い北壁には、皇帝直属の「北壁騎士隊」がいると言われている。
帝国は公言していないが、その存在は周知のものだ。
十数人で結成されたその騎士隊は、一騎当千の猛者ばかりで。
他の壁騎士団と同等の戦力があると噂されているが……
「噂ってのは、あてにならんもんだな」
ライアン達が着込んでいる正装の胸には。
その「北壁騎士隊」の紋章が飾られていた。
「いやあ、ディーン様…… 手厳しい」
ライアンは、まだ寝コケたままのリリーを宝物でも運ぶように。
大切に馬車へ運び入れた。
彼らは一度、白亜宮殿に戻る必要があるそうで。
俺達とは別行動になる。
「帝都の別館までは、どのくらいかかるんだ?」
お嬢様に聞くと。
「この駅は南城壁の正面だから。
そうね、西城壁の貴族街まで…… ここからだと、半刻ぐらいかな」
俺とリリーとシスター、それからナタリー司教の4人は。
伯爵の帝都別館で世話になる事になった。
帝都でナタリー司教の問題が解決してから。
聖国に移動する考えだ。
「しばらくの間厄介になる。 ――助かるよ」
俺がお嬢様に礼を言うと。
「全然かまわないわよ! むしろお父様は喜んでたから」
にこやかな笑顔で、そう答えてくれた。
サイクロンに帰ったら、伯爵には重ねて礼を言いたいところだ。
「ナタリーちゃんは、あたしと同じ馬車で移動よ」
「は、はい! お嬢様…… あ、ありがとうございます」
すっかり、お嬢様とナタリー司教は仲良くなっている。
司教の顔が微妙に引きつってるのが、気になるが……
ペコペコと頭を下げるたびに、揺れる巨乳が素敵すぎるので。
アレはアレで良いのかもしれない。
――まあ、深く考えることでもないだろう。
4人乗りの馬車に、俺とシスターとリリーの3人で乗り込む。
シスターが心配そうにリリーを抱きかかえ。
「なかなか、お目覚めになりませんね」
ポツリとそう漏らした。
起きてれば、騒がしくて厄介な奴だが。
寝ていても皆に心配をかける。 ――まったく困った奴だ。
シスターの巨乳に、顔を埋めるリリーを見ながら……
――俺はクールにため息を漏らした。
++ ++ ++ ++ ++
伯爵とは言え、大戦の英雄のひとり。妻は宰相の妹で王族の血をひく。
その別館は、西城壁街を治める公爵家の隣にありながら。
公爵家と比べても、そん色ない豪邸だった。
シスターとリリーは同室で、隣り合わせの部屋に案内され。
俺が通された部屋に入ると。
「えーっと、うーん。こうかなー?」
ベッドの上で四つ這いになった女給が、なにやらモゾモゾしていた。
こちらに背を向けている都合、淡いブルーのパンツと小ぶりなお尻が。
……全開なんだが。
荷物を置いて、咳ばらいをすると。
「うわっ、えっ? も、申し訳ありません!」
栗色のショートヘアの少女。 ――たぶん14~15歳ぐらいだろう。
ベッドから飛び降り、恐る恐る頭を下げた。
「入っても良かったのかな?」
俺の質問に。
「は、はい。もちろんです!
その、ベッドメイキングに時間がかかっちゃって……
ディーン司祭様ですか?
あたしサラって言います。この部屋を担当させていただきます」
「ディーンだ。サラさん、これから宜しく」
サラと名乗った少女は、そばかすとつぶらな瞳が印象的な顔で。
「へへっ」と、屈託なく笑った。
まだ幼さが残るが、数年先には人目を引く美女になるだろう。
俺が荷解きを始めると、慌てて駆け寄り。
「あたしがやります! ディーン様はそこで休んでてください」
テーブルの椅子を引き、お茶の準備を始める。
「そんなに気を使わなくていいよ。
むしろ自分でやった方が、気が楽なぐらいだ」
「でも…… しっかりやらないと、旦那様に叱られてしまいます。
あたし、田舎から出てきてまだ2ヶ月で。
3つも奉公先をクビになっちゃって。
ここもダメなら、もう他に行くところが……」
サラは、そう言って危なっかしい手つきでお茶を入れる。
仕方なく椅子に座って、出されたお茶を飲むと。
――ほとんど白湯だった。
今も俺のトランクと格闘しながら、ウンウン唸っている。
その度に揺れる短いスカートから、チラリとパンツが見えるのは嬉しいが……
トランクを壊されては仕方ない。
「サラさん、やっぱり俺がやるよ」
ため息交じりにそう呟いたら。
「そんな、ディーン様は座って休んでてくれれば! て、きゃっ!」
サラはやっとトランクを開けると。
――見事にスッ転んだ。
中に詰め込んでおいた書類や着替えが散乱する。
大きく脚を開いて尻もちをつく姿は、ある意味芸術的だったが。
のんびり眺めてる訳にはいかなそうだ。
どこでぶつけたのか、つるりとした膝小僧に擦りキズまで出来ている。
出来るだけ太ももの奥の下着を見ないようにしながら。
「まってろ、今治すから」
最近板に付き始めた、の回復の祭辞を述べる。
傷が治ると、サラはようやく自分の格好に気付いたようで。
モジモジと太ももを寄せ、短いスカートの端を引っ張って股に挟み。
「もも、申し訳ありません。
その、あたしどうすれば……」
涙目で謝った。
「慣れない仕事をあせってやっても、失敗するだけだ。
誰だって最初はそんなもんだよ。
まずは落ち着いて…… そうだな、そこに座ってくれ」
サラは、テーブルとベッドを交互に見た後。
なぜか緊張しながら、ベッドにちょこんと腰かけた。
「すー、はー、すー、はー。
は、はい、落ち着きました。そ、その。
お、おっしゃって下されば、なんでもOKです……
ドーンとお申し付けください。
経験は無いですが…… が、頑張ります!」
顔が真っ赤だし、さらに落ち着きを失ってる。
「じゃあ、クローゼットと書類棚の場所を教えてくれ」
俺はサラに聞きながら、自分の荷物を片付け。
ついでにお茶を入れ直し。
ベッドの上で硬直していたサラにも、カップを手渡した。
「ありがとうございます……
あれ? このお茶美味しい」
「ジャスミンティーは、初め熱湯で入れて蒸らしてから。
飲む前に冷まし湯を入れると良い。
特にこんな高級品は、ゆっくり蒸らさないと味が出ない」
お茶の効果だろうか? 徐々にサラの緊張も解れてきたようで。
俺が話しかけると。
自分の生まれた農村部の話や、今までクビになった奉公先の話を聞かせてくれた。
「それで、3つめのお仕事をクビになった時。
通信魔法板で、たまたまここの求人を見つけたんですよ!
田舎には帰れませんし、もう娼館ぐらいしか勤め先が無いんじゃないかって。
そう考えてたとこなんで、飛びつきました。
臨時募集なんですが、上手く行けば本採用もあるそうですから!」
「上手く行くと良いな」
俺が笑いかけると。
「はい、頑張ります!」
サラは元気よくそう答え、小さなガッツポーズをした。
両腕で締め付けられた胸がタフンと揺れる。
太ももとお尻にばかり目が行ってしまったが。
けっこう大きな胸だなと……
――俺は心の中で、クールに呟いた。
++ ++ ++ ++ ++
隣の部屋に顔を出したら、リリーはまだ寝たままで。
シスターも旅の疲れが出たのか、うとうととしていた。
シスターに出かける旨を話し、お嬢様に夕飯はいらないと伝えるように頼んで。
8年ぶりの帝都の街に、俺はひとりで足を向けた。
近年の好景気と、帝都の人口増加のせいだろう。
街は随分と様変わりして、まるで知らない都会を歩いているようだった。
まだ建設途中の建物も多く、土砂を運ぶ音や、杭を打つ音が。
雑踏に混じり、遠くから響いていた。
夕暮れの混雑する大通りを、幾つか抜ける。
クライの暗号にあった通り道に着く頃には、すっかり日も沈み。
辺りは街灯と、応用魔法のネオンで満ち始めていた。
「二番屋らーめんレストラン」
暗号にあった店名を探す。
そして、「客は招け」とも書いてあったから。
あえて尾行はまかず、そのレストランの『のれん』をくぐった。
店内はカウンター席と、4人掛けのテーブルが5つ。
客はカウンターに、男装の美女がひとり。
フォークで、麺と格闘中で。
手前のテーブル席には。
体格の良い土木作業員姿の男が2人座っていた。
奥のテーブルに、クライがひとりで座っている。
客はその4名で、あとは厨房に数名のスタッフがいるだけだ。
「珍しいな、お前が待ち合わせより早く来るなんて」
俺がテーブルに座ると、クライが皮肉交じりにそう言ってきた。
「部屋にやたら色っぽい
――落ち着けなかったのさ」
俺がそう漏らすと、なぜかカウンターから殺気が飛んできたが……
とりあえずそれを無視する。
「羨ましいじゃないか」
クライが苦笑いすると。
定員服を着た薄ら笑いの男が、オーダーを聞きに来た。
俺はもう一度店を見回し。
「大丈夫なのか? ここ」
クライに確認すると。
「安心しろ、らーめんは本物だ」
奴は、涼し気にそう答えた。
俺は『チャーシュー麺』を頼んで。
やはり友達は選ぶべきだと……
――深く後悔した。
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