こんな可愛い幼女になにすんのよ!
列車のドアから外を覗くと、子供連れの男の周りに……
――同じ背格好の男が4人いる。
よく見ると、表情の乏しさも同じ。歩き方も同じ。
「伯爵家で暴れた2人を見た後だと、分かりやすい」
奴らは魔物の人族化だと考えて間違いないだろう。
先頭列車が、お嬢様達が乗ってる特別車両だ。
奴らはそこに向かって、ゆっくりとホームを歩いている。
人混みがひくのを確認して、俺は列車から降りた。
――懐の投げナイフは6本。
化け物相手の接近戦は勘弁してほしいから、増援を期待して大声を出す。
「そっちは、一般乗客は乗り込めないはずだが……
そもそもお前ら、乗車券は持ってるのか?」
しばらくすると、期待通り。
魔剣を持った薄ら笑い野郎が、いつにもまして冷ややかな笑顔で。
先頭車両から降りてきた。
車掌や駅員に対して。
お嬢様の大声が響き、車両の全てのドアが閉まる。
後ろを確認すると、ホームにいた乗客も避難を始めた。
ライアンと2人で前後を囲んだ形になる。
――悪くはない。
俺がけん制のナイフを投擲しようとしたら。
「うむー!」
後ろから声が聞こえ…… 振り返ると。
弁当を持ったアホの子が、嬉しそうな笑顔で佇んでいた。
――最悪だ。
おいこらリリー、それ……
――俺の弁当だろ。
++ ++ ++ ++ ++
ライアンが魔剣を抜くと、男達がうろたえ始める。
少女の手を握った男が。
「ぐぉおお!」
低い咆哮で、いかくすると。
男達は一斉に我にかえり、懐から小瓶を取り出した。
援護のナイフが必要かと思ったが……
「遅いな」
ライアンは一気に間合いを詰め。
3人の男の腕を斬りつけた。
落ちた腕が、ミノタウルスの物に変わる。
「下僕よ! これを使うのじゃ」
駆け寄ってきたリリーが、弁当に付随したスプーンを渡してきた。
「飯は後で食べるから、今はいいよ」
アホの子の頭をなぜてやると。
「阿呆! お主たちだけでは荷が重いと思って。
我がとっておきを作ってやったのじゃ!」
吠えるリリーから、スプーンを受け取ってやる。
後ろからは、ライアンのステップ音と。
魔物に戻った男たちが、倒れてゆく音が聞こえる。
それに混じってトコトコと軽い足音が、俺達に近付いてきた。
今振り返ったら、せっかくのライアンの誘導がダメになるだろうと。
恐怖と戦いながら、足音との距離を測る。
正面を向いていたリリーに、目線で合図を送ろうと。
強く見つめたら。
「な、なんじゃ。下僕よ……
いきなりそんな目で見られたら、て、照れるじゃろう」
顔を赤らめて、モジモジし出した。
――やっぱりこいつはアホだ。
しかしそのおかげで、絶妙のタイミングで足音が止まった。
距離も位置も申し分ない。
振り返りざま、ナイフを3連投すると。
「こんな可愛い幼女になにすんのよ!」
そいつは自分の背丈の3倍はありそうな、大きな杖を握って。
俺のナイフを全て払いのけた。
やはり以前の駅の地下であった幼女だ。
5体のミノタウルスを全て切り捨てたライアンが。
そのスキに、後ろからこん身の突きを入れたが。
「あなたも、相変わらず無礼極まりないわね」
そちらを見向きもせず、素手で……
――その剣をつかみ取った。
「はぁああ!」
ライアンが闘気をまき散らし、強引に魔剣をねじ込む。
とっさに剣を引かなかったのは、さすがだ。
おかげで幼女は、2の手でライアンに攻撃することが出来ず。
いちど宙に身を泳がせて、力を受け流そうとした。
両足が浮いた瞬間、俺が追撃のナイフを投げる。
それを嫌って、杖を動かした幼女に。
ライアンの蹴りがヒットする。
幼女は3メイル程高く舞い上がると、器用に回転し。
パタリと両足で、ホームの隅に着地した。
「もう、お気に入りの服が汚れちゃったじゃない!
あの子たちも…… おとりぐらいにはなると思ったけど。
――全滅しちゃってるし。
このままじゃ、あの御方に怒られちゃうから。
そこの女の命ぐらい奪っておこうかな」
長い杖の先に魔力が集まり、鈍い光がともる。
幼女の目線を追うと。
列車の扉からこちらを見ている、シスター・ケイトがいた。
「くそ!」
再度俺がナイフを投擲しようとしたら。
リリーが両手を上げて、幼女に向かって振り下げた。
「ポヨーン」と、安っぽい音が響くと。
「あれれ? なによコレ」
杖が真っ二つに折れ、幼女の動きが止まる。
「下僕よ! 今じゃ」
リリーの言葉に、渡されたスプーンを投擲すると。
ヒットした幼女の腹部が真っ赤にただれ、徐々に崩れ落ちていった。
「覚えてらっしゃい!」
鬼の形相と怨嗟を残し、幼女の姿が消える。
――振り返ると。
俺の後ろで、ライアンが。
蹴りを入れた自分の脚を抱え込み、うずくまり。
リリーが……
――パタリと音を立てて、倒れた。
++ ++ ++ ++ ++
乗員乗客に被害はなく。
お嬢様の迅速な指示により、列車は数分遅れで発車した。
「魔物の不意の襲撃って事で、あの領の衛兵には話をつけておいたわ」
お嬢様の話では、ライアンの脚は骨を砕かれていたそうだが。
「回復魔術師に見せる前に、ほとんど自力で治しちゃったわよ。
竜族の戦士ってのは、バケモンね」
心配する程のモノではないらしい。
むしろ因縁の相手をまた逃した自分に、腹を立てているとか。
「下僕よ、すまぬな……
疲れたから、我はちょーっと、休むぞ」
リリーはそう言って、スヤスヤと寝息を立て。
今もぐっすりと寝ている。
列車が安定した速度で走りだし。
乗客も落ち着きを取り戻したので。
「シスター、リリーを見ていてくれ。
もう一度、お嬢様の所へ顔を出してくる」
俺は、先頭車両に移動することにした。
「やあ、ディーン様。
先ほどはせっかくのチャンスを無駄にしてしまって。
申し訳ありません」
先頭車両に入ると、ライアンが薄ら笑いで話しかけてきた。
「もう大丈夫なのか?」
俺の質問に、左足を上げて見せる。
「つかまれたのは一瞬でしたが、骨ごと握りつぶされました。
魔力無しでも、あのスピードと力なんですよ。
幸い足ごと持ってかれなかったんで、なんとかなりましたが」
ブーツの上部と、スネの防具の一部がねじり切られている。
しかしその下は、キレイものだ。
男の生足を見ても面白みがないので、すぐに話題を変えた。
「なあ、あの幼女とは…… 何度も戦ってるのか」
「我々竜族は、『黒き術者』と呼んでます。
――神話の中のバケモノですよ。
何度か取り逃がしましたが、今回は……
リリー様とディーン様のおかげで、痛手を負わせることが出来ました。
また襲ってきてくれれば、その時こそ最大のチャンスです」
嬉しそうに呟くライアンに。
昔の俺や、クライと同じ復讐者の匂いがしたが……
何か言おうとしたら、お嬢様が割って入ってきた。
「ねえディーン! こいつらじゃ相手にならないの。
あなた達も、この車両に移ってきなさいよ。
もう、危険の分散とか言って。別々に行動する意味なんかないわ!」
見ると手には、異世界ゲームのひとつ。
『とらんぷ』のカードが握られていた。
奥をのぞき込むと、コインが高く積み上げられ。
呆れかえる隊員たちや。
顔を青くしながらカードを見つめている、ナタリー司教の姿があった。
「転神教会の戒律では、賭け事は禁止されててね。
確かにもう、別行動の意味はなさそうだから。
様子を見て合流するが……」
俺の言葉に、ナタリー司教の肩がビクリと震えた。
「大丈夫よ! 『ナタリーちゃん』と、お金なんか賭けてないもの。
ただあの子…… 今日からあたしの奴隷になったの。
可愛がってあげるから、安心してね!」
お嬢様の言葉に、さらにビクリとナタリー司教の肩が震える。
――いったい、いくら賭けたらそうなるんだか。
「ほどほどにしとけよ」
聞きたい事も聞けたので。
お嬢様とナタリー司教にそう言って、俺は特別車両を後にした。
一般車両に戻ると、シスターの膝の上で、リリーがスヤスヤと眠り。
シスターも、瞳を閉じて休んでいた。
起こさないように、そっと座席に着くと。
「ディーン様、皆様大丈夫でしたか?」
シスター・ケイトが目を開けた。
「ああ、元気すぎるぐらい元気だったよ」
俺の言葉にシスターが微笑む。
寝コケているリリーが、今回の一番の功労者だ。
――また無理をさせてしまったのか。
心配になって、リリーの顔を見ると。
「こんなこと言ったら失礼なんでしょうが。
なんだかこうしていると、リリー様があたしの子供みたいです。
お姿も幼く、皆に心配かけないよう。
いつも愛らしく振舞われていますから。
でも……
きっといろいろ大変で、思う事も沢山あるんでしょうね。
いつか本当の家族みたいに、そんな事も。
打ち明けてくれると嬉しいです」
そう言ってシスターは、リリーの頬をそっとなぜると。
もう一度微笑んだ。
「家族か」
俺がため息交じりに呟くと。
「はい」
シスターが楽しそうに返事をする。
先頭車両に移動する話をしようとしたが。
リリーが目を覚ますまで、そっとしておこうと思い。
ふと疑問がわいた。
あの2人が親子って事は…… 俺はおじいちゃんなのか?
いろいろと思う事があったが……
――とりあえず今は、それを黙殺した。
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