黒い悪夢
家族旅行みたいですよね
俺とシスターとリリーの3人は一般席での移動。
お嬢様は、帝都での式典のための移動と言う名目なので、特等席で移動となった。
そこに警護として、ライアン達が同行している。
ナタリー司教は、お嬢様付の『女給』という事で。
彼等と同じ車両に乗り込んだ。
「シャツはちゃんとしたサイズをいただけましたが……
どうも、このスカートが慣れなくて」
モジモジと短いスカートの丈を引っ張る司教は、相変わらず破壊力抜群だった。
領主城の女給は皆あの姿だったが…… あらためて見ると、実にエロ可愛い。
――まったく伯爵の底知れない才能に、感心してしまう。
ラララとルウルは、準備にまだ時間がかかるそうで。
明日の列車で帝都までくるそうだ。
迎え合せの4人掛けシートに、リリーとシスターが隣合わせで座り。
俺は、その向かえにひとりで座っていた。
「下僕よ! この駅弁とやらも、なかなかじゃな」
帝都までは、5刻の時間を要する。
朝9の刻の列車に乗ったから、昼食は車内になるからと。
駅の売店で購入したのだが……
「リリー、朝食は教会で食ったばかりだろう」
乗り込んで1刻もたたないうちに、弁当を食べだしてしまった。
「仕方ないですね、リリー様。
列車内でも何か販売してるそうですから。
お昼はそれをいただきましょう」
シスター・ケイトは、嬉しそうにそう言って。
リリーの口の周りをハンカチで拭いた。
「こうしていると、なんだか家族旅行みたいですよね」
嬉しそうに笑うシスターに、疑問が残る。
家族だと想定すると……
――俺に2人の娘がいることになるんだろうか?
10代後半で結婚した奴らには。
シスターぐらいの娘がいておかしくない。
ため息交じりに列車の窓を見ていたら。
真ん中の通路を、ワゴンを引いた若い猫族の女性が歩いて来た。
あれが車内販売なんだろう。
「うむー! その弁当も美味そうじゃな」
早速リリーが乗り出してワゴンの物色を始めたら。
「えーっと、ああ!
神父様とシスター様がお2人ですから…… ディーン様ですか?」
ワゴンを引いていた若い女性に話しかけられた。
「そうだが、何か?」
俺の言葉に、その女性はポケットから紙のコップを出し。
「帝都で頼まれたんですよ。
ディーン様に、お茶を渡してって」
ワゴンのティーポットからお茶をそそいだ。
渡されたコップは、ワゴンにあるのと同じだったが。
彼女のポケットには、このコップしか入っていなかった。
「どんな奴から頼まれたんだ?」
不審に思い、聞いてみると。
「背の高い、ちょっと素敵な感じのオジサマです。
でも…… 料金はディーン様からもらってくれって」
ちょっと困ったような感じで、その女性は呟く。
俺はリリーが選んだ弁当とお茶代に、少しチップを上乗せして彼女に渡した。
ニッコリ笑って去って行く、女性の揺れる尻尾を眺めながら。
「あのバカは、相変わらずだな」
俺はクールに愚痴をもらした。
「どうされたんですか?」
シスターが不思議そうに聞いてきたので。
「友達は、ちゃんと選ばなきゃダメって事だよ」
そう答えて、一気にお茶を飲み干す。
案の定、カップの底に見知った魔法陣が浮き出てきたので。
そこに魔力を通し、12桁の乱数と記号に変わるのを確認する。
俺はクライからの暗号を読み取り。
らーめんレストランの待ち合わせ場所を確認して。
列車の窓を開け、障害物がないのを確認して、カップを放り投げる。
やはり一瞬で燃え散り、スミすら残らず消えて行った。
それを見送りながら、俺はシートに深く座り直し……
――ゆっくりと目を閉じた。
++ ++ ++ ++ ++
「ねえ、ディーン! 大丈夫かい?
今僕が回復魔術をかけてあげるから待ってて」
「レイヴン兄さん? あれ、ここは……」
「はははっ! おでこに、でっかいコブまで出来てるよ。
記憶まで飛ばされちゃったのかい?
まったくジャスミン先生は、手加減なしだからな」
――よく見ると、俺の手足が子供のように小さい。
心配そうにのぞき込むのは、賢者会で兄として慕っていた。
東の学び舎最年少主席卒業者。レイヴン・ナイトだ。
浅黒い肌に、やや尖った耳。
――そう、彼は『黒き森人』の血をひいていた。
その横では、同じように心配そうにのぞき込む。
俺に体術や兵法を教えてくれた。
賢者ジャスミンの猫耳と、大きな胸が揺れている。
――どうやら俺は、また子供時代の記憶の中にいるようだ。
放浪の大賢者セーテン・タイセは、東の学び舎のさらにその奥の。
小さな庵で生活を始めた。
名前の通り、人生の大半を旅の中で迎えていたが。
「もう、ひと所に落ち着かねばならんだろう」
この地にとどまる決意をしたようだった。
フレッドとジャスミンは、セーテンの高弟で。
『西の賢者会の奇才』と呼ばれたフレッドは、東西賢者会の幅広い知識と。
元々魔術で身を立てた貴族の出身のせいか。
人族としては、桁外れの魔力を持っていた。
その魔力の高さは、一族の中でも群を抜いていたため。
幼少の頃に、西の学び舎に預けられたそうだ。
「権力争いで殺されるのを、母が回避するために…… そうしたんだろうね。
私は人族だけど、教会は貴族の権力が通用する場所だ。
賢者会はそれが無いし、学問に敷居を設けない考えの場所だから」
フレッドは俺にそう言って、苦笑いした。
家族とは、賢者会に入ってから一度も会っていないそうだ。
ジャスミンは山猫族の血をひく女性で。
そもそも盗賊だったそうだが…… 旅のセーテンに討伐され。
以降、弟子として供をしているそうだ。
「老師の猿拳と、あの自在に伸びる『ニョイ』って棒は、もう反則なんだ。
帝都の武闘会で何度か優勝したって言ってたけど……
――あれは本当かもね」
神龍と100日間戦い続け、決着できずに親友になったとか。
現在の剣聖を武者修行時代に倒し、その後技を教えたのは自分だとか。
セーテンの話は荒唐無稽で、どこまでが真実か分からなかったが。
ジャスミンが束ねていた盗賊団は、西国一の猛威を振るっていたそうだし。
彼女が使う「ニン術」や「ジュウドー」「ケンドー」と呼ばれる技は。
異世界伝来の秘儀で。彼女はその「タツジン」の称号を得ていた。
その一団をたったひとりで討伐したのだから……
――やはりセーテンの武術の腕前は、規格外だったんだろう。
そんな2人は、賢者会で『賢者』の称号も得ている。
当時フレッドが24歳。ジャスミンが26歳だ。
通常、賢者の称号は早くて40代。
50代60代でもその称号が獲得できれば、十分な『天才』と呼べた。
そして、永い賢者会の歴史の中。
大賢者の称号が与えられたのは、初代大賢者ドーンを含め。
セーテンが3人め。 ――単純計算で600年に1度の大天才となる。
初めはその4人でセーテンの『庵』で暮らしていたが。
ある日ひとりの少年が訪ねてきた。
「セーテン老師にお会いできないでしょうか」
それは12歳で学び舎を『賢者』として卒業したばかりのレイヴンだった。
当初、弟子入りを拒んだセーテンだったが。
レイヴンが数ヶ月間休む事無く庵に通いつめると。
「――しかたないのう。
丁度ディーンにも、歳の近い遊び相手が欲しかったところだしな」
さすがのセーテンも、それに折れる形で彼を迎え入れた。
以来、俺とレイヴンは……
血を分けた兄弟のように一緒に暮らした。
永い間、記憶の隅に追いやっていた、一番幸せだった時代。
どうして俺は、この頃の思い出を振り返らないのだろう。
「もう大丈夫だよ、ディーン!
コブも無くなったし。 ……ほら、擦り傷も全部消えた」
優しく笑うレイヴンの顔が、徐々に黒い闇に吸い込まれてゆく……
「ああ、またひとつ。 ――鍵が解けたよ」
のんびりとした、あの男の声と同時に……
――頭の隅で、カチリと歯車がかみ合う音がした。
++ ++ ++ ++ ++
列車が止まる振動で、目を覚ます。
どこかの駅に着いたようだ。
「ディーン様、大丈夫ですか? うなされてましたが……」
シスターが心配そうにのぞき込んできた。
「ここは、どの辺りだ?」
「次の駅が帝都です。まだ少し時間がかかりますね。
今お昼を少し過ぎた辺りですから…… お食事でもされますか?」
「下僕よ! 安心せい。
お主の駅弁は、ちゃんと残してあるからな」
2人の言葉に、なぜか安どの息がもれる。
窓から外を見ると、列車を降りる乗客と。
これから乗り込む客で、人が溢れていた。
背の高い寡黙な感じの男が、はぐれないように。
小さな女の子の手を引いているのが見える。
家族連れに見えたその2人に、違和感を覚え。
――俺は席を立った。
「ディーン様、どうかされましたか?」
「ちょっと眠気覚ましに、出かけてくるよ」
シスターにそう言い残し。俺は懐のナイフを確認しながら。
お嬢様達がいる車両に向かって歩き始める。
やっぱり、のんびりと寝ている訳には……
――いかなさそうだ。
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