怪しい蝶のマスク

お嬢様の判断は、的確で迅速だった。


「応用魔法兵! 構え、撃て!」


兵士達から見て、ミノタウルスの背になる。

奥の席に人がいなくなると同時に、連続発砲を仕掛けてきた。


3連続の射撃が終わると、待機指示が出され。

床に伏したミノタウルスの状態を確認したのも、良い判断だ。


ブスブスと音を立て、身体から泡が湧き出……

ケガを回復させると。


奴らはゆっくりと立ち上がった。

もし突進をかけていたら、何人かの兵士が命を落としたかもしれない。


――俺はミノタウルスの死角を突きながら、徐々に距離を詰めていく。


「剣兵構え! 深追いはするな、一撃一退で奴らを分散させろ!

魔法兵詠唱開始! 上部への被弾を嫌った、狙いは頭だ!」


その確かな戦術から、俺の出番は無いと思っていたが。


「ギャー! ギャー!」


叫び声と同時に、ミノタウルスの捻じれた角が輝き。

詠唱中の魔法が解除される。


「もぐもぐ、うむ、これではお嬢様が……

もぐ、ピンチじゃ!」

なぜか俺の横に、リリーがいる。


――いつの間に?


「おいこらリリー!」

ついつい怒鳴ってしまった。


その声で…… せっかく気配を消していたのに。

ミノタウルスとお嬢様が、俺たちに気付く。



まったく、あれほど言ったのに……

――食べるかしゃべるか、どっちかにしろと。



++ ++ ++ ++ ++



俺が頬張っていた肉を取り上げると、アホの子は少し悲しそうな顔をしたが。


「行儀が悪い!」

強く叱ったら、なんとか納得したようだった。


周囲を再確認したが、ホールの中には……

お嬢様を指揮官とした30人ほどの兵と、ミノタウルス2体。

――後は、アホの子と俺だけだった。


シスターは、お嬢様が避難させたのだろう。


「そう怒るでない。

下僕が厄介ごとに巻き込まれたようじゃから。

ちょーっと、助けに来たまでじゃ!」


ミノタウルスが2体とも、俺達に向かって歩き出した。


「そうかリリー、助かるよ…… で? 何か策があるのか」


もう一度、懐のナイフを数え直す。


「あのミノタウルスの叫びはじゃな。

角に宿った魔力を共鳴させて、詠唱を解除させる呪術じゃ」


「そうみたいだな」


「……」


「対策はあるのか?

角は硬くて、ナイフをはじきそうだし。

口を狙おうにも、不意を突かないと無理だ!」


ホールに響き渡る大声で、突っ込むと。

それに合わせるように、お嬢様が兵に指令を出し始めた。


足音からして、ミノタウルスまでの距離は5メイル……

2体とも連なって歩いている。

――もう少し引き付けたい。


「角か口を狙えと言いたかったんじゃが……」

俺は、悲しそうな顔のアホの子の頭をなぜた。


「下僕よ、我を使えんヤツじゃと思っとらんか?」

「そんなことはない。なんとかとハサミは使いようなんだ」


少し距離があるが…… 奴らの足音が止まる。


振り返りざまにナイフを3連投する。

前にいたミノタウルスに1本、奥に2本。

手で弾かれたが…… そのままリリーを抱えて。


応用魔法兵の射撃線から脱出する。


「応用魔法兵、撃て!」


お嬢様の声が響く。全弾頭部を狙った射撃だ。

もがき苦しむ2体のミノタウルスを確認すると。


「魔法兵! 第一弾、詠唱準備!」

想像通りの指示が出る。


俺はリリーをテーブルの陰へ詰め込み。

出来るだけミノタウルスの正面を取れるよう。

気配を消しながら、テーブルの下を走り抜けた。


「ギャー! ギャー!」


魔法攻撃を嫌ったミノタウルスの咆哮が響く。

距離5メイル強だが…… 殺傷が目的じゃない。


あの大口に、デザートを放り込むには十分な距離だ。

2連投で、連中の口の中にナイフをヒットさせる。


慌てて口を閉じたミノタウルスを確認したお嬢様が。


「第二弾、詠唱準備!」

2隊に分けていた魔法兵に指示を出した。


とっさの判断としては、信じられないぐらいスムーズだ。

兵の熟練度が高いのか。

あるいは、城内での奇襲に備えた訓練を行っていたのかもしれない。


口から血を流した2体のミノタウルスは。

魔法解除を無理だと判断したのだろう……

兵に向かって突進をかけたが。


豪華なドレスを優雅にひるがえしながら。

冷めた笑いを浮かべ……



「魔法兵、撃て!」

――お嬢様は、奴らに引導を渡した。



++ ++ ++ ++ ++



晩餐会は解散され、城内の衛兵が事後処理と捜査のために走り回る。

俺達はいったん監禁され、取り調べを受けることになった。


俺やリリーやシスター・ケイトは、簡単な事情聴取で済んだが。

ナタリー司教は、帝国から派遣された兵に拘束された。


転神教会へ確認しても。

ポーター・アランとスミス・バドンの2名はそもそも存在しなく。

ナタリー司教の視察は、単独で行われるものだった。


――そう返答されたそうだ。



解放された俺達は、お嬢様の誘いで伯爵の私室に集まった。


「やっぱり、アムスの時と同じ……

応用魔法化学の薬が見付かったわ。

魔法鑑定士の話では、同じ成分が検出されたって」


お嬢様が会場で見つかった小瓶を見せる。

それは、以前俺が見たものと同じだった。


「お父様は止めたけど。

叔母様付の事務官が、聖国に正式文書で抗議したそうよ。

失敗したわ…… もう、国際問題に発展しちゃった」


「間違いなく狙いはそこだったんだろ。

本気で暗殺を考えてたのなら、あんな派手なことはしない」


「どうしよう」


「まずナタリー司教と話をさせてもらえないか?

彼女は利用された可能性が高い。

――しかも真相を探る糸口は、今はそこだけだ」


シスター・ケイトは心配そうにお嬢様と俺を見つめ。

リリーは、不思議そうに何度も首を傾げた。


「どうしたリリー、腹でも減ったのか?」


「阿呆! そんな事ではない。

その小瓶がどーも腑に落ちんだけじゃ。

前は人族が魔物に化けたのじゃろう?

今回は魔物が人に化けておったのに、なぜ同じ薬が出てくる」


「それは…… 本当か?」


「人の姿の時は……

我でもおいそれと見破れんほど巧妙じゃったが。

魔物になってからは、ハッキリと区別がついたな。

あれはただの知能の高いミノタウルスじゃ。

みな気付かなんだか! やはり我は使える奴じゃな!」


リリーはそう得意げに言って、ない胸を大きく張った。

俺が頭をなぜてやると、嬉しそうに微笑む。


そんなリリーの顔を見ながら。



やはり育児書が必要だなと……

――俺は心の中で、クールに呟いた。



++ ++ ++ ++ ++



ナタリー司教がいたのは、領主城の地下牢だった。

レンガ造りの暗い部屋には、各種拷問器具が並び。

ロウソクの炎がゆらゆらと揺れている。


「むこ殿、娘との息の合った退治劇…… 見事でした。

まずは、お礼申し上げる」


伯爵はなぜか、怪しい蝶のマスクをしているが……

ここは突っ込むところだろうか?


「いえ、それより。ナタリー司教ですが」

俺の言葉に、ナタリー司教がビクリと震える。


彼女は耐魔術ロープで身体中を縛られ、部屋の中央に吊るされていた。

幸いな事に。まだ、司教服は汚れていないし、着衣に乱れもない。


「聖国は彼女の事情聴取を、我々に一任した。

――ようは見捨てられたんだ。

帝国としては抗議の意味も含めて、タダで帰す訳にはいかない。

この後、帝国が呼んだ拷問専門の魔術師が来るそうだ」


伯爵の言葉に、ナタリー司教は無言で涙ぐむ。

俺はもう一度、彼女を確認したが。


胸が強調されるように縛られているし。

腰回りにも艶めかしく、ロープが絡まっている……


「伯爵、ナタリー司教が白だってのは、もう分かってるんでしょう。

この件は俺が責任を持ちます。だから何とかできませんか?」


「そうしたいが…… もう、国と国のメンツの問題なんだ。

――彼女には悪いが」


伯爵もはやり気が乗らないのだろう。

あのマスクはたぶんそれを隠すためのものだ。

微妙な趣味だが……


「ならこうしましょう。

拷問魔術師が来る前に、俺が伯爵に頼んで彼女に会いに来た」


伯爵は微妙な蝶のマスクを揺らして、頷く。


「そこでナタリー司教と口論となり」

俺は懐からナイフを出し。


「彼女をうっかり殺してしまった」

そして、切りつける。


「ひっ!」

短い悲鳴の後。

パラリと拘束していたロープが落ち…… 急に体重が足に戻ったせいか。

ナタリー司教は転びそうになる。


俺はおっぱいをつかまないよう、細心の注意を払って。

彼女を受け止めた。


「これは減点対象にはならないでしょう」

俺の言葉に。


「えっ、ああ、あの。

左手をもう少しズラしていただけると」


確認すると。

なぜか、彼女の見かけより大きなお尻をわしづかみにしている。


――どうしてだろう?

俺はそっと、左手を細い腰にまわした。


「んん!」

伯爵がわざとらしい咳をして。


「むこ殿、その後のシナリオは?」

そう、聞いてきた。


「まだ考えてないんですが…… 良いアイディアはないですか?」


「はっはっは! やはり、むこ殿は面白い。

それなら任せておけ。 ――うん、楽しくなってきたな」



そう言って、微妙な蝶のマスクを外し……

――伯爵は嬉しそうに微笑んだ。

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