着やせするタイプなんだろうか?

その馬車が教会の正門に着いたのは、午後4の刻を少し過ぎた辺りだった。

シスターと俺が出迎えると。


「わざわざお出迎えありがとう」


20代後半と思われる、腰までの銀髪と。

ややツリ目のブルーアイが印象的な、美しい女性がひとり。

髪を短く刈り上げた、体格の良い30歳前後の鋭い視線の男が2人。

馬車から降りてきた。


――男たちの動きは、どこか昔懐かしい匂いがする。


「北西部の教区長を務めています。

ナタリー・バウラです。

後ろの2人は、ポーター・アランとスミス・バドン。

今回の視察の助手として聖国から派遣されています」


純白の司教服は折り目正しく。伸びた背筋と、きっちり揃えられた髪型は。

彼女の真面目さを表してるようだった。

少し眉根を寄せて、品定めするように俺の顔を見ると。


両手を組み、祈るように挨拶をする。

慌てて俺もそれに合わせ、両手を組む。


「初めまして、ディーン・アルペジオです。

長旅お疲れ様でした。

まずは、お茶でも飲んでゆっくり休んでください」


どうも、この作法が板につかない。


俺の不慣れな挨拶を見た後、彼女はメモ帳を取り出し。

ブツブツ言いながら、何かを書き込んだ。


そして、隣で同じように祈りを捧げるシスター・ケイトを見ると。


「改造修道服ですね、まったく最近の若いシスターは」

と呟いて、メモを書き足す。ついでに……


「し、しかもあの大きな胸…… げ、減点対象ね」

小声でそう言って、さらに眉根を寄せた。



3人を教会に案内した後。

シスターが、申し訳なさそうに聞いてきた。


「あの、あたし減点対象だったんですか?」

「気にしなくていい。服装や姿なんて問題じゃない。

――肝心なのは中身だ。

その意味でシスターは、俺の誇りだ。

ナタリー司教にも、いずれちゃんと伝わるよ」


俺の言葉に、シスター・ケイトの表情が明るくなる。

「はい、あたし頑張ります!」


その笑顔と揺れる巨乳は、確かに破壊力満点だ。

たとえ神が許したとしても。

世の女性の妬みを買うのは、仕方ないのかもしれない。


張り切ってお茶を入れに行ったシスターを見ながら……



簡単なあいさつですみそうにない、この事態に。

――俺は心の中で、もう一度神に祈ってみた。



++ ++ ++ ++ ++



お茶も簡単に切り上げ、早速教会を観たいと言うので。

俺が案内することにした。


お付きの2人は、その間なにもしゃべらなかったが。

「我々は別の準備がありますので」

そう言って教会内の視察をパスした。



「もうこの教会を見捨てなくてはいけないかと、残念に思っていましたが。

こんなに素晴らしい形で復元できるなんて……」


一切の手抜きが無かった完璧な工事と。

質素ながらも、原形を重視したルウルの美術修復は。

ナタリー司教から高い評価を受けた。


特に彼女が注視したのは、大浴場の彫刻だった。

「聖ラズロット像がこのような形で残るなんて。 ――感無量です」


必死になってメモを取りながら、濡れた浴室を歩いたせいだろう。

「きゃ!」

見た目に似合わない可愛らしい悲鳴と共に、見事にスッ転んだ。


「大丈夫ですか?」

俺が受け止めると。


「あ、あ、ありがとうございます」

真っ赤な顔で、そう言った。


「いえ、おケガがなければ……」

「はい、ケガはありませんが。その、その手を放していただけると」


見ると、俺の手ががっちりとナタリー司教の胸をつかんでいた。

「申し訳ない」


どうも最近、転びかけた女性を受け止めるとこうなってしまう。

――どうしてだろう?


そっと手をはなし、彼女を立たせると。

「い、今のは…… 故意ではなかったとして、げ、減点対象にはしません」

真っ赤な顔のまま睨まれた。


着やせするタイプなんだろうか? 意外と大きな胸だなーと、感心しながら。

――俺はクールに。


「ありがとうございます」

いろいろな意味で、お礼を申し上げた。



教会内の視察が終わって、司祭室に戻ると。

ナタリー司教はやっとと言った感じで、安堵の息を吐いた。


「思っていた以上の状態で、安心しました」

「そう言っていただけると光栄です」

俺がそう言うと。


「あなたもです、ディーン司祭。

フェーク枢機卿の推薦とは言え。 ――元冒険者。

それも、かなり有名な人物だと聞いていました。

実はその……」


言い辛そうだったので。

「どっかのゴロツキが、潰れかけの教会を乗っ取って。

何か企んでるんじゃないかと、心配されてたんですか?」

笑いながらそう促すと。


「いえ、そこまでは……」

少し困ったようにうつむく。


根が真面目なタイプなんだろう。

いくら衰退を始めた宗派とは言え、教区長は「司教」職だ。


枢機卿、大司教、司教、司祭、とある役職者の中で、上から3番目。

相当なエリートコースを歩んでいるか、貴族の出身か。

どちらかだとしても、この年齢では異例だ。


「安心していただけたなら嬉しい。

自分で言うのもなんだが、まだまだ司祭と呼ばれる程の者じゃない。

だが、頑張ってやってくつもりだ。

これからも、宜しくお願いしたい」


俺の言葉に。

「こちらこそ、宜しく」

なんとか笑顔を作りましたって、感じで笑う。


同じ部屋で待機していた2人は無言だったが。

たぶん、視察の案内としては成功だったと思う。



――あまり自信は無いが。



++ ++ ++ ++ ++



伯爵家からの馬車に乗り、領主城に着くと。

盛大な晩餐会が用意されていた。


「こ、これは?」

ナタリー司教が驚いていると。


「今宵はお忙しい中、足を運んでいただきありがとう。

簡素ですが、歓迎の意味を込めてお料理を用意させていただきました。

どうかゆっくりと、お寛ぎください」


お嬢様が豪華なドレス姿で迎えてくれた。


「おい、ちょっと張り切りすぎじゃないか?」

小声でお嬢様に耳打ちしたら。


「叔母さまが出席するから、これが限界なの。

これ以上貧相にできないのよ。

今お父様が来るから、ちょっと待ってて。

そっちの硬い感じのは、任せるから」


そして、ついて来たリリーとシスター・ケイトに微笑む。

「美味しい料理をたくさん用意したから、存分に食べて行って」


「分かっておるな! さすがはお嬢様じゃ」

リリーは嬉しそうに料理に突進し。


「イザベラ様、今日はありがとうございます」

シスターが、お嬢様にお礼を述べると。


「いいのよ、ケイト。さ、せっかくだから楽しみましょう」

シスター・ケイトの手を引いて、お嬢様もテーブルへ向かった。


「どこが貧相なんだ?」

大ホールには20を超えるテーブルに、料理が山盛りだ。

後ろには楽隊が控え、静かな音楽を奏でている。

来賓も、竣工式で見かけたこの街の重鎮がズラリと並んでいるし……


――驚くぐらい警備も確りしている。

給仕の半分は、兵士が偽装したものだろう。

身のこなしにスキのない人物が多い。


わざと半開きになった扉からは、独特の気配がこぼれ出ている。

ホールの外にも、兵が待機しているのは間違いない。


「初めまして。この街の領主を務めています。

マーベリック・プレセディアです。

この度はわざわざサイクロンまでお越しいただき、ありがとうございます」


伯爵が、呆然としているナタリー司教に挨拶する。


「こ、こちらこそ、このような盛大なおもてなしを受けるなど。

大変驚いております。 ……転神教会の教区長、ナタリーです。

――どうかよろしくお願いいたします」


ナタリー司教がシドロモドロなのは、少し面白かったが。


「それではナタリー教区長殿、むこ殿。

どうぞ奥の席で、お寛ぎください」


伯爵のボケ発言に。

「へっ? むこ殿??」

ナタリー司教が、不審そうに俺を眺めた。



まったく、このおっさんは……

――なに考えてんだか。



++ ++ ++ ++ ++



案内されたテーブルに、伯爵とナタリー司教と俺の3人が席に着く。


助手のポーターとスミスは、一般招待客のエリアにとどまった。

そして、腕利きだと思われる偽装兵士の給仕が。

2人をマークするような位置取りする。


伯爵とナタリー司教の社交辞令が終わる頃、俺達のテーブルに一人の女性が来た。


「これは、宰相殿下」


伯爵が席を立って礼をする。

俺とナタリー司教も慌てて席を立ったが。


「今日は親戚の晩餐会に遊びに来ただけだから。

そんなにかしこまらなくても良いわ」

そう言って、ニコリと笑った。


事前に知らされていたが、やはり驚いたのだろう。

ナタリー司教が、言葉を詰まらせながら。

なんとか挨拶の言葉を述べようとしたら。


「きゃー!」

会場から女性の悲鳴が上がった。



振り返るとそこには、2体のミノタウルスが……

――こちらに向かって、ゆっくりと歩き出していた。


伯爵が剣を抜き、宰相殿下とナタリー司教を守るように前に出た。

同時に、数人の兵士が駆けつける。


パニックになった会場にお嬢様の声が響いた。

「取り乱すな、一般兵はまず客の退避を優先しろ!

応用魔法兵と剣兵は前に出て隊を成せ! 魔法兵はその後ろで待機!」


適切な指示で、会場をまとめ。効率的に兵を動かし始める。

あのカリスマ性と判断力は、天賦のモノだろう。


「むこ殿、あれは…… アムスと同じなのか」

伯爵が俺に耳打ちした。


――その呼び方は、決定事項なんだろうか?

後で、ゆっくり話し合いが必要そうだ。


2体のミノタウルスは、破れた修道服を身に着けている。

元は、ポーターとスミスなのだろう。


ナタリー司教と宰相殿下が、兵達に安全な場所へ移動されるのを目で追いながら。

俺は懐のナイフを確認する。


「伯爵、どうも違うようです。

彼は殉教者でしたが……

奴らの目は、昔よく見た殺戮者のモノです」



そう言い残して俺は気配を消し……

――奴らの死角へ、そっと足を踏み入れた。

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