聖国動乱

真実の扉

そっちの道の人だったんですか

ひとりめの下僕を名乗る男のささやきに応えてから。

やたら子供の頃を思い出したり。

賢者会時代の夢を見るようになった。


――あいつの言っていた、俺の『鍵』を開ける。


その事に関係しているのだろうか。


今も、まどろみの中。

初めて老師と出会った時の思い出が、蘇っている。



あれはまだ「東の学び舎」にいた頃だ。


賢者会には教会の代わりに「学び舎」と呼ばれる施設が各所に点在する。

その研究思想は大きく2つに別れ。

「東の学び舎」系列は占星術を基礎として、世界の在り方を探求し。

「西の学び舎」系列は錬金術を基礎として、物質の在り方を探求していた。


俺が孤児として流れ着いたのは……

切り立った山々に囲まれた「東の学び舎」の本舎だ。


永く続く戦争のせいで、孤児は掃いて捨てる程いたから。

賢者会の施設にも、俺と同じような子供が文字通り溢れていた。



「わっぱ! 何をしておる」

ボロボロの賢者服を着た、年老いた猿族が話しかけてきた。


その時俺は、空腹をごまかすために。

川の流れを利用して木材を運搬する商人たちを眺めていた。


「腹を空かしてる」

「手元のそれはなんだ」


老人は猿族特有の細く長い尻尾を丸めて、俺の隣に座った。


「流れ着いた木っ端」

「それで商人の真似事をしておるのか」


人懐っこそうな老人に、説明する。


「流れ着いた木材の数をいちいち数えなくても。

数え終わって積み上げた5本の木材を1として。

木材は同じ形に切ってあるから、比較できるように横に並べて」


そして正方形に組んだ組木を、ひし形に変形させる。


「こうすれば流れに逆らって、いちいち持ち上げなくても。

一定量を超えたら、入り江に流すだけで数が合う」


「ほう…… わっぱ。それは自分で考えたのか?」

「暇だからね」


老人は楽しそうに笑いながら、木っ端の横に。

持っていた長い杖を利用して。

2x5 − 5x4 = x4(2x − 5) と、書き込み。


「ふむ……」

そう呟いた。


「なにこれ、呪文?」

俺が聞くと。それを隠すように消して。


「フレッド! ジャスミン! お前らは分かるか」

後ろにいた、2人の若者に声をかけた。


ひとりは貴族だろうか?

人族の男で、高級な仕立服を着こなし、物腰も柔らかい。


もうひとりは腰に2本の短刀を下げた。

猫族の女性で、冒険者風の出で立ちだった。


「これは、 ――因数分解ですね」

「えっ? ああ、ホントだ! しかも…… ちゃんとあってる」


2人が困惑していると。


「わっぱ、今いくつだ?」

老人が楽しそうに笑った。


「5つだよ、それから俺は『わっぱ』じゃなくて、ディーンだ」


「よしディーン、わしの弟子になれ!

飯ぐらい好きなだけ食べさせてやるわ」


その言葉に、若い2人が動揺する。

「老師様…… そんなことを突然決められても」

「そうです、西の賢者会からも『願い書』がいくつも来ていますし。

東の最年少主席卒業者の弟子入りを……

今、断ったばかりじゃないですか」


老人は俺の顔をジッと覗き込み。

「――良い目をしておる」


そして、もう一度後ろの2人に。

「なあ、フレッド、ジャスミン…… どうせわしは、老い先短いおいぼれだ。

弟子ぐらい好きに選ばせろ!


こんな奴をこのままにしておけば、どんな悪党になるか分からん。

『賢者マーリンの悲劇』ぐらい知っておろう。


世に混沌を招くのも、世に安寧をもたらすのも。

――選ばれし才能なのだ。


今、我らが取る道は2つしかない。

このわっぱをここで切って捨てるか。弟子として正しき道を教えるのか。

お前たちはどちらが良い」


そう問いかけた。

2人が老人に無言で頭を下げると。


「じゃあ、まず飯を食おう。ちょうどわしも腹が減ったところだ」

嬉しそうに微笑み。



稀代の天才とうたわれた『放浪の大賢者セーテン・タイセ』は……

その温かい手で、ゆっくりと俺を導いてくれた。


そして、カチリと。

――どこかで歯車が回る音がした。



++ ++ ++ ++ ++



まどろみが薄れ…… 徐々に意識が戻る。

この手の夢を見ると、必ず体が重い。


今朝は、なにか大きなものに押しつぶされているような気さえする。


俺はシーツを上げて、それを確認すると。

大きなため息を漏らして、一応事情を聴いてみることにした。


「なんでお前がここにいる?」

俺の質問に、そいつは笑顔を浮かべ。


「うなされているようでしたから、心配になりまして」

そう答えた。


「なぜおれに覆いかぶさっている」

「竜人は邪気を払う事が出来ます。

ディーン様から、微弱ですが…… そのような気配を感じたもので」


「裸なのもそのせいか?」

「それもありますが、寝るときは着ない派なんですよ」

一糸まとわぬその姿は、美しくもあったが。


「2度とそんなことはしないでくれ」

――目まいが襲ってきた。


俺達が押し問答をしていると、バタリと部屋のドアが開き。


「ディーン様! 朝食の準備が……」

最近教会で寝泊まりしているルイーズが飛び込んできた。


「やあルイーズ、おはよう! 今日は駅の開通式だね。

一足早くお邪魔したんだが」


ライアンの声に……

ルイーズ表情が徐々に蒼白となり。ゆっくりと崩れ落ちた。


「お2人は、そっちの道の人だったんですか」

「はっはっは! ルイーズ、それは誤解だよ」


鍛え上げられた筋肉を見せびらかすように。

妙なポーズをするライアンを見て。


こいつ、これを狙ってわざとやったな!



そう確信して……

――俺はやるせないため息をついた。



++ ++ ++ ++ ++



駅の開通式は、国を挙げての盛大な祭りだ。


帝国に点在する5大都市に、これですべて列車が開通する事となる。

それに伴う経済効果は、今の応用魔法好景気に拍車をかけるだろうし。


この街が、この好景気の立役者である帝国の宰相。

『バリオッデ5世』こと。

バリオッデ・ファン・サイクロンの出身地でもあるからだ。


この式典に合わせ、彼女『バリオッデ5世』も来領する。

17年ぶりとなる里帰りに、街は歓迎ムードで大盛り上がりだ。



「な、なんだか凄いですね。

街中がお祭り騒ぎで…… あたしこんなに賑やかなのは初めてです」


人混みに押され、はぐれないようにだろうか。

シスター・ケイトが、その巨大な胸をさっきからグイグイ押し付けてくる。

異常に開いた胸元から、ふたつの膨らみがこぼれそうだし……


「うむ、この串焼きの肉もなかなかじゃな。

おお、下僕よ! あっちではなにか焼き菓子のようなものがあるぞ!

早速買って来るから、ここで待っておれ」


露天の食べ物に興奮したリリーに、小遣いを渡したら。

食べ歩きツアーを始めてしまった。


「駅の件は、あれから何度も調査しました。

問題はないと確信していますから……

今日はお祭りを楽しまれたら良いですよ。

もし何かあっても、それは我々の仕事ですから」


俺の後ろを、相変わらずの薄ら笑いでついてくるライアン。

それだったら、別の場所に移動してほしいが。


――なぜか俺達をマークするようについてくる。


その横では、今朝のショックが抜けきらないのだろうか?

ルイーズが、俺とライアンの顔を交互に見ては。

ブツブツと何やらひとり言を呟いている。


「あっ! やっと見えてきました。

あのパレスの最上階が、イザベラ様との待ち合わせ場所です」


もとは領主の別邸で、現在は来賓の宿泊施設として使われている。

『サイクロン・パレス』は、駅に隣接する最大の建築物だ。


今回の開通式を見学できる最高の場所を、伯爵が招待してくれた。

ラララとルウルは、その下の階の一般見学で式典を見るそうだが。


「お嬢様の奴め!

招待状の人数を、あと2人増やすぐらい簡単だろうに!」


ルウルは、文句を言っていたから。

よほどこう言った式典が好きなんだろう。


「うむー! 甘いぞ!

下僕よ、これは何と言う菓子じゃ」


焼き菓子を買って帰ってきたリリーが、満面の笑顔で叫ぶ。


「モンガーの砂糖焼だな。その実は、この辺の特産なんだ。

お前、食べたことないのか?」


「我が封印される前は、こんなもの無かったな!

人族はまったく愉快な種族じゃ。

少々寝ておっただけで、食べ物も生活も、すぐに変わってしまう」


モンガーの栽培は、500年以上前から始まっているはずだ。

いったいこのアホの子は、何年寝ていたんだろう?


頬に付いた砂糖のカスをふき取ってやると。

「へへへっ」

と、嬉しそうに笑う。


どっからどう見ても、あの伝説の古龍とは思えない。


「じゃあ、急ぎましょう! もうすぐ1番列車が入ってきます。

あたし列車を見るの、初めてなんですよ」


シスターが俺の腕をとって、楽しそうに笑った。


式典は、その列車にバリオッデ宰相が乗っている都合。

列車到着の1刻後になるが。


「そうだな、じゃあ急ごうか。

パレスでも、もうお祭り騒ぎが始まってそうだし」


俺がリリーの手を取って歩きはじめると。

カチリと何かが、かみ合うような大きな音がして。



ゆっくりと地面が……

――左右に揺れ始めた。

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