すっごく良かったわ

揺れはすぐおさまったが。


「な、なに…… 今の」

「地震か? 珍しいな、何年ぶりだろう」


――辺りが騒然としている。

ここは温泉が湧く地域だから、地震が発生してもおかしくないのだろうが。

少なくとも、俺が住み着いてからは初めてだ。


「おいリリー、地面に張り付いてなにしてる。

お菓子を落としたんなら、拾って食べちゃダメだぞ!」


「阿呆、地脈の声を聴いておったのじゃ!

菓子なら落としておらぬ、もう全部腹の中じゃ!」


パンツ丸見えのリリーは、不服顔で立ち上がると。


「妙じゃな……」

ポツリとそう漏らした。


「あたし、聖国で育ったんで。地震なんて初めてです」


シスターが力強く抱きついてくるので。

――対応に非常に困るんですが。


「念のため、我々は駅に向かいます! ルイーズ、ついて来てくれ」

ライアンの言葉にルイーズは、俺とシスターとライアンの顔を順番に見て。


「あのデレデレとした締まりのないお顔……

そうか、ディーン様はどっちの道もイケるお方か。

ならあたしにもチャンスが。 ――いや、有利なのか?」


訳の分からんことを呟いて、去って行った。



いろいろと不安ばかりが募るが……

俺はクールな表情を取り戻そうと。

――顔の筋肉を必死になって動かした。



++ ++ ++ ++ ++



パレスの屋上は、品の良いパーティー会場のようになっていて。

俺とシスターは、場違い感に戸惑った。


リリーはテーブルの上の豪華な料理に夢中で。

そんな事は、一切気にしていないようだったが……


「ディーン司祭様、それからシスター・ケイト。

今日はお忙しい中足を運んでいただき、ありがとう」


きらびやかなドレスを身にまとった、お嬢様があらわれると。

シスターの緊張は少し解れたようで。


「イザベラ様! お招きありがとうございます」

2人で仲良く談笑を始めた。


「あら、イザベラ。

こちらの殿方を紹介していただけないかしら?」

一目見て、それが伯爵夫人だと分かった。


30歳半ばの妖艶な美女で。目鼻立ちはお嬢様と全く同じ。

髪型も似ているが…… ドリルの数が倍だ!

片側6本は、ぶら下がってるんじゃないだろうか?


胸も特大サイズで…… お嬢様の将来性の高さを感じさせた。


「お母様、こちらは転神教会の司祭。ディーン・アルペジオ様」

俺がお嬢様の紹介に合わせて礼をすると。


「ニコール・クラブマン・プレセディアよ。

お噂は夫や娘から聞いてるわ。以降、お見知りおきを」

ニコリと笑って、右手を出してきた。


これは……

握手じゃなくて、エスコートしろって事だな。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


俺が伯爵夫人の手を取ると。

「少々外野がうるさそうだから…… あちらの奥の席までお願い」

小声でささやいてくる。


そこは警備員に囲まれた特別席で。

一般の招待客は入ることが出来ないようになっていた。

駅の構内が一望でき、テーブルの料理も一段と豪華だ。


――しかも今は、俺と夫人以外誰もいない。


つい立て替わりの樹木の鉢が、さっきの地震の影響だろうか。

ズレたり倒れたりしているのを、警備員たちが急いで直している。


「それで、なにか相談事でも?」

俺が伯爵夫人の手を放して、そう聞くと。


「あら、どうしてそう思うの」

白々しい笑顔がこぼれる。


「こんな絶好の観覧場所の人払いをするぐらいだから……

緊急で、しかも厄介事なんでしょう。

――貴族様特有の駆け引きは苦手なんです。

すぐ本題に入って頂ければ、助かるんですが」


俺の応えに嬉しそうに笑うと。

「せっかちな男は嫌いだけど……

――頭の切れる男は好きだわ」


そう言って、胸元から青く光る魔法石を取り出した。

胸の大きな女は、どうしてそこに物を隠すんだ。


なんか生々しくって……

――受け取るのに、緊張するんだが。



「これはね、サイクロン家に伝わる『守り石』だと。

父から預かったものだけど」


俺達はフェンス際の席に着き、兵士が持ってきた上等な葡萄酒を口にしていた。

石は球体を真っ二つに切った形で、底に魔法陣が描かれている。


「そんな物じゃないことぐらい、初めから分かっていたわ。

サイクロン家…… この街の元領主は。

代々、真円シンエン教会の熱心な信者だし。

その魔法陣は、誰が見たって転神教会の物だから」


伯爵夫人は前領主の娘で、宰相の妹にあたるが。

母親が違い、生まれてすぐ帝都の別邸で暮らしていたそうだ。


詳細は語られなかったが、その関係もあって。

伯爵はこの領の『領主』になったのかもしれない。



底に描かれているのは、五芒星ペンタグラムと龍の紋章。


この街の中心にある真円シンエン教会は、初代勇者を開祖としているため。

紋章は初代勇者キー・ファーマの愛称でもあった『カエル』が使われ。


魔法陣は名前の由来通り、真円を組み合わせた。

『ループ』と呼ばれるものを使うことが多い。


「確かに、五芒星ペンタグラムと龍の紋章はラズロットの象徴ですから。

図柄から考えると、そうなるでしょう。

しかしそれが……」


俺の言葉をさえぎるように。


「あなた達が教会の改修を始めてから。

この石が時折輝くことがあったのよ。

そして今も……

あの地震と一緒に、その魔法陣が光を放ったわ。


まったくの無関係だとは思えないし。

そもそもそれが、転神教会の由来の物なら。

お返しするのが正しい行いでしょう。


――それに」


「それに?」

夫人の不安そうな顔に、俺が言葉をつなげると。


「その石の片割れは、姉が持っているの」

「宰相殿下が、ですか」


「ええ、姉が持っている宰相のシャクに埋め込まれているのよ。

今日は公式行事として来領するのだから。

間違いなく本物を持参してきているでしょうね。


――それで、とても不安になって。

あなたに相談したのよ」


「伯爵はこのことを?」


「さあ? あたしから特別、話した事はないけど。

あの人のことだから、石の存在ぐらいは知ってるかもね」


そう言って無邪気に笑った。



その笑顔は……

――やはりお嬢様に、どこか似ていた。



++ ++ ++ ++ ++



伯爵夫人から石を預かり、リリー達のいる一般招待客の席に戻ると。


「ねえ、ケイトが大変なの! 早く来て」


お嬢様が駆けつけてきた。

連れられて、屋根のある観覧席まで行くと。


「ディーン様…… ごめんなさい。急に熱っぽくなっちゃって。

最近調子が良かったから、大丈夫だと思ってたんですけど。


――子供の頃から、たまにあったんです。


人が多い場所に来ると、こうなっちゃうことが。

ああ、でもディーン様の顔を見たら…… 少し落ち着きました」


シスター・ケイトは火照った顔を、苦しそうに歪める。


「回復魔法師にも見てもらったんだけど……

魔術が効かないし、原因も分かんないって」


お嬢様が隣で呟く。相当心配なんだろう。

濡れたタオルを持って、シスターの額に当てていた。


俺は、あの手紙を思い出す。

――フェーク公爵から渡された魔法石は、教会に置いたままだ。


シスターの脈拍を測ると。

正常と言って良い状態だったが……

腕をとっただけで、その熱の高さが分かる。


「下僕よ、あまり悠長にはしておれんな。

――異常な魔力がエロシスターをおおっておる。

我がなんとかしてやりたいとこじゃが……

こう言った微妙な加減は、昔から苦手でな。

さて、どうする?」


珍しく、アホの子の顔も真剣だ。

こいつの意味不明な勘は当たることが多いから……


まったく無視することも、危険だろう。

この人混みの中、教会まで往復して。

もし、手遅れになったら悔やみきれない。


そうなると、また『ひとりめの下僕』を名乗る。

あのヤローの力を借りるか……


最近思い出す古い記憶や、その後の虚脱感が脳裏をよぎったが。

シスター・ケイトの苦しむ顔を見たら、自然と額に手が伸びた。


俺が回復の祭辞を述べ始めたら……

――なぜか懐の夫人から預かった、例の石が輝きだし。

かざした手から、何かが吸収される手ごたえがあった。


「あっ…… ううん。 ああ、 ――あん!」

妙に色っぽく、シスターがビクリと震える。


「シスター、大丈夫か!」

俺が慌てて問いかけると。


「はあ、はあはあ。ディ、ディーン様。

すっごく良かったわ…… じゃなくて。

――楽になりました」

うっとりとした目で見詰められた。


なぜか、お嬢様とリリーが俺を睨む。

「あんた、ケイトになにをしたの!」


お嬢様の顔も、なぜか赤い。

「聞きたいのは、俺の方だが……」


俺がしどろもどろになっていたら。

リリーが突然俺の懐に手を突っ込んできた。


「下僕よ…… なぜお主がこれを持っとる!」

手には、伯爵夫人から預かった魔法石が握られてる。


「リリーそれは大切なものだ、返しなさい!」

俺がリリーを叱ると。


「うむむむー、間違いないな」

そう呟いて。


――パクリとそれを飲み込んでしまった。


「へっ?」

お嬢様と俺の声が重なる。



なあ、リリー。

……それは、お菓子じゃないんだぞ。

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