side B 暖かな春の風のように

夢の中で、これが夢だって自覚してる。

もう何度も…… 見飽きるほど見た悪夢。


母の叫び声と、姉の悲鳴が聞こえてくる。

「ルイーズ、あんただけでも逃げて!」


兵士達にかこまれた母が叫ぶと……


「目をそらすな。ちゃんと過去と向き合え。

そして真実を知って、前に進むんだ」


誰かがあたしの肩を抱いた。

それは、まるで暖かな春のぬくもりのように、あたしを包み込む。



「あなたは……」



++ ++ ++ ++ ++



それは誰かが蓋をしたように、忘れていた過去の記憶だった。


「ふん、てこずらせやがって…… ガキだと思って甘く見てたが」

姉を切った兵が、腕から滴る自分の血を忌々しく見つめる。


「興が冷めた! 母親も処分しろ」


あたしは動くこともできずに、ただそれを見ていた。

そして…… 兵士のひとりが、あたしを見つけて近付いてきて。


「なかなか面白い子ね。

ただの竜人狩りだったけど…… これは拾いモノだわ」


背格好は大人のなのに、なぜか少女の声で話しかけてきた。

呆然としてると。

その男から、黒い何かがあたしに流れ込んでくる。



「くそっ、間に合わなかったか!」

そして、また新たな兵士が入ってきた。


「なんだてめー? どこの兵か知らねーが……

若いのにそんな格好しやがって! どっかで盗み出したのか?

まあいい、早く持ち場に戻りな! ここは俺達がお楽しみ中なんだ」


その兵は、部屋をぐるりと見回すと。

不気味な薄ら笑いを浮かべ。

母や姉を切った男を無視して、あたしの前まで来た。


「その波動は、黒き術者だな」

そして、少女の声でしゃべる兵士に剣を向ける。


「あらあら、あなた竜の剣士ね。

この依り代じゃ、分が悪そうだし。もう用も済んだから……

――帰らしてもらうわ」


薄ら笑いの若い兵が剣を振ると同時に。

操り人形の糸が切れたように…… 少女の声でしゃべる兵士が倒れた。


「なにしやがる! おめーなにもんだ」

怒鳴り散らす他の兵達を、相変わらず無視したまま。


「また逃げられたか」

その兵は、少し悲しそうにそう呟いた。


「バカにしやがって!」

残った兵士達が、一斉にその若い兵に襲いかかったけど。


彼は軽く剣を振って。

「魔王軍も、これじゃあもう終わりだな」


全ての兵を切り捨ててしまった。

そして身動きしないあたしを強く抱きしめて。


「もう、大丈夫だ」

優しくそうささやく。


「ライアン少佐、ご無事ですか!」

そしてまた、違う兵が何人かあらわれた。


「ああ、私は問題ないよ。それから彼女を保護してくれないか。

黒き術者は…… また取り逃がしてしまった」

そこで記憶が途絶える。



そうだ、そこで初めて…… あたしは気を失ったんだった。



++ ++ ++ ++ ++



あたしはその後、新生魔王軍の士官学校に進んだ。

名前は明かされなかったけど、軍部の有力者の推薦があったらしい。


生活そのものに不満はなかった。

待遇も悪くなかったし、数少ないが友人もできた。


「また頭痛なの?」

「ああ、でも大丈夫。薬を飲めばすぐ治まるから」


だけどその頃、士官学校の友人より。

街で出会った『同士』達の方が信用できた。


魔王国への不信。戦争の相手だった人族への憎しみ。


レコンキャスタの『指導者』様は……

今、魔王国がうたう民主制のウソや、大統領の真のたくらみ。

人族の新たな陰謀を、優しくあたし達に教えてくれた。


そして竜族を陥れた裏切り者「リリー・グランド」の話も。


悪夢に悩まされ、時折起こるこの頭痛も。

同士が支給してくれる「薬」を飲むと、すぐに治った。


「でね、大統領がまたイエロー・ハウスを抜け出して。街の不良に説教してたんだって。

――つまらん事ばかり気にしてはイカン!

大局を見ろ! とかって」


ユーモラスで、見た目も微妙なおっさんの大統領は。

街でも、この士官学校でも人気者だ。


あたしもついつい彼の話に耳を傾けてしまうが……

心のどこかで、なぜかブレーキがかかった。


民主制、大統領…… レコンキャスタ、指導者様……


グルグルと思考が回転して。

何が真実で、何が間違いなのか。 ――分からなくなる。


あたしがその迷いを拭い去ろうと力を入れると。


「力んではダメだ、気持ちを落ち着かせろ。

必用なのは強い意志じゃない、全てを見つめる広い心なんだ。

――憎しみは、なにも生まない」


暖かな春のぬくもりが、あたしにそう話しかけた。



その暖かさに身を任せると……

あたしの心は、少しだけ穏やかになった。



++ ++ ++ ++ ++



そして、度重なる悪夢と頭痛で曖昧だった……

士官学校卒業の頃の記憶がよみがえる。


少しとぼけた、薄ら笑いの男が話しかけてきた。

肩に輝く階級章は『大佐』だったので、あたしは慌てて敬礼した。


「どのような御用でしょうか」


「ああ、そんなにかしこまらなくても良いよ。

久しぶりだね。元気そうでなによりだ」


「大佐殿、どこかでお会いしましたでしょうか」

その男は、あたしの顔を優し気にのぞき込むと。


「そうか…… 美しい女性を口説くときの常套句なんだけどね。

失礼失礼。 ――どうか気にしないでくれ」

少し悲しそうに答えた。


「ご冗談を」

種族柄男女と呼ばれ続けてきたあたしは、その言葉に動揺した。


「なかなか優秀な成績のようだね。どうだい、私の部隊に入らないか?」


「大佐の部隊ですか」

いくら士官学校の成績が優秀でも。大佐直属の部隊に入る事など夢のまた夢だ。


「大統領の密命で、人族と共同の特殊部隊を設立する事になったんだ。

――作戦は追々話してゆくけど。


亜人の『虎族』『狼族』、魔族の『闇族』……

『竜族』の発見と保護も含まれている」


「絶滅した4神族ですか。

それは失礼ながら、無理な作戦ではないでしょうか」


亜人の「虎」と「狼」。

魔族の「闇」と我ら竜族は、真の聖なる人族に使え……

――世の危機を救う使徒となると、古い言い伝えにある。


しかし実際は、迫害され……

今はどの種族も生き残っていないと言われていた。


――まあ、あたしはその竜族なんだが。


「それがねえ、どうやら人族領で『真の聖人』が誕生しそうなんだ。

そして絶滅したと言われてる『竜族』も、幾人か見つかってる」


「そ、そうなのでありますか」

あたし以外の竜族が生きていたのは、その時初めて耳にした。


「だから、キミにはぜひ参加してほしい。

同じ竜族としての、個人的なお願いでもあるんだ」


ライアン大佐は、あたしにそう……

――優しくささやいた。


その言葉は、あたしの古い記憶のどこかを刺激したけど。

また例の頭痛が襲ってきて、上手く思い出せなかった。



――そして今まで。

このライアン大佐との記憶すら…… 思い出せないでいた。


暖かい風が、もう一度あたしを包み込む。



「これをどう思うのか、これからどうするのか。

そんなことは、徐々に考えればいい。


――ただこれで、繰り返された悪夢は終わる。


呪術的な記憶操作は全て解除した。

だから今は、ゆっくりと眠ってくれ」


そして、どこかでカチリと音がした。


まるで凍てついていた、あたしの心の扉が……

――開くかのように。



++ ++ ++ ++ ++



目を覚ますと、目の前にはディーン司祭が。

その後ろでは、ライアン大佐…… ああ、今は副隊長だ。


――2人が心配そうに、あたしを覗き込んでいた。


「あたし……」

なんとか声を出そうとしたら。


「今はまだゆっくりと眠ればいい。考え事なんて、いつだってできる」


そう言って、ディーン司祭があたしを不器用に抱き上げた。


その包み込むような優しさは。

夢に見た、暖かい春の風と同じだ。


また眠けが襲ってきたけど。

そこにはもう、不安や恐怖は存在しなかった。


そして、どこか遠くから聞こえてくるような。


「なに匂い嗅いでんだよ! この変態ヤロー」獣族の少女の声や。

「下僕よ…… 腹が減ってきたようじゃ」リリー様の寝言や。

ライアン副隊長の楽しそうな笑い声が。



あたしの表情を……

――少しずつ笑顔に変えていった。

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