デートの待ち合わせ

額から汗を流しながら、ライアン呟いた。


「私は奇跡の御業を間近で見たのが初めてなので。

――これほどの物とは思いませんでした」


ルウルが、俺達にそっと小声でささやく。


「2人とも惚けてんじゃねーよ。

今…… 天幕の外でこいつを見つけた。

ご丁寧に、招待状のようだぜ」


ルウルは、周りに分からないように俺の懐にそれを押し込む。

そしてよろよろと一歩下がると。


「ディ、ディーン司祭様も、そ、その。

凄い汗です…… どこかでお休みになられた方が」


大声でルウルが叫んだ。

――この切り替えの早さは、もう金が取れるレベルだ。


その声に気付いたように周りの連中も、我にかえって動き出す。

俺はかざした自分の腕とジョージの顔を見て。


「ああくそ、そう言うことか!」

さっきの忠告の意味が理解できてきた。


ひとりめの下僕が残していった、得体のしれない違和感に……

――心の中で、俺は罵声を浴びせた。



++ ++ ++ ++ ++



ライアン達が待機していた天幕で、緊急会議を開く。

メンバーはルウルと俺と、ライアンとその部下の合計8人。


招待状には。

「リリーを返してほしければ。

本物の『箱』を持って建設中の駅まで来い、か……」


時刻の指定は、今夜10の刻。

宛名は俺になっていたから。


「もう一度リリー様を封印し。

ディーン司祭を亡き者にすることが目的でしょうね」


ライアンが駅の設計図をテーブルに広げる。


「わざわざ呼び出さなくても。

教会で闇討ちした方が楽じゃねーのか?」

ルウルが首を捻った。


「他になにか目的があるにしろ、ご招待にお付き合いするしか……

――手はないな」

俺はもう一度、その書面を見る。


最近よく出回っている安物の植物性の紙に、ペンで殴り書きした文字。

相手の計画も切羽詰まっているのが、良く分かった。


念の為、手紙の匂いを嗅ぐ。

「この招待状を持ってきたのは、女だな。

しかも、かなり汗をかいていた」


――俺が、言い知れない思いに浸っていると。


ルウルが嫌な顔をして。

ライアンもなぜか俺から一歩下がった。


「と、とにかく……

敵の人数は把握できていませんが。

建設中の駅でしたら、我々も構造は理解しています。


リリー様を人質に、『箱』を奪い。

ディーン司祭の命を狙うとしたら……」


ライアンは設計図の上に、順番に指を置いた。


「射撃手が狙いやすい、『コンコース奥』

身を隠し易く撤退も容易な、『改札口周辺』


あとは、条件は良くないですが……

広く入り組んた『地下魔力備蓄庫』


――この3つでしょう」


「以前魔力備蓄機から見つかったって言ってた。

魔法陣は、今あるか?」


俺の質問にライアンが頷くと、隊員のひとりが鞄から写しを取り出し。

テーブルに置く。


俺はその横に、伯爵から預かっていた『大災害』の資料から書き起こした。

教会の図面を模した魔法陣を並べる。


「敵の狙いは『大災害』の再現だ……

そう考えれば、わざわざリリーをさらったのも頷ける」


「大災害…… それに、この図面は?」


「120年前、この地で大きな『龍力風』が起きた。

何万人規模の死傷者が出たが……

不思議と教会は無傷だったそうだ。


時の政権が調査に乗り出し。

この教会の謎を解くため、あの塔を破壊した。


その際、教会にあった呪物や設計図も。

当時の政権が持ってちまったらしいが。

それがどこに行ったかは、今は分からないそうだ。


その時の資料の写しがそいつなんだが……

備蓄機にあった、その魔法陣は同系統の術式だ。


そして『竜力風』の正体は……

聖典を信じるなら『龍の嘆き』。


リリーや『箱』を利用して、そいつを起こそうとしてるなら」


俺は、駅の設計図面の一ヵ所に指を立てた。

「連中はここで待ち構えてるはずだ」


「地下魔力備蓄庫ですか……」

ライアンは陣の写しや駅の設計図を睨み、頷くと。

「それでは伯爵に増援を願って、駅を包囲しましょう」

そう呟いた。


「やめておいた方が良い。

領内の兵士のどこまでが味方で、どこに敵がいるのか分からない」


俺はテーブルに置いた資料と、招待状を懐にしまい。


「そろそろ出かけよう」

ライアンをうながした。


「しかし、作戦の立案はまだですし。

駅までなら、馬車で半刻もあれば移動できます。

……そこまで急がなくても」


「だいたいの見当がついた。

今ここで時間をかけるより、現地で準備したい。

それに……」


「それに?」

「デートの待ち合わせは、少し早く行くのが礼儀だろ」



クールにそう呟いてみたが、天幕の中は静まり返ってしまった……

――どうやら、誰の賛同も得られなかったようだ。



++ ++ ++ ++ ++



4人乗りの馬車2台で、駅までの移動となった。

俺の横にルウル、正面にライアンが座っている。


「それで、だいたい分かった事って何だい?」


ルウルは幾つかの応用魔法暗器を整備しながら、そう聞いてきた。

俺は御者台と、後ろの馬車を確認する。


「賢者マーリンの悲劇は知ってるか」

「……ダビスがいるのか?」

「ダビスはいつも、マーリンの背に」


ルウルが頷くと、ライアンが不思議そうに聞いてくる。

「なんでしょうか。それは」


「賢者会で有名な逸話というか…… 史実ですね。

面白い話なんで、後でルウルに聞いて下さい」


整備が終わった暗器を、ルウルが胸元にしまってゆく。

覗き込んだら、下着を引っ張ったり伸ばしたりしてしまい込むせいで。

たわわな胸が全部確認できた。



「よかったらどうぞ」

俺はポケットから乾燥させておいた実をだし、ライアンとルウルに勧めた。


「これは?」

ライアンが、困惑顔で聞いてきた。


「チコラの実です。

栄養価が高いので、旅の必需品ですし。

眠気覚ましや、強壮剤にも使われるんですよ」


ルウルが渋い顔で受け取り、口に放り込む。


俺もそれを口にしながら、ライアンの背を超え。

御者台に向かって声をかけた。


「よかったら、どうぞ!」

俺はポケットから実を取り直して、手渡す。


「ありがとうございます。ディーン様」

俺は食べるのを確認してから、椅子に座り直した。


「不思議な味がしますね」

顔をしかめるライアン。


「なれれば、美味しく感じますよ。

意外だな、ルウルも苦手なのか?」


同じように顔をしかめたルウルが、耳打ちした。


「チコラは嫌いじゃないが、パルの実はダメだ……

これは、匂いが移りすぎてる」


「眠れんときの、パルの実ほど効くものはないだろ」


「……で、どうだったんだ?」

俺がとぼけると。


「お前が覗くから、せっかく見せてやったのに」


確認したかったのが、すり替えた実の件なのか。

おっぱいの件なのか。



――悩んでも、結論が出てこなかった。



++ ++ ++ ++ ++



駅の前の資材置き場に馬車を止める。

ライアンが兵達を率いて装備の確認を始めた。


「ディーン様、準備したいとおっしゃってたことはなんですか?」

「それならもう、終わったから大丈夫だ。

あとはルウルに確認してくれ」


ライアンは不思議そうな顔をしたが。

ルウルはニヤリと微笑んだ。 ――なら、問題ないだろう。


俺も自分の装備を確認する。


「地下魔力備蓄機の倉庫に侵入するなら。

この非常口を利用するか、搬入口の横の空気取り入れ口ですが」


駅の設計図を広げたライアンが聞いてくる。


「空気取り入れ口は、通れてひとりか二人だな……

なら、ライアンとルウルがそこから侵入して。

残りは非常口で待機しててくれないか」


「ディーン様は?」


「せっかくのお誘いなんだ。

――正面からちゃんと入らせてもらうよ」


時計を確認すると、もうすぐ9の刻をまわる頃だ。



俺はもう一度ナイフの数を確認して……

――静まり返った建設中の駅に、足を踏み入れた。

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