ひとりめの下僕
目を覚ますと、狭いテントの中には……
昨日開けた箱から出てきた『宰相暗殺計画』を記した記録魔法石。
伯爵から預かった『大災害』の羊用紙。
ラズロットの聖典や、俺が書きなぐった設計図などが散乱していた。
何か大切な夢を見たような気がしてならないが……
それがどうしても思い出せない。
「ディーン司祭、起きられましたか?
そろそろ朝食の時間だそうです」
「ジョージか…… ありがとう。今行くよ」
昨日、地下室を抜け出した後。
「偶然地下で箱の鍵を見つけて、そこで賊に襲われ、ラララがケガをした」
――そう話したが。
シスターとお嬢様は、なぜか俺を疑っているようだ。
ラララのふりをしたルウルが、ずっとウソ泣きを続けていたのと。
リリーがそれを見て、ニタニタ笑ってたのが原因だと思うが。
「ディーン司祭、結局あの壊れた塔は修復せずに、現状保護。
発見された地下回廊も、立ち入り禁止。それで、良かったんですか?」
ジョージがニコリと笑いかける。
女どもがキャーキャー騒ぐのも納得だ。
俺も、ついつい見惚れてしまった。
「もう少し、様子を見てからにするよ。
資料をいくつか調べてるんだが…… どうも、嫌な予感がするんでね」
食事用に仮設された天幕に足を踏み入れると。
シスターとお嬢様に睨まれた。
「ジョージ様、朝食をご一緒にいかがですか?」
お嬢様が、俺を無視して優雅に挨拶をする。
「ありがとうございます。しかしもう、食べてきましたから」
「それでしたら、お茶でもどうぞ。あたし、お茶を入れるの得意なんです」
シスターも、俺を無視してる。
ジョージを囲んで、3人で談笑している横で……
俺は、冷えた朝食をひとりで食べた。
シスター・ケイトが、食後に無言でお茶を出してくれたが……
――異常に苦く感じるのは、気のせいなのだろうか?
++ ++ ++ ++ ++
「いーじゃねーか、それぐらい」
今日は浴場の修復工事の確認で、ルウルの格好をしたルウルが。
器用にハケを使って、彫刻の破損個所の最終チェックをしている。
「お前が変な演技をするから、つまらん誤解を招いたんだ」
「そんな事より、昨日はありがとな!
あの後『薄ら笑い』のヤローが、ラララの呪いを解いてくれたよ。
2~3日すりゃあ、元気になるって。回復魔法師も言ってたし。
あんたが交渉してくれたおかげで、帝国の連中も……
今回の件で協力するって条件付きで、見逃してくれるって言ってくれたしな。
――けどなんで、あたい達がオルトロスだって黙ってたんだい?」
そして手際よく、修復のための足場と補強を組み始めた。
「――口下手なだけさ。
どうしても自己紹介がしたけりゃ、自分でやってくれ」
俺がそう言ったら、ルウルは怒ったように顔をそらした。
「しかし、盗賊にしとくのはもったいないな。
なかなか慣れた手つきじゃないか」
「あたいらは、本当に設計士と修復士なんだ。
西の賢者会でちゃんと承認も受けてる」
「そんなに若いのに、たいしたもんだな」
それが本当なら、通常10年は修行にかかるはずだ。
「狼族は長命なんだ。見てくれはこんなんだけど。
歳はあんたとそんなに変わんないんじゃねーか」
足場用の木材が壁を押すと、そこが微妙にズレた。
――ルウルの表情が変わる。
ルウルがゆっくりと壁をズラすと……
そこには、昨日地下室で見たものと同じ扉があらわれた。
「消えかかってるけど、血の匂いがするね」
そして2人で耳を澄ますと。
遠くから、女性の悲鳴が聞こえ……
「くそっ! こっちのおとりには引っかからなかったか」
俺は、悲鳴の方向へ走り出した。
昨日の賊が、俺達を再度襲うのを待っていたが。
ルウルも俺の後を追う。
「リリーはまだ寝たままかい?」
「昨日飯をたらふく食って、しばらく寝るとかぬかしながら……
今朝も目を覚まさなかった!」
ライアン達が警護にまわると言っていたし。お嬢様付きの騎士隊もいる。
そう思って、あいつの側から離れてしまった。
こっちの警護を薄くして誘ったが……
――どうやら裏目に出てしまったようだ。
++ ++ ++ ++ ++
リリーが寝ていたお嬢様の天幕は、無残にも崩れ。
負傷者は、既にお嬢様付きの兵士や回復魔術師たちが手当てを始めていた。
「申し訳ありません。
――完全に裏をかかれました」
隣の天幕に潜んでいたライアンが顔を出し、深く頭を下げる。
「おとりにも引っかかりませんでしたし。
この天幕の死角からの襲撃でした。
情報が漏れていた可能性もあります」
「状況は?」
「マークしていた、建築商会の雇われ従業員達の急襲です。
そして…… リリー様がさらわれてしまいました」
そしてライアンは、もう一度深く頭を下げる。
「終わったことはいい。
――それより急いで、次の策だ」
昨夜の話だと。
ハーパードの建築ラッシュと、駅の建築が重なり。
ラドレスタ建築商会では、多くの職人を緊急雇用していた。
そこにライアン達も名前を変えて紛れ、駅や教会の事情を探っていたらしい。
怪しい従業員は既にマークしてあり。
その中にラララとルウルも含まれていたそうだ。
ライアンは、周りの作業員や兵士を気にして小声でささやく。
「ジョージがリリー様のお加減を診るために……
遮断魔法を解いた瞬間でした」
「リリーはまだ寝ていたのか?」
「ディーン様の前では気丈に振舞っていましたが。
まだ毒の影響は完全に抜けきっていません。
神龍様に、滅多なことでは危害を加えることはできませんが……
――さすがに今の状態では」
俺達が天幕に入ると、腹部に傷を負ったジョージが倒れていた。
中では、他に被害が無かったようで。
シスターとお嬢様は、震えて端に座り込んでいるだけだった。
「大丈夫か、回復魔術師はまだ来ていないのか?」
「ディーン司祭…… 申し訳ありませんでした。
――私の不注意で」
「それはいい。今、術師を呼んでくる」
「賊は聖剣を持っていたようで、回復魔術が効かないんですよ」
「聖剣?」
……まさか、教会や勇者につながる者の犯行?
俺が戸惑っていると、ライアンが後ろからそっと俺に語りかけた。
「ディーン様、あなたの力で回復していただけませんか」
「いや、俺は回復魔術を使えないし。聖術の心得も無い」
「形だけでも結構です」
真面目な顔のライアンと、乞うように願うジョージに。
「期待しないでくれ」
司祭らしく……
以前シスターから見せてもらった資料の通り「回復の祭辞」を述べ。
聖人ラズロットの名を呼び。
ジョージの傷口の近くまで手を伸ばすと。
どこかから小さな声が聞こえてきた。
「やあ、初めてちゃんと呼んでくれたね」
優しく包み込むような声は、初めて聴くものだったが。
なぜか懐かしさを感じた。
俺の体が動かなくなり。
周りをうろつく連中も、止まって見える。
――心の中で、そいつに聞く。
「なに者だ!」
「そうケンカ腰にならないでくれ。
キミとは長い付き合いになりそうなんだ。
お互いゆっくりでいいから、友好を深めようよ。
――ああ、僕の名前だね。
なんと名乗ればいいかなあ……
そうだ、あの子の呼び方を借りて『ひとりめの下僕』ってのはどう?」
襲撃者が仕込んだ呪術的な罠なのか。
それともリリーと同じような、この教会に住み着いた妖魔の類か。
俺は精神を乗っ取られないように、気持ちを落ち着かせた。
「まだ話は途中なんだから、追い出さないでくれよ。
それに…… キミのバカ力をいきなりぶつけたら。
その子が大ケガをしちゃうよ。
今ちゃんとサポートしてあげるから待ってて」
「余計なことはするな。
妖魔の精神汚染に対する策ぐらいは、幾つか心得てる」
「なかなか良い師についてたみたいだね。
確かにそこら辺の妖魔じゃ、キミの心に入り込むことすらできないよ。
でもその人は、なぜキミの能力を封印したんだろう?
この術式は、ドーン・ギウスが好んで使ってたやつだけど……
――術者の腕もいい。
ちょっと僕でも時間がかかりそうだ。
まあ、こっちはおいおい考えて行こうか。
とりあえずキミの力を借りて、その子を治すから。
――よく見てて」
やっと体の自由が戻る。
そして、かざした手から淡い光が一瞬あらわれ……
瞬く間にジョージの傷が癒えていった。
俺の姿を見て、シスターが祈りを捧げるように腕を組んで膝を折る。
そして徐々に天幕の中にいた連中が、同じようにひざまずき始めた。
「じゃあ僕はこれで帰るよ。またね、2人めの下僕くん。
ああ、そうだ。その前に少し忠告を」
そして、俺に幾つかの事をささやきかけた。
俺が途方に暮れていると……
天幕をのぞき込んでいたルウルが。たどたどしい足取りで近付いてきて。
「そ、その…… ディーン司祭様、だ、大丈夫ですか?」
モジモジと話し出した。
そんなルウルを見ながら。
本性を知ただけに。
もうそれはキモいだけなんだと……
――心の中で、思い切り突っ込んでおいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます