15,625通り
「リリーしっかりしろ!
毒が…… 毒がまわったのか!!」
悩んだが、暗器を全て返す。
「下僕よ、そう騒ぐでない。
意識がもうろうとしておるのじゃ。
毒の影響じゃろうな…… 以前もこうであった」
ルウルはそれを受け取ると、手際よく組み立てを始めた。
独特の小さな魔法陣が幾つか輝く。
――やはり応用魔法兵器のようだ。
「くそっ! 間に合うのか」
解毒剤が手に入っても、この箱を開錠してリリーを具現化させ。
それから投与しなくてはダメだ。
「そんなに時間はないじゃろう。
このままでは……
――もってあと10年じゃなあ」
俺とルウルの目が合う。
そして、暗器を組み立てるルウルの手が……
――少しだけゆっくりになった。
++ ++ ++ ++ ++
「取引だ!
これを渡したら、あたいとラララの命を保証してくれ。
依頼主の情報は……
知っている限り話すから」
「約束は守る」
リリーはああ言ったが、急がなくてはいけないだろう。
「それから、開錠を手伝ってほしい」
「多少の腕はあるけど…… あんたほどじゃない。
むしろ邪魔になるんじゃないか?」
「貸して惜しいのは腕じゃない。 ――耳だ」
なぜかルウルは、耳を隠すようにして一歩下がった。
今は時間がないから、あえてスルーしておいたが。
「この地下回廊を見て確信した。
ラズロットの魔法陣は多重構造なんだ。
ひとつひとつは意味をなさないが、重なり合う事で威力を増幅する」
俺は伯爵から受け取った羊用紙を広げ。
開錠用の金具で、古い製図の上に線を引く。
「俺達が落ちた場所がここで。
今が中央の中庭だ。
回廊は、緩やかなカーブを描いていたから…… 多分こうだ。
この部屋の扉は全部で5枚。
それぞれに同じ通路が存在すれば……」
出来上がった図面を見ても、ルウルは今ひとつのようだった。
「複雑になっただけで、ただの
「そうか、そっちから見ると、そうなるな」
俺はぐるりと用紙を半回転させる。
「
「な、なんで教会を悪魔召喚の場所に?」
「まだ仮説だし、今は時間が惜しい。
この箱の開錠を先にしていいか」
教会の神殿が星の中心で、入り口や祭壇の場所から考えると。
正しい
しかし、この地下室は捻じれ現象を起こしていて。
神殿の横にある中庭に、角度も微妙にずらして設置されている。
2つの起点のズレを見直すと、
その意図が、まだ上手くつかめない……
ルウルが少し悩んでから、答えた。
「分かったよ。それで…… 耳とどんな関係が」
「この箱の中に15個の魔法石がでたらめに配置されている。
たぶん鍵は1つじゃなくて3つだ。
しかも鍵をまわす順番も決まっていて。
それを間違えると壊れる仕組みになっているだろう」
この教会と箱がつながっているなら、陣の基本形態は
そう考えると、箱の中の配置と石の数の謎が解ける。
「15個の石は、それぞれ独立した
3つのグループに分かれているはずだ。
――お前は神の声が聞こえると言ったな。
魔法石の反響音は聞こえるか?」
ルウルが頷く。
「なら、俺がこれから叩く音を聞き分けて。
低い音から順番に3種類に分けてほしい」
遠い場所ほど音は低く聞こえる。
遠い場所、低い場所からの解体が、解呪の基本だ。
「分かった。 ……やってみるよ。
でもその話だと、普通の5角開錠の3倍は手間なんだろ。
できるのか? 5角開錠が出来ればAクラスのシーフになれるって。
昔、聞いたことがあるけど」
「通常の5角解錠は25通りの組み合わせだ。
3重構造にしたら…… 15,625通り。
――3倍じゃない」
「そんな…… 不可能だよ」
「道は見えたんだから、後は歩くだけさ。
大丈夫。10年もかかりはしない」
そして俺は、開錠作業に取り掛かった。
ルウルの耳によってグループ分けした石を。
逆五芒星デビルスターだと考え、脳内で順番に並べる。
しかし、これを設計したラズロットは本物の天才だ。
こんな複雑な図案を立体的に振り分けるなんて。
普通なら、思いつく事すらできない。
呑まれそうになる心を、深呼吸で落ち着けると。
賢者会の老師の言葉が、脳裏を過った。
「発想は、一点に集中しても訪れん。
心を穏やかにして、全体を観ろ」
全体像をひとつの絵として、もう一度頭の中に思い描く。
そこにはなぜか、美しい『龍』が存在していた。
――ああ、これだ。
俺はその龍に向かって、無心に開錠棒を動かす。
最後のターンポイントに金具を差し込み、魔力を送ると。
蓋がパカリと安っぽい音を立てて開く。
「ホントに開けちまった…… まだ半刻と経ってないのに。
……あんた、バケモノだよ」
おどろくルウルに、なにか言おうとしたら。
「呼ばれて飛び出て、我じゃじゃーん!」
魔法光と共に、アホの子が飛び出してきた。
「なあリリー、お前瀕死じゃないのか?」
「せっかく下僕が額に汗して開錠してくれたのじゃ!
無い元気を振り絞っての一発芸。楽しんでもらえたか?」
もう一度閉じ込めたくなる騒動を堪える。
「なぜ服を着ていない?」
「閉じ込められるとこうなるのじゃ、仕方ないじゃろう!
しかもほれほれ、嬉しかろう! 昔の女に操を立てて、我慢することはないぞ。
たまにはハメを外すのも、男の甲斐性じゃ」
妙な踊りをするアホの子を……
ルウルがポカーンと口を開けて観ていた。
「バケモンってのは、こう言う奴を言うんだよ。
そのアホに…… 頭の薬をぶち込んでくれないか」
「あ、あの。――解毒剤しかないんだけど」
俺は、ため息をつきながら……
「仕方ない。そいつで我慢するよ」
――そう、クールに答えておいた。
++ ++ ++ ++ ++
上着はルウルに貸したままだったから、リリーを俺のシャツでくるむ。
苦い不味いと文句を言っていたが。
「おお、なんだか元気が出てきたぞ!」
薬は効果があったようだ。
ルウルの話では、依頼主は『黒』と名乗り。素性は分からないと言う。
まあこの手の依頼じゃ、本名を明かすのはよっぽどのバカか。
――自殺思考のイカレた奴ぐらいだ。
「ただ、紹介先はレコンキャスタの奴等だから。
なんらかのカラミがあるのは間違いないよ」
以前の仕事でレコンキャスタの依頼を受け。
あまりに報酬が良かったので、同じ経由でこの仕事を受けたそうだ。
「あいつらは好きじゃないけどね。
反帝国ってとこは、いっしょだから」
敵の敵は、味方。 ……ふと、シスターとお嬢様の顔が浮かんだが。
今は考えないでおいた。
そして依頼内容は。
「お菓子の差し入れと、あんたの行動調査。
――まさかこんなに危険なヤマだとは思わなかったから。
初めは、あまりの報酬の高さにびっくりしたんだ」
もう少し話を聞きたかったが……
俺とルウルは、1枚の扉を同時に見つめた。
足音も気配も消えてるが、誰かが通路を歩いているのは間違いないだろう。
ルウルに預けていた上着を受け取り、リリーを壊れた水道に詰め込む。
ナイフの数を確認しながら、ルウルに目線で合図すると。
音も無く跳躍して、壁と屋根の間に身を隠した。
これが狼族の能力なら……
神殿の血の形跡が消えた謎も解ける。
――どうやら屋根裏の掃除が必要になりそうだ。
問題の扉の横に張り付いて、気配を読み取る。
人数は1。
方角からして、大浴場からの移動だろう。
向こうも、こちらの気配が消えたことに気付いたようで。
……動きが止まった。
気配を殺すのが上手くて、距離が読み切れない。
相手が応用魔法銃器を手にしていたら。
距離がありすぎると、ナイフじゃ不利だ。
確認が必要だろう。
「照れてないで入って来いよ。
あいにくお茶の用意もできてないが……」
俺の声に、走り出す音が響く。
3メイル。 ――なら、ナイフが有利な位置だ。
扉を蹴って、ナイフを投擲する。
そして反対の壁まで身を寄せると……
数発の銃弾が部屋に飛び込んできた。
「追うかい?」
ルウルが屋根から飛び降りて、俺の近くまで来る。
「いや……
この狭い通路じゃ、魔法銃器が有利だ。
待ち伏せされたら、対応できない」
壁に耳を当てて確認する。
「逃げてくれて、むしろ助かった」
そして、あらためて部屋の中を見回す。
「問題は……」
まだこの状態を公言するのは危険だから。
「良い言い訳が見付からない事だな」
胸元をナイフで切り裂かれた格好のルウルと。
シャツ1枚のリリーを見て。
俺は……
――もう一度深くため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます