シェフを呼べ!

ライアンの話によれば。


「我々は、ある応用化学者を追っています。

そいつがこの領で目撃されたのですが……

どうやら『駅』の魔力備蓄機に関わっていたようで」


地球と呼ばれる異世界では『セキユ』や『セキタン』等……

魔力を利用しない燃料が多く存在するらしい。


しかしこの世界には、その『セキユ』や『セキタン』が存在しない。

『応用魔法』が使われるのだが。


「列車のような大型応用技術は、燃料に問題があって発展が遅れたのですが。

近年の魔力備蓄技術の発展で、問題が解消しつつあります」


その『駅』の魔力備蓄機に、過去この教会から流失したと思われる魔法陣が見付かり。

「何に利用するつもりなのか、その調査も始めました」


そして伯爵家の事件が起こり、教会の改修工事も決まり。

――あの箱が発見される。


「開通式に合わせた宰相暗殺と、主席者の殺害が目的ではないかと」

考えているそうだ。


「リリーが狙われる理由が分からない」

俺の質問に。


「この教会の術式は、全て龍姫様を縛るための物です。

その龍姫様が束縛を逃れ、表を堂々と歩かれていたら……

術式すべてが意味を持たなくなります」

ライアンが、そう答えた。


「おい、リリー! お前が変なことばかり言うから。

とんでもない事になっちまったぞ」


伝説の古龍を名乗るのも、身内だけなら可愛げもあるが。


「なんじゃ、下僕よ? 我は変なことなぞ言っておらんが」

箱の戒めを解除する前に、アホの子に対する教育的指導が必要そうだ。


俺がリリーと怒鳴りあってたら。


「龍姫様の波動があの男から……」

「副隊長が言われたのは本当だったのか」


兵士たちのささやきが聞こえ始め。

俺が振り向いたら、全員が膝をついて深く礼をした。


同じように頭を下げているライアンに聞いてみる。


「何してんだ?」

「龍姫様、我ら竜人はこの日が来るのを心待ちにしておりました」


俺の心の中で、リリーの大きなため息が聞こえる。



そうか……

――俺のことは、皆さん眼中にないんですね。



++ ++ ++ ++ ++



リリーの話だと、今この状態で『箱』を教会から遠ざけるのは不安だとか。

通信魔法板で、お嬢様に事情を話すと。


「そう…… じゃあ、しばらくはこっちに来れないのね。で、あんたはどこで寝泊まりするの?」


「放浪時代に使ってたテントがある。 ――そいつを中庭にでも張るよ。

リリーをほっとくわけにはいかないからな」


「んー、分かったわ! じゃあちょっと待ってて」

そう言って通信が途絶えた。


なにが分かったのか不安が残ったが。

司祭室に戻って、事情をシスター・ケイトに告げると。


「ディーン様! あたしもリリー様が心配です。

教会に残りますので、その…… い、いっしょにテントで!」


シスターも、この状況を心配してくれているようだ。


「気持ちはありがたいが、なにがあるか分からない。

シスターは、宿で待機しててくれないか?」


「そんなあ」


シスターとの会話に、脳内でリリーがため息をついていたが……

やはり、いつもより元気がない。


司祭室にしまい込んでいたテントを取り出していると……

軍勢が押し寄せるような、複数のひづめの音が近付いて来た。


シスターを司祭室にかくまい、正面口から音の正体を探ると。


「お待たせ!

あんたが来れないんなら、あたしがこっちに来れば良いのよ。名案でしょ!

これでリリーもあたしも、安心できるわ」


馬車から、お嬢様が飛び降りる。

その後ろには、数十人の騎士隊がいた。


「……これは?」


俺があきれ返っていたら。馬車の奥から、もう一人の人物が。


「ディーン司祭、夜分に失礼するよ。

少々娘のわがままに付き合ってもらえんかね」


にこやかに笑いながら降りてきた。


「マーベリック伯爵……」


「はっはっは!

そんなにかしこまらなくても良い、私とキミの仲じゃないか!

――妻も誘ったんだが。

ちゃんとキミを晩餐会に誘いなさいと、叱られたよ」


なんだがフレンドリーすぎる伯爵の態度に威圧されてたら……

後ろの兵士たちが、教会の前の草原に豪華な天幕を張りだした。


「いったい?」

謎が謎をよんでる……


「夕飯はまだか」


しかも、人の話を聞かないタイプのようだ。

――俺が頷くと。


「それは良かった!

食材も持ってきたし、料理人も連れてきたから安心してくれ」



そして、謎の屋外パーティーが始まってしまった……



++ ++ ++ ++ ++



「戦中は良く、こうやって野営したものだ」


懐かしむような言葉で、伯爵は空を見上げた。

片手には高級葡萄酒。テーブルには豪華料理がズラリと並んでいる。


「お父様も大変だったのね」


その料理を、優雅な手つきでお嬢様が食べている。

これのどこが大変なのか、今ひとつ理解できないが。


隣でシスター・ケイトが縮こまりながらも……

料理を楽しんでいたから良しとするか。


「ディーン司祭、その皿の食べ物はなんだね?」


「食材が無駄になっちゃ可哀想なんで。

ついでに焼いておいた、ファスト・ラビットの肉です」


伯爵とお嬢様が不思議そうに見るから、2人にそれを取り分ける。


「モンスターの肉ですから、お口に合うかどうか」


おっかなびっくり口に運ぶお嬢様と、豪快に食べた伯爵が見詰め合った。


貴族は、汚れているからと魔物の肉を食べないらしいが……

味は別として…… 話題作りぐらいにはなるだろう。


「これは美味い!」

「不思議な感じだけど…… 確かに美味しいわ!」


そして伯爵が振り返り、控えていた兵に言った。

「シェフを呼べ!」


「あの…… 俺が適当に料理しただけなんですが」

「うーむ、キミは料理の才能まであるのかね」


感心するお嬢様と伯爵を……

どう突っ込んで良いか、サッパリ分からなかったので。



――とりあえず俺は、サクッと無視しておいた。



++ ++ ++ ++ ++



食後伯爵が2人で話したいと言うので、天幕に残った。

外には数人の兵士が警備に立ち、幾重にも遮断魔法が張られる。


「随分と厄介なことに巻き込まれているようだな。

娘とうちの情報部の話から、大枠は理解しているつもりだ」


伯爵は、懐から数枚の羊用紙を取り出した。


「120年前に起きた『大災害』の資料だ。

教会の件も記載してある。 ……領に伝わる極秘資料のひとつでね。

物が物だけに、どうやってキミに渡そうか悩んでいたが。

娘が急にそちらにうかがうと言いだしたから……

――この機を逃す手はないだろうと」


手渡された羊用紙には、破壊された教会の図面と、その内容。

その際持ち出された、呪術物の詳細が書かれていた。


「これは……」


「帝国の犬が嗅ぎまわっているのは、応用魔法兵器だけじゃない。

――もうひとつの狙いは『扉』だ。

120年前の『大災害』は、その扉がらみの事件だからな。

今回の件と無関係とは思えん」


「なら、帝国の情報部にこれを渡した方が」


「前にも言ったが、帝国も1枚岩ではなくてな。

下手に情報がまわると、傷口を広げる結果になる」


伯爵は葡萄酒を口にして。


「それと…… 娘のことを頼むよ。

親バカと笑われても構わんが、あれは良い子だ」


「ご冗談を、年も身分も離れすぎています」


「私の妹は旅商人と結婚したよ。

歳も、キミと娘と、同じぐらい離れていたんじゃないかな?

今ではその腕を認められて、男爵の位で、帝都の商人どもをまとめておる。

帝国も昔と違って、実力主義だ。

下手な貴族の嫡男に嫁ぐより、市井の実力者と結婚した方が安心できる」


伯爵の笑顔に背筋が冷えたが。


「ディーン司祭。キミの実力は高く評価しているし。

先回の件は心から感謝している。

だが、あせりはせんよ。娘もまだ若いし……

キミはまだ、前の妻に操を立てているようだしね」


苦笑いがこぼれた。

「よくそんなところまで調べれましたね」


「キミとアイリーンが挙式して、その3日後にカルー城戦が起きた。

――当時は、吟遊詩人の歌にもなっていたそうじゃないか」


そう言えばそうだった。

古い事は、どうも忘れがちになっている。


「ファスト・ラビットの肉は美味かったよ。

今日はこれで失礼する」


伯爵が天幕を出ると同時に、甲高い音が響き。

遮断魔法が解除された。


俺が羊用紙を懐にしまうと。


「下僕よ…… お主が心を読むなと言ったのは……

――そう言うことじゃったのか。

あの娘達への態度も、これで少し腑に落ちた」


リリーの声が聞こえてきた。

すっかり忘れていたが、箱も懐に入れたままだった。


俺がリリーにどう説明しようか悩んでいると。


「バツイチでも前向きに生きるんじゃ!

通信魔法板の情報で知ったが……

今はそんなダメおっさんでも、頑張れば再婚のチャンスはあると書いてあったぞ!

だから落ち込むでない。自分に自信を持つのじゃ!

そ、そうじゃ『恋愛相談掲示板』と言うのもあったぞ……

下僕よ、早速登録してみるか?」


リリーの微妙な励ましに。



この箱を永遠に封印するアイディアが……

――どんどんと頭の中に浮かんできて、止まらなくなった。

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