そんなに強く吸ってはダメじゃ
「夜分遅く、申し訳ないですが……
お時間いただけないですか?」
ライアンの声で、俺は伯爵から預かった羊用紙を懐にしまう。
テントから顔を出すと。
「襲撃された隊員の意識が戻りました。
ここではなんですから、場所を変えて」
俺はその言葉に、辺りを見回す。
お嬢様が連れてきた騎士隊がうろつき。
天幕が複数個立ち並ぶそこは……
お嬢様の立案で、軍事演習の一環として行われているらしいが。
ちょっとした前線基地のようになっている。
「どこで話を?」
「足場や機材がありますが、教会の中で」
足音も気配も消したライアンの後を、同じようにしてついて行く。
たどり着いたのは、神殿の中だ。
「ここが一番説明に適してますから」
確かに、状況説明をするならこれ以上の場所はないだろう。
ライアンがパチンの指を鳴らすと、光魔法で部屋全体が明るくなる。
俺の顔を確認した3人の兵士と、測量士の服を着た人物が同時に礼をした。
「報告は直接彼女がします」
ライアンの言葉に、その人物が再度礼をする。
『ツナギ』と呼ばれる作業着の下は、女性的な骨格に見えなくもない。
ライトブルーのサラサラとした前髪に、短く刈り上げた後ろ髪。
キリリとした大きな目も、通った鼻すじも、美しいが中性的だ。
よく見ればツナギにも汚れや破れは無く。
そんな格好でも、気品すら感じられた。
……もう、いろいろと謎でしかたがない。
「我々竜人は、生後30年ほどで成人します。
彼女はまだ性別が分かれたばかりでして……
こんな外見ですが、腕の良い剣士です。
人族に紛れて捜査するには、この容姿は有利に働きますし」
ひとことで魔族と呼んでも、いろいろな種族が存在する。
彼ら竜人は、幼獣期と呼ばれる間性別が存在しないと聞いていたが……
――どうやら本当のようだ。
竜人は長命で知られているし、身体能力も高い。
「ルイーズと言います。以後宜しくお願いします」
俺のおどろく顔に、そいつは苦笑いをしながら……
――事の詳細を語りだした。
++ ++ ++ ++ ++
「問題の毒はこちらから検出されました」
ルイーズが包みを開けると、そこには昼間よく見かけた菓子があった。
「人族や亜人、通常の魔族にはなんの反応もしない薬品ですが……
ある特定の魔族と魔獣は、摂取すれば死に至ります。
――そのため古来から『神殺しの毒』と呼ばれているものです」
「伝承にある『神殺しの毒』のことか?」
俺の言葉に、ルイーズが頷く。
ラズロット聖典にも記されているその毒は、唯一『龍』を殺す事が出来るとされている。
しかし製法は極秘で、材料に『龍の血』が必要なはずだ。
聖典ではリリーの妹テルマ・スカイが、ラズロットを裏切った弟子にダマされ血を分ける。
「しかし…… 龍なんて、この数百年どこにも見つかってないと聞いてるが」
「はい。神龍様は現在すべて、お顔を隠されています。
しかしグリフォン等の亜竜や我ら竜人は……
多少ですが『龍』の血をひいているのです。
今回のこの薬品からは『応用化学』特有の反応も出ていますし」
「じゃあ、リリーがまた封印された原因は……」
「この菓子によって力を弱め、なんらかの呪いをかけたのではないかと。
我らでは、一口でも食べれば致死量ですが……
完全ではない『神殺しの毒』。
龍姫様は、相当量をお食べになったと考えておりますが」
あの食いしん坊のアホの子は、なんでもバクバク食べるからな……
しかし、ルイーズの推測が当たっているのなら。
本物のリリー・グランドかどうかは分からないが。
なんらかの形で、リリーにも『龍』の血が存在する事になる。
「龍姫様は、我らの気配を感じてか。
警護につこうとしても、逃げておりましたし……
この菓子の分析が終わってすぐに、私はここで襲撃されてしまって」
そこから、ライアンが補足する。
「ルイーズの襲撃に気付いた私がこの部屋に入って、賊を討ちました。
手応えはあったんですが…… 逃げられたようで。
出血を追いましたが、不思議なことにこの部屋より外に痕跡がありません」
神殿にはまだ血の跡が残っているが……
不自然に扉の前で消えている。
「回復魔法を使える賊だったのか?」
「それなら私が気付きますし。これは魔剣です。
傷口に呪いが付与されるので、相当な術者じゃない限り数日間は身動きがとれないでしょう」
ライアンが剣を抜いて見せる。
そこには、複雑な龍の絵が魔法陣のように描かれていた。
「おいリリー、お前の食いしん坊が全ての元凶だ!
少しは反省しろ」
「ムム…… 下僕の分際で!
なんか、舌がピリッとする菓子じゃとは思っておったが。
うーん、偽『神殺しの毒』じゃったか……」
脳内で悩むアホの子に……
分かってたんなら食うな! と、突っ込もうとして。
「龍姫様の波動が」
「なんと神々しい……」
などとほざきながら。
また俺を拝みだした竜人たちに気付き……
――俺はただ、ニヒルに笑い返す事しかできなかった。
++ ++ ++ ++ ++
それから一晩かけて……
伯爵から預かった羊用紙の確認や、箱の解呪の挑戦、ラズロット聖典の読み込みをしてみたが。
大した成果が出る前に、空が明るみ始めた。
時折聞こえるリリーの寝息や。
「下僕よ、そんなに強く吸ってはダメじゃ! もっと優しくしろ」
……とか。
「うい奴め…… そう、慌てるでない」
……とか言う謎の寝言も、邪魔でしかたがなかった。
竜人たちは、どうしてこんなもんを本物だと勘違いしてるんだろう。
それともこれが神々しいのだろうか?
――俺は民族の壁に頭を悩ませた。
「おはようございます、ディーン司祭。
今日から改修工事の交渉担当をします。
ラドレスタ建築商会のジョージ・エンドと言います。宜しくお願いします」
テントから出て、俺も挨拶する。
「ずいぶん早いですね。
工事は9の刻を過ぎたあたりからだと聞いてましたが」
「この季節の朝は好きなんですよ。
冬の風に春の気配が混じるでしょう。なんだかワクワクしませんか?
もう、お目覚めのようでしたし。
先ほどお茶を入れました。よろしければ」
商人が好む正装をそつなく着こなし、スマートで品のあるしぐさは、アキハバーラで人気の『あいどる』のようだ。
しかも歩く姿にスキがない。
まったく、ラドレスタ建築商会は魔窟だな……
天幕の横に設置されたテーブルに、お茶セットが並んでいた。
ジョージが椅子を引いてくれたので、そこに座る。
「ガーディアさんは、どうされるんですか」
ジョージが担当になるという事は、ライアンは別件で動くのだろう。
「駅の工事が大変のようで。
数人の技術者と共に、そちらに向かいました」
そして、ニコリと笑う。
確かに爽やかな朝の風は、俺の心を少しだけ楽にさせてくれた。
ジョージに工事の説明を聞きながら、雑談をしていると。
「なによ、朝っぱらから声がすると思ったら!
朝食は用意させるから、そんな所でお茶なんか飲んで……」
天幕から寝ぼけ顔のお嬢様が覗いてきた。
そしてジョージの顔を見て天幕に引っ込み、バタバタと壮絶な音がした後。
「おはようございます、ディーン司祭。
そちらの方は?
わたくし、イザベラ・プレセディアと申します。
――以降、お見知りおきを」
縦ロールが見事なお嬢様が、再登場した。
……あの髪は、なにかで殴ると復活するんだろうか。
++ ++ ++ ++ ++
シスターは、昨晩お嬢様の天幕で過ごしたらしく。
2人は急に仲良くなっていた。
政略でも民意でも。
対立する思想を和解させるのは、共通の敵をつくる事だと言うが……
「ねえ、ケイト……
ディーンに比べたら、ジョージの方がやっぱりカッコいいわね」
「イザベラ様、あたしはもう少し筋肉があるのが好みですが。
でも、観賞用としては最高ですね」
さっきから、なにやらこそこそと2人で話している。
そして、俺に対する視線が冷たい。
「司祭様、今日は破壊された部分の修復現場に付き合ってねっ!
製図の了解は得てるけどっ、現地で一度確認してほしいんだ」
ラララが元気よく、俺に話しかける。
子犬みたいに揺れる尻尾がキュートだ。
「ほらほら急いでっ、司祭様!」
駆け出すラララの後ろ姿を眺める。
今日もショートパンツを押し上げる、形の良いヒップは健在だ。
――おっぱいも素晴らしいが、そこばかりに捕らわれてはダメだな。
俺は考察学的に、そのお尻の形状を確認した。
「イザベラ様、見ました? あの顔」
「もう、最低だよね」
どこかで俺を非難する声が聞こえたような気がしたが。
俺は、伯爵から預かった羊用紙をもって……
――逃げるように、その可愛らしい尻尾を追いかけた。
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