膨らみの先端

俺は紋章を見詰めた。

「帝国の騎士隊が魔族軍とつながっている?

この紋章が確かなら、そう言う事なのか……」


――あの戦いの裏切りと惨状が、また脳裏を駆ける。

騒ぐ気持ちを落ちつけるために、ひとつ深呼吸をすると。


「詳細は、私が話した方が良いだろうと言われたのですが。

ひょっとして、なにも聞いてないのですか」


俺が頷くと、ライアンはゆっくりと首を振った。


「隊長も人が悪い。それを見せたら驚くだろうとは言われてましたが……」

ライアンと名乗った男は、困ったように笑う。


「そもそも先の大戦の原因は、魔王国の革命から始まってます。

人族との和平を模索した旧魔王が、新勢力の『レコンキャスタ』に討たれ。

新しく王位についた魔王が、とある転生者と組んで『応用魔法兵器』を開発し。

人族領を攻め始めた。

――ここまでは、ご存じですよね」


それは当時から有名な話だ。

俺が頷くと、ライアンはさらに話を進めた。


「その後、帝国軍にも数多くの移転者・転生者が援護にまわり。

兵器開発が進み、一進一退の攻防が繰り返されましたが……

人族領に『勇者』が現れ、戦争は終結しました」


「そこまでは誰でも知ってる話だが。 ……続きがあるのか?」


「世間では勇者が魔王を討伐して、戦争が終結したと言われてますが。

――人族を攻めた元魔王は、生きています。

全盛期の力は有していませんが、どこかで復活を果たしたようで。

当時の魔王勢力である『レコンキャスタ』も、まだ完全に解体していませんし」


「王都でも何度かそんな噂は耳にしたが、どこにも確証が無い。

それに、今の魔族は、新政権が発足して……

そこが国を統治し始めたんだろう?

――大統領制とかなんとか。

最近では、また人族との和平を模索し始めたとも聞く。

過去の魔王が生きていたとしても、さして影響力はないだろう」


「それが、なかなか上手く行きません。

まだ我々の政権は若すぎますし。反対勢力も多い。

異世界では『テロリスト』と呼ぶそうですが、過激な行為に出る者もいる。

そこで帝国と協力して、情報共有と未然の防止策を講じています」


「我々?」

「ええ、私は魔族から帝国に派遣された者です」


ライアンはそう言って、パチンと指を鳴らした。

魔族特有の魔法陣が輝き、部屋全体を覆う。


俺が懐のナイフに手をかけようとしたら。


「ただの遮断魔法です、ご安心ください。

この辺りに誰もいないことを確認してからお話したんですが……

どうやら少々大きなネズミに立ち聞きされたようですね。

ここまでは聞かれても問題ない話ですから、大丈夫ですが」

また表面だけの笑顔で、そう呟いた。


そして紋章を懐にしまい。箱を俺に手渡す。


「我々ではその箱を開けて、中の情報を完全に取り出すことはできませんでした。

それをどう扱うかは、お任せします。

教会の改修工事が終了するまでは、私もお付き合いしますので。

何かあったらお声掛けください」


そしてもう一度指を鳴らすと、魔法陣が消えた。


「ご相談の件は、もう少し落ち着かれてから。

あらためてお話ししましょう」



そう言って、またニヤリと笑って……

――奴は部屋を出て行った。



++ ++ ++ ++ ++



それから数日間、奴から話しかけてくることはなかった。


問題の箱の開錠も試してみたが……

奴が開けれなかったと言うだけのことはある。


強固な魔法陣が複雑に重なり、それぞれがバラバラで、意味を持たない。

まるで高額な宝石を子供が勝手に並べたような、意味不明なものだった。



測量は進み、教会の修復計画案が徐々にできつつある。

今日は、ラララとルウルがそれぞれの改装案を提出してきた。


最初のルウルの説明では、やはり浴場の修復を中心に作業を進めるそうだ。

手書きの修復案を何枚も見せながら、ポツリポツリと説明する。


――たまにピクリと耳が揺れるのが、とってもキュートだ。



続いてラララが、教会の建築図面を大型魔法板に映し出した。


「司祭様! これだけどっ。

この教会って、上から見ると五芒星ペンタグラムになるんだね。

で、左上のここが完全に破壊されてて。

変な形になっちゃってるんだ。

今回の修復案では2通り考えてて、ここを完全に直して五芒星の形をとるか。

破損個所を保護するかたちで、今の状態を残すかなんだ!」


ブンブン腕を振り回しながら、元気いっぱいに説明するせいで。

ジャケットからはみ出している胸の膨らみも一緒に揺れる。


「予算なら問題ないから、元に戻しちゃえばいいわよ」

ソファーの右隣に座ったお嬢様が、不思議そうに尋ねた。


「前の大戦で破壊された場所は、全部修復するつもりなんだけどっ!

ここはそれよりもっ、少なくとも100年以上前に意図的に壊した感じなんだっ」


ラララの説明に、俺の左隣に座るシスターが。


「教会の記録をさかのぼれれば分かるかもしれませんが……

――古い資料は、戦後の混乱期にほとんど紛失してて。

でも、意図的に壊す事なんてあるんでしょうか。

ディーン様、どう思われます?」


不思議そうに首を傾げた。

――そうだな、しかしその前に重大な謎が。


なぜ2人掛けのソファーに3人で座っているのか。

窮屈でしかたがないんだが。


しかもさっきから、2人のあれやらこれが……

身体に当たるんだけど。


俺は気持ちを切り替えて、質問に答える。


「その形は、封印魔術を模したように見えなくもないな。

ラズロットゆかりの教会だから、そうなってるんだろうが。


しかし…… 五芒星ペンタグラムの解呪ならそこは関係ない」


封印魔術を解くなら、必ず下からだ。この基本は決して覆らない。


念の為……

違うソファーに腰かけ、菓子を食い漁るアホの子に確認してみる。


五芒星ペンタグラムじゃと? んー、そう見えんこともないな!

まあ形など、この際どうでもいいじゃろう。

5つの起点が仕事をせねば、その陣は完成せんのじゃから」


「――まあ、それもそうだな。

シスター、念の為に本部に資料が残っていないか聞いてくれないか?

それで特に問題が無ければ、元通りに直す案で行こう」


そして、もう一度リリーを見た。

食欲はあるようで、飯も菓子も山ほど食べる。

しかし、心なしか元気がないような……


まあ、アホの子のことは、考えるだけ時間の無駄か。

俺はクールに心の中で呟いて、もう一度設計図を見た。


もしこの教会が大型魔法陣だとすれば。

五芒星ペンタグラムのそれぞれの膨らみの先端に。

魔力がこもる呪術物が存在するはずだ。


5つの膨らみ……


シスター・ケイト、巨大。

ラララとルウル、大と大。

お嬢様、中。

アホの子…… 極小? いや、あれはまだ膨らんでないか。

俺は5カ所の呪術物を順番に見比べてみたが……


――俺を起点にしたこの位置取りじゃ、逆向五芒星デビルスターだ。


教会で悪魔を召喚しちゃまずいと、ニヒルにため息をついたら。

「あんたどこ見てんの?」



――お嬢様に睨まれた。

こいつ、やたら勘は良いんだよな……



++ ++ ++ ++ ++



測量も設計も終わり、明日からいよいよ着工となった。

俺はお嬢様の屋敷に1室借りて、そこで警護の任につく。


シスターとリリーは、 ……いろいろもめたが。

結局教会の近くの宿をとる事になった。


「ディーン様! しばしのお別れ寂しいです。

昼間はお会いできても、アレが側に毎晩いると思うと……」


俺の荷物をまとめながら、シスター・ケイトが叫んでいる。

――とうとうアレ呼ばわりですか。


「こっちの準備はもう大丈夫だ。

シスター、リリーを見てやってくれないか?」


リリーは神殿で寝泊まりしてるらしいが……

そう言えば、あいつに荷物なんてあるんだろうか?


「リリー様ですか?

そう言えば、今日はお見かけしませんね」

シスターが、首を捻る。


いやな予感がして。 ――俺は神殿に向かった。




神殿の手前で、嗅ぎ慣れた匂いを感じる。

胸元のナイフの数を確認しながら、足音を消した。


扉下の隙間から覗き込むと……

神殿の魔法ランプの光に揺れる、数人分の靴が見える。


ひと組は、ライアンの靴で間違いないだろう。

その向こうで、ハッキリと確認できないが。 ――ひとり倒れている。


肩が緩やかに上下しているから、まだ息はあるだろう。

床に耳を付けて、足音を確認する。


3人、 ……いや4人いる。


ランプは祭壇にかかげてある1セットしか生きていない。

この距離なら、ナイフが届く。


俺がそっと扉を開け、ナイフでランプを割ると。


「まて! 動くな。

お前たちの腕では、やられるだけだ!」


その声と同時にパチンと指を鳴らす音がして、光魔法が発動した。

応用魔法銃器を、開いた扉に向かって構える3人の男と。

滑り込んだ俺に剣を向けているライアン。


「ナイフを収めて下さい、ディーン司祭。

隊長からお預かりした兵を、誤解で全滅させたくはない。

倒れているのも、我々の兵ですから」


確認すると、測量士の服を着た男が倒れている。


「何があった?」

「リリー様の警護中に、賊に襲撃されました」


ライアンは剣に付いた血を払い、鞘に納める。

「手ごたえはあったんですが、逃げられたようです」


「よく俺の動きが読めたな」

他の3人が引っかかってくれただけに……

――微妙に悔しい。


「隊長から話を聞いて無ければ、無理でしたよ」

その上っ面の笑みは、相変わらずどこまで本当か分からない。


倒れている男からは、血の匂いがしないし。

意識も有るようだから、たいしたケガではないだろう。


「それで、リリーは?」


「下僕よ…… 我としたことが、なんと言って良いか。

どうやらまた、戒めに捕らわれてしまったようじゃ」

脳内から、アホの子の声が聞こえてきた。


「戒めって、ラズロットのか?」

「いや…… 最近下僕がこっそり遊んでおる、偽物の方じゃ」


ひとり言をしゃべる俺を、3人の兵士が不審そうに見たが。


「本当に、龍姫様とつながっているんですね」

ライアンはそう言って、驚きの表情を見せた。

兵達も、それに同調するように頷く。


おかげで。



頭がいっちゃった可哀想な人には……

――見えないですんだようだが。

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