お風呂からですか?

打ち合わせが終わり、2人が商会の馬車で帰ると。


「じゃあ、次は警護の打ち合わせよ!」

お嬢様はシスターとリリーを呼んで、再度来客室に立て込んだ。


「いくら改築中でも、昼間に長時間教会を空けるのは良くないのよね」

「そうですね。本部とのお約束もありますし、司祭様がおみえにならないと困ることも多いですから」


事務的なシスター・ケイトのセリフに、ニヤリとお嬢様が微笑む。

……いかにも悪役って感じで、凄味があって怖いが。


「それじゃあ、夜間の警護をお願いするわ!

どうせ改築中は司祭室で寝泊まりできないでしょうし、ちょうど良いでしょ」


「ちょ、ちょっとそれは!」

シスターが慌てる。


「確かに、昼間働いて夜もとなると」

寝る暇が無くなってしまう。


「大丈夫よ、あなたはあたしの部屋の隣で寝泊まりすればいいの。

どうせ寝てたって、そこだったら、なにかあればすぐ起きれるでしょ」


「……可能だが、しかし」


「そ、そんな! じゃあ、あたしも行きます!

工事中、寝泊まりする場所もありませんし」


「心配ないわ、宿をとるぐらいの予算はあるもの。

どうしてもって言うなら、使用人宿舎に泊まっても良いけど」


お嬢様の言葉に「ううっ」と、シスターが唸る。


その間リリーは、あきれ顔で俺達を見回し……

ずっと菓子を食べていた。


――太るぞ、お前。



++ ++ ++ ++ ++



打ち合わせが済んだらすぐ着工と言う分けではなく、事前調査に10日ほどかかるという話だ。

今朝は、ラドレスタ建築商会から数人の測量士が来た。


「ディーン司祭様、おはようございます。

今日から早速調査させて頂きまして、その後お見積りやスケジュールを提出させていただきます」


ガーディアがニコニコと笑いながら、挨拶をしてきた。

その後ろで隠れるように、ラララがペコリと頭を下げる。

昨日はあんなに元気だったのに、今日はやけに大人しい。


「紹介します、修復士のルウルです。

この教会は美術的な価値の高いものも多そうですから、彼女も調査に参加します。

そうそう、見てのとおり以前紹介した、設計士ラララの双子の姉なんですよ」


「ルウルです。その、宜しくお願いします」

見た感じはそっくりなのに、性格は対照的のようだ。


服装もショートパンツで元気なラララと違い、ジャケットの下には、膝丈下のおとなしそうなスカートを穿いていた。

銀色のショートヘアも、大きなタレ目も同じだが。

印象はどこかふわふわした感じで、大人しく見える。


「ディーンです。宜しく」

俺の言葉に、軽く会釈すると、またこっそりとガーディアの後ろに隠れる。

――てれたような表情と犬耳が実にキュートだ。


「申し訳ありません、ディーン司祭様。

ラララと違って、彼女は少し内気でして……

でも腕は確かな修復士ですから、ご安心ください」


ガーディアはまたニッコリと笑ったが……

スキのない動きと上っ面だけの微笑みは、あまり心地の良いものじゃなかった。



応用魔法道具を駆使して、測量士たちが教会内を動き回る。

ルウルは美術品や工芸品を観たいというので、大浴場を案内した。


「その、神殿じゃなくて…… お風呂からですか?」


「神殿は、美術品と思われるものがほとんど無くて。

多くは戦中に略奪されたか、戦後の混乱期に紛失したそうです。

浴場の彫刻が、一番見て頂きたい物なんですよ。

そこも、壊されたり盗まれたりした個所もありますが……」


説明の途中で、浴室の壁が見える場所まで着いた。


「うわあ! こ、これ。

ラズロットとリリーの『再会』ですね。


……こんな美しい壁彫刻ハイレリーフ始めて見ました」



ルウルが驚嘆の声を上げる。


『再会』とは、ラズロット聖人譚で最も有名な場面だ。


裏切ったラズロットの部下の手により、神殺しの毒を盛られ、リリーが瀕死となる。それを囲んだ魔王軍を、たったひとりでラズロットが突破し、助けに来る。


ラズロット聖典のクライマックスであり、そして…… たった1カ所。

――2人のロマンスらしき記述がある。



「我が友にして、最愛なる龍姫よ。 ――命に代えても君を守ろう」

その一節を、ルウルがポツリと漏らした。


「ルウルさんは転神教会の教徒なんですか?」


俺の質問に、モジモジしながら。

「あっ、いえ。アタシ獣人なんで…… 賢者会です。

ただ歴史的な美術品は転神教会が一番多いし。

その、この場面は凄く好きで……」

顔を伏せる。


――ペタンと傾れた犬耳が可愛すぎる。


転神教会は長い歴史の中で……

人族至上主義を唱えて、獣族などの亜人種を迫害した過去がある。


今でも一部にその思想が残っているそうだが。


「俺は、もともと賢者会でしたし。 ……その時の師は獣人でした。

だから獣人差別の意識なんかないですよ。

――むしろ耳や尻尾には萌えますね!

まあ、今は何の因果か…… ここで司祭をしてますが」


誤解を生まないよう、大切な個所を力強く言ったら。


ルウルはぽかんと、俺の顔を見詰め。

「か、変わったご経歴ですね」

なぜか一歩下がった。


「まあ、俺のことはおいといて。

どうしますか?

近くまで行くなら、この縁を歩いて行くしかないですが」


湧き出る温泉を止めることはできないそうだし。

湯船につかって眺めることも、今の状態じゃ難しい。


「あっ、はい。お願いします」


俺が先頭になって、湯船と彫刻の隙間1メイル幅の縁を歩いた。

ルウルは彫刻の美しさに感心したり、剥ぎ取られた個所や壊された場所を見るたびに悲しんだ。


そして今どき珍しく、応用魔道具ではなくスケッチブックを開き。

手書きで器用に修復個所を描いては、注釈をつけている。


口数は少なく大人しいが、よく見ると表情は豊かな子だ。


「あの…… ディーン司祭様、あの個所を近くで見たいんですが」

ルウルが指さしたのは、ラズロットが瀕死のリリーに伸ばした『手』の辺りだった。


ちょうどその前で縁が崩れ、ここから渡る事が出来ない。

「梯子か何か、持ってきましょうか?」


ルウルは湯船を見下ろした。

「そんなに深くないですよね」


俺が頷くと、靴を脱いで。

可愛らしい素足で、ちょんちょんと湯をつつくと。


「あの…… ちょっとの間、あっちを見てて頂けますか」


スカートをたくし上げ、ドボンと湯船に飛び込んだ。

慌てて後ろを向いたが……


ジャバジャバとお湯をかき分ける音がした後。

「もう大丈夫です」

ルウルの声がしたので、そちらを見る。


彫刻にへばりつくような格好でしゃがみ込み、なにやらブツブツ呟いている。

――どうやらひとつの事に集中すると、周りが見えなくなるタイプのようだ。


問題は……

スカートをたくし上げたせいか、尻尾にスカートが引っかかって。

突き出すように出された小ぶりなお尻と、ピンクと白の縞パンがはっきり見えている事だ。


その可愛らしい尻尾とパンツをしっかり観測した後、念の為後ろを向いたら。


「あの、ディーン司祭様。スケッチブックをそちらに忘れてしまって……

取って頂けないでしょうか」


ルウルの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


足元を探すと。

脱ぎ捨てられた靴の上に、ペンとスケッチブックが置かれている。

崩れてる縁のギリギリまで足を運んで、そいつを渡そうとしたら。


「きゃー!」

受け取ろうとしたルウルがつまずいて、湯船に沈没した。



そのドジっ子属性も……

――なんだか妙に萌えるんだが。



++ ++ ++ ++ ++



シスターにお願いして着替えを用意してもらい。

彼女に引き続きの案内を頼むと、俺はガーディアと2人で来客室に入った。


「申し訳ありません…… うちの商会の者がご迷惑をおかけしたようで」

「いえ、そんな事はありません。 ――実に良かったです」

お礼を言いたいぐらいだ。


「えっ? はあ、さすが司祭様です。広いお心で許していただけるとは……」

何かを悩んでいるようだが、俺としても深く説明するつもりはない。


「それより、相談と言うのは?」


「――そうでした。

実はこのような物を見つけまして、どのように対処すればと……」


ガーディアは懐から見覚えのある箱を取り出し、テーブルの上に置いた。

俺はそれを手に取って確認する。


『土産物売り場の玩具の方が、よっぽどましな造りをしてる』

とでも言われそうな代物だが。


「この教会の物ではないですね。少なくとも俺は始めて見ます。

確かに似たような箱はありますが……

――どこでこれを?」


念の為確認すると、ガーディアは嬉しそうに微笑んで。


「良く分かりましたね。

さすがは、ジャックナイフ・ディーン。

『奴に開けられない箱と扉は無い』と噂された敏腕シーフです」


懐から帝国騎士の紋章を出し、それを裏返して……

――箱の横に並べた。


「試すようなことをして申し訳ありませんでした。

もともとガーディアの名前で、この領に潜入していましたので。

私の調査対象は、『薬品』ではなく建築中の『駅』だったんですが。

この箱が駅の地下から出てきたので……

――方針が変わったんです」


「いったい……」

頭が混乱する。

その紋章に、嘘は刻み込めないし。何度見ても、それは本物だ。

俺がその話をいったん遮ろうとしたら。


男は箱に通信魔法板を接続して、操作魔法陣を描くと、画面を俺に見せた。

そこには『宰相暗殺計画』の文字が躍っている。


「バリオッデ宰相はこの領の出身で、駅の開通式に来賓として出席されるんですよ」


計画案は魔法的な鍵がかかっているようで、あちこちが抜けていたが。

実行犯の名前は、ちゃんと読むことが出来た。


――そこには『ディーン・アルペジオ』と書かれている。


「なにが?」

まだまとまりきっていない脳みそをフル回転させる。


「そこで本部に連絡したら、直接相談しろと隊長が言いましてね。

私としては、信用に足る人物かどうか不安でしたので……

このような形となりましたが。

――どうやら、当初から私を疑っていたようですし。

その箱がこちらの教会の『聖遺物』のレプリカだと、一瞬で見破った眼力も素晴らしい」


「隊長?」


「クライ・ブルーム…… 『殲滅の魔導士・クライ』と言えば、良いですか?

伝説のパーティー『グランドル』時代は、そう呼ばれてたそうですね。

申し遅れましたが、私は副隊長を務めています。

ライアン・フォードと言います」


ライアンと名乗った男は、薄い笑いを浮かべた。

俺はもう一度確認する。


裏返された紋章には。



戦場と悪夢で何度も見た……

――魔王軍のマークが、確りと刻み込まれていた。

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