宰相暗殺計画

キスぐらいなら

スムア司祭の告別式が終わって数日後。


伯爵家との取り交わしは……


「もともとここは歴史的価値が高い建築物なんだから。

この領の観光資源と文化遺産って事で、修復させるわ!

そうすれば税金を堂々と使えるし。

転神教会をよく思わない『議会』の連中も抑え込める。

それからあんた達の生活費は……

あたしの護衛を続けるって事で、伯爵家から給与を支給するわ! いい?」


お嬢様がグイグイと引っ張ってくれる。


「俺は構わないよ。

むしろ助かるぐらいだが……」


しかし連日訪れるお嬢様に、シスター・ケイトの反応は良くない。


「ディーン司祭様。修復の件は、教会本部に一応了承を得ておきましょう。

それから護衛の内容はもっと詰めないと。

司祭様としてのお仕事もありますし」


今もお嬢様と目を合わせずに、すまし顔でお茶を飲んでる。


「そうだな。じゃあ、本部への連絡は頼めるか?

向こうは金がないから文句は言わないだろうけど、揉めるようなら俺が変わるよ。

護衛の件は、なにか条件はあるか?

司祭職も、今はまだ忙しくないが……

さすがに終日教会を開ける訳にはいかんからな」


俺が2人の顔色をうかがうように話を進めたら。


「――下僕よ。

お主はトーヘンボクで、ほんっっっと! ヘタレじゃのう」

横で菓子をつついていたリリーが、大きなため息をついた。


おいこらリリー、ため息つきたいのはこっちなんだ! と、怒鳴りたい気持ちをグッと抑えて、出されたお茶に口を付けたら……


お嬢様とシスターが同時に睨んできた。



ねえ、シスター・ケイト様?

ちょっと苦すぎませんか。 ――このお茶。



++ ++ ++ ++ ++



教会本部はやっぱり二言返事で了解した。

むしろ資金援助と伯爵家の公認を喜んで、教区長が挨拶に来ると言っていた。


司祭就任の挨拶で、本来なら俺が聖国まで足を運ばなくてはいけないのだろうが。


「フェーク公爵から話は伺っております。

ご挨拶は、教区長がお伺いした際にいたしますので」


通信魔法板ごしに、丁重に断られた。

こちらとしてもいらない手間が省けて助かるが……


――なんだか後が怖そうだ。

いらぬ妬みを買わなきゃいいが。


お嬢様は修復費を議会に持ち込んで、了承を得たそうだ。

この行動力と計画性には、舌を巻いている。


伯爵は。

「イザベラが元気になって、実に嬉しい。

これもディーン司祭のおかげだ!

入用があったらなんでも言いなさい。全面的に協力するよ」

なんだかすっかり親バカ状態だったが……



そして今。

視察と称して教会をうろつくお嬢様に、俺は付き合ってる。


「これで当面の予算は立ったんだけど……

問題は工事をする職人の確保なのよ」


「職人の腕の問題か?」

この建築物を修復するなら、かなりの腕利きじゃないと。

下手をしたら改悪になりかねない。


「それもあるけど……

ほら、今南の城門の前で『駅』を作ってるでしょ。

隣のハーパードの都まで『列車』が来てるんだけど。

それが今月うちの領まで開通するのよ。

――その工事で職人が出払ってて」


荒れすさんだ中庭は、今は洗濯干し場だ。

美しかったであろう池も枯れはて、噴水も止まっている。


「来月まで待てばいいだろう。

――それほど急でやる必要はない」


お嬢様は、干してあったシスター・ケイトのブラジャーを睨みながら。


「建築ギルドはきっと職人をあっせんしたくないのよ。

あそこのギルドマスターは、反転神教会を公言してるからね。

だから来月になっても、いちゃもんを付けて断るかもしれないわ」


自分の胸と見比べるようなしぐさの後、大きなため息をついた。


安心しろ、若者のおっぱいには……

――『希望』と言う名の未来が詰まってるから。


「それじゃあ、他から職人を呼ぶしかないな。

ハーパードの都まで声をかけるか、伯爵家で直接募集するしかないだろう」


「そうね…… そうしてみるわ」


お嬢様が池にあった地母神像に手をつくと、ぐらりと揺れ……

「きゃっ!」


ゴロンと大きな音を立てて転がり、腕がポッキリと折れた。

俺は転びかけたお嬢様を抱き上げる。


「……やるか」

こんな状態じゃ、シスターやリリーがいつ怪我をしてもおかしくない。

やはり急いで修復しないと危険だな。


「や、やるって…… 今?」

後ろから抱き上げた都合で、お嬢様の胸をわしづかみにしてしまった。

怒られる前に、そっと手をはなす。


そして転がった彫刻を見て。

「そうだな、今もやっとくか」

俺はそう呟やいた。


応急処置ぐらいしとかないと、心配だ。


「あ、あたし、町娘じゃないんだから。

そんな、こんな所でやるなんて。

あ、でも、キ、キスぐらいなら良いわよ……

その、あんたがどうしてもって言うなら」


分けわからん事を言いだし、真っ赤になりながら目を閉じた。


「大丈夫か?」

とりあえずそれをほっといて、納屋に道具を取りに行こうと歩き出したら。


「ばかー!」

後ろから地母神像の腕が飛んでくる。



――相変わらず見事な投擲だった。



++ ++ ++ ++ ++



それから2日ほど、お嬢様は教会に来なかった。


なぜかシスター・ケイトの機嫌が良くなり……

――出されるお茶も苦くなくなった。


「こちらが結婚式の資料で、竣工式なんかはこちらです」


まだそう言った依頼は来てないが。

事前に勉強しておきたいと言ったら、シスターが親身に相談に乗ってくれた。


「ありがとう、助かるよ」


「いいえ、なんでも言って下さい!

あたしで出来ることなら、な、ん、で、も。

あっ、教会に務める者同士の結婚は特別ですから。

一般の挙式とは分けて……

い、ち、ば、ん、う、え! に、置いておきました」


俺が資料に目を通し始めると、リリーのため息が聞こえてきた。

あいつ、ため息癖でもあるんだろうか?


「ディーン、居るの!

修復工事の打ち合わせがしたいのよ、出てきて」

正門からお嬢様の叫び声が聞こえると、シスターの頬がプクッとふくれる。


げいむをしていた頃はあんなに仲が良かったのに……

なにがあったんだろう?

やっぱり女は良く分からん。



俺が正門につくと。


「紹介するわ! 

『ラドレスタ建築商会』のガーディアさんと、設計士のラララよ。

お父様のおかげで、実績のあるハーパードの建築商会が手をあげてくれたの」


伯爵家の馬車の後ろについた、もう一台の馬車から……

30歳ほどの笑顔が板についた男と、イヌ科の獣族の少女が下りてきた。


「初めまして、ガーディア・ビルドと言います。

この度は当商会で、こちらの修復をさせていただけること、大変光栄です。

以後宜しくお願いします」


握手を求めてきたので、それに応じる。


「司祭のディーンだ。といっても、まだ成りたてでね。

こちらこそ宜しく」


物腰は柔らかで、いかにも商会の営業担当に見えたが……

握った手のひらには俺が良く知る『タコ』が、くっきりと浮かんでいた。


「ラララです。宜しくお願いします」

少女は元気よくお辞儀をして、頭上の犬耳を揺らす。

人なっこそうな、大きなタレ目もポイントが高い。


歳はどう見ても17~18歳。

お嬢様と変わらないんじゃないだろうか?


活発な感じのショートボブのヘアスタイル。

その上にちょこんと乗った犬耳は、銀色に光る髪と同じでキラキラ輝いて見える。


ショートパンツにジャケットと、健康的な身なりで、好感が持てる笑顔だが……

獣族で、女性で、しかも若い。


設計士としては珍しい人材だ。

俺がおどろくのを見て、すぐにガーディアがしゃべりだした。


「彼女は代々建築設計をしていた家の出身なんですよ。

才能にも溢れてて、今建築中の『駅』の設計も共同で手掛けたほどです」


俺が頷くと。

「こんな所で立ち話はなんだし、早く教会に行きましょう」

お嬢様が先導して案内する。


俺は3人の後ろについて、確認した。


ガーディアの背の筋肉、スキのない歩き。

間違いなく、相当腕の良い剣士だろう。

――なぜそんな男が商会の営業をしてるのか。


そしてラララの、ショートパンツを押し上げるような形の良いヒップ。

歩くたびに揺れる可愛い尻尾と頭上の耳。

――かなり萌える。



暖かくなり始めた日差しにふと……

――嫌な予感が、脳裏をかすめた。

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