Phase epilogue 季節外れの雨

・・・ イザベラ ・・・


今まであたしは、家柄とか、美しさとか、成績とか、学園の友人グループだとか……

その価値が世界の中心だったし、それが永遠に続くって思ってた。


あいつに会って、話をするようになって。

特に何かを言われた訳じゃないけど…… 少しずつその価値観が変わっていった。




夢の中であたしは1匹の虎になって、兵士やお父様を襲った。

今までのうっぷんを晴らすような行動は、どこか楽しくもあって…… 恐ろしくもあった。


その夢が終わると、あたしは突然アムスの心の中に移動した。



昔の大きな戦争に、回復魔術師として出兵し。

多くの人の命がまるで虫けらのように散り、生き残った自分にむなしさを感じ。


やっと戻った教会で、人々から裏切り者と罵られ。

徐々に信仰に対する不安が芽生え。

多くの人を憎み始め。


その中で、お父様の顔が大きくなり……

――悪魔のささやきに、耳を傾ける。


燃え上がるアムスの中の復讐心に、誰かがそっと手を差し伸べる。

優しく、なにもかもを許すような、その温かい手は……


ああ、最近あたしの心を揺さぶる。あいつの手にそっくりだ。




目を覚ましたらベッドの周りに、お父様とお抱えの回復魔術師と……

あいつにいつも付きまとってる、不思議な女の子がいた。


「お父様、これは……」

「イザベラ、安心しなさい。もう大丈夫だ」

「アムスは? あいつ…… ディーンは?」


「あの阿呆なら、もう教会に戻ったそうじゃ。まったく我を置いて、勝手に」


女の子が、その美しい顔を歪めて叫ぶ。


「お嬢様も目覚めたからな! 我はもう帰るぞ」

そして相変わらず空気を読まないで、部屋を出て行こうとした。


「リリー様、誠にありがとうございました。

後日改めてお伺いすると、ディーン司祭にも伝えてください」

珍しくお父様の腰が低い。


やっぱりあの女の子の異常性が、そうさせるんだろうか?


「そうか、ではそう伝えておこう」

女の子がそう言って出てゆくと、お父様があたしの手を取った。


「落ち着いて聞いてくれ。

アムスは…… ディーン司祭の言葉を借りれば。

悪魔と戦い、そして殉教者として生をまっとうした。

イザベラもその悪魔に利用されたが、あの少女とディーン司祭の手によって助けられた」


その言葉を聞いても、あたしは驚かなかったし。

お父様とあいつの優しい嘘も、なんだか理解できた。


どこか少し高い場所から、一部始終を眺めていた気がする。


「お父様、今までごめんなさい。勝手に学園を飛び出して戻ってきたり……

その後、お父様やお母様とお話しなかったり」


なぜか自然とそんな言葉が出た。


あいつと会わなかったら、あたしは立ち直れなかったと思う。

そしてあの夢の中で、なにかが少し変わった気もする。


「大丈夫だ。そんな事は気にしなくてもいい」


反発してて見えてなかった、お父様の優しさも。

――今はちゃんと理解できる。


「あたし、学園に戻った方が良いかな」


「後、数ヶ月で卒業だろう。

学園からは、課題と論文さえ出せば卒業を認めると連絡が来ている。

なかなかの好成績だったそうじゃないか。

無理に戻る必要はない。イザベラの好きにしなさい」


あたしは少し考えてから。

「じゃあ、お願いがあるの」


心配そうに見つめるお父様に……

――ちょっとだけ、わがままを言ってみる。


今は学園よりも、もっと外の世界のことを知りたい。

世界ではなにが起きてて、人々が何を考えてるのか。


そして、あいつの事をもっと知りたい。


徐々に夢だと思っていた記憶が、現実のものになって…… いろいろと思い出す。


ああ、またおっぱい見られちゃったな。

不思議と嫌な気持ちはしないけど。やたらと恥ずかしい。

心臓が、トクントクンと音を立てて脈打つ。



やっぱりあいつの事が好きなんだな……

――あたしはそう確信すると、また深い眠りの中へ落ちた。



・・・ ケイト ・・・


子供の頃から、人の悪意に敏感だった。

多くの人は憎み、他人を妬み、さげすむ。


それが直接心の中に入って行くようで……

あたしはおびえながら毎日を過ごした。


ディーン様に初めてお会いした時から。その清んだ心と、どこか優し気な雰囲気に、あたしは目を離せなくなってしまった。

あの人の側にいると、自然と心が落ち着きます。

そして、時折見せる寂し気な眼差しに…… あたしの心が揺れ動きます。



今日はディーン様の公式な初仕事だ。

あたしは緊張で朝から胃が痛み始めてるのに……


「シスター、もう少し落ち着いた方が良いよ」

のんびり、あくびなんかしてる。


そのお顔も、ちょっとセクシーで好みなんだけど。

告別式は、ベテランの司祭様でも普通は緊張するものだ。


ましてや今日は、伯爵様はじめ、領内の偉い方々が何人か出席する。

しかもお送りするのは……


スムア・サリエーリ様、享年42歳。

――この教会の前司祭様だ。


修道院時代から才覚をあらわし、18歳で教会本部の指導員となり。

その5年後、当時名門だったこの教会に司祭として就任。


いわゆるエリートコースですね。

しかし、その後の人生は苦難の道のりだったそうで。


魔族との戦争が拡大し、自ら志願して東方戦線へ出兵。

魔族側の応用魔法兵器の導入により、惨敗を喫した帝国軍は撤退。


なんとか生き残ったスムア様は教会に戻るものの、西方戦線の裏切り行為の汚名を受ける形で糾弾され。


あたしがこの教会に勤め始めた頃には、お姿を見かける人もいなかったそうで……


そして月日が流れ。

スムア司祭は、アムスと名乗り…… 領主城で働いていたそうです。


「最後の最後まで、彼は聖職者だったよ」


ディーン様は多くを語られませんが、噂では伯爵家事件の首謀者だったとも。

また悪魔に身を売った呪術的な副作用で、領主城で働いていた頃は70歳を超える高齢に見えたとか。



いろいろ考えてたら、チラホラと参列者があらわれ……

金髪の美しい、利発そうな少女が話しかけてきました。


「あなたがシスター・ケイトなの」

お声からして……


「イザベラ様ですか」

「そうよ」

彼女はあたしの胸を見て、少し驚いた後。


「この教会の支援を、伯爵家が全面的に行う事になったんだけど」

ポツリとそう言いました。


それは既にディーン様から聞いてましたが。

「お父様にお願いして、責任者はあたしになったの。

これから…… ヨ、ロ、シ、ク、ネ!」


その話は初耳でした。

――後でゆっくり、問い詰めておきましょう。


あたし達2人が、目で静かな戦いをしていたら。

「おいこらエロ・シスター! あっちで下僕が呼んでおったぞ」


リリー様の叫び声が聞こえてきました。

イザベラ様に一礼して急いで走り出し、ディーン様の後に立ちます。


告別式が始まるにはまだ少し時間がありましたが、参列者が全てそろったので、お別れの鐘をならしました。


音が薄れてゆくと、ディーン様が祭辞を始めます。


聖典を引用した長いお言葉を、なにかを見る訳ではなく、優しい声で語りかけ。棺を囲んだ参列者がその言葉に聞き入ると……


季節外れの雨が降り始めました。


しかし、だれも棺の側から離れません。

ディーン様の頭上に、淡い光がともります。

あたしだけが見える、不思議な光景。


あの色は…… 悲しみでも、哀れみでもなく。

優しく包み込む「共感」の輝きです。


冷たい雨が降りしきる中、あの人は傷を負った戦士のように佇んでいます。


ディーン様は、今なにを考えているのでしょう。

まだ過去のお話や、今までのいきさつを聞いたことがありません。


――なぜか強く、胸が締め付けられます。


あたしは心の底から。

あの人の心を温かく包み込みたいと、願いました。



そして、その傷を癒したまえと……

――深く祈りを捧げました。



・・・ リリー ・・・


人族は人を葬るのに、やたらと時間をかける。


さっき降り始めた雨が、どんどん強くなって行くのに。

あの阿呆も、エロ・シスターも、濡れたままその場を離れん。


ましてや自分の命を脅かした奴の別れを惜しむなど……

――理解に苦しむ奴らじゃ。


自分の名前を逆読みするのは、我が封印される前の人族の風習。

地位ある奴らが、罪を背負った際の戒じゃったが。


スムアとやらは、それを知っておったんじゃろうな……

しかしあの阿呆は、あの本を見た瞬間良く気付けたもんじゃ。


我の2人目の下僕は、お人好しで、気概も無く、阿呆じゃが。

妙に頭の回転が速く、そこそこの実力と、そこそこの魔力を持っておる。


そんな所も、最初の下僕。 ――ラズロットと同じじゃな。


あいつは我の命を助けるために……

我を勝手に封印して、自分の命を捨てよったが。


次はなんとかせんといかんじゃろう。


『げいむ』をしながら通信魔法板を通して、今の世を探ってみたが。

あいつが命がけで閉じた『扉』が、開きつつある気がしてならん。


あのババアを含め、下僕の周辺を……

怪しい連中がうろつき始めておるし。


しかもあいつは、あきれるほどお人好しの阿呆じゃ。

今も告別式とやらが終わって、寒がるエロ・シスターに自分のコートを貸して……


ほら見たことか、くしゃみなどしおって。

まったく手間がかかる!



我はため息をつきながら、教会からタオルを取ってきて……

――その阿呆の面に、投げつけてやった。





End of the Earl family Incident

to be continued.

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