好きなだけ揉んでいいのよ
『はし』と呼ばれる異世界食器が上手く使えない俺は、フォークとスプーンでこぼれ落ちるコーンと戦いながら、らーめんを食べた。
しかしあんな棒きれ2本で、よく飯が食えるもんだ。
異世界人ってのは、よほど器用な生き物なんだろう。
「どこまでつかんでる?」
「シスター・フェークが変なばーさんだって、とこまで」
振り返れないから分からないが、チャーシュー麺は食べやすいみたいだ。
「フェーク・イミテルは転神聖国の公爵家当主で……
転神教会の枢機卿のひとりだ。
もっとも今の聖国の国王はまだ7歳。
宰相が実権を握ってるが、その宰相はイミテル家の操り人形だ。
枢機卿の最大派閥を裏で操っているのも彼女だ。
――最近は、公の場にあまり顔を出さないそうだが」
想像より凄いが…… まあ、あのばーさんなら有り得るかも。
「しかし、よくそんなお偉いさんがフラフラ出歩るけるな」
「分かるだろ? あれはバケモンだ。
Sクラスのモンスターの方が、よっぽど可愛げがある」
「その可愛げのないばーさんは、伯爵の命を狙ってたのか?
それとも……」
「さあな、真相までは分らん。
俺達に連絡をよこして来た時は、伯爵を救ってほしいと言ったがな」
「じゃあ、お前は別件で動いてたのか」
「ああ、俺達が追ってたのはあの薬品だ。
見ただろう…… あんなものが使われちゃあ、また戦争が起きかねん」
――応用魔法化学か。
確かにあれが大量生産できたら、戦力増強がた易くなる。
帝国に反旗を翻したい諸国や、革命を狙う反勢力は……
喉から手が出るほど欲しいだろう。
「戦争を止めるために、帝国の
「それもあるが…… 探し物をしていてな」
……探し物か。
「クライ、復讐は何も生まないぜ」
カルー城での出来事は、俺も何度か調べた。
裏切ったとして処刑された師団長は、どう考えても白だ。
だが、真犯人が分からない。なんらかの理由で帝国が闇に葬ったか。
それとも何か別の理由が……
だが裏切り者を探し当てて、この手で殺しても。
アイリーンも、ボニーもガルドも。もう、戻ってこない。
「ディーン、俺はお前がそんな生活をしてる方が謎だ。
もっといい職につけるだろうし、やりたいことも出来るはずだ」
「買いかぶり過ぎだよ。俺はもう、ただのおっさんだ」
復讐を諦めて以来、そうなろうとしてきたし……
今ではそこに、プライドと自負もある。
そうやって生きてゆくのが、俺の罪滅ぼしだからな。
「あの古物商は、盗品横流しで領の衛兵にマークされてる。
伯爵家の使用人に邪魔されたが、別の仕事をあっせんするつもりだった。
――この件からも、手を引いて欲しかったしな」
「ありがとう。 ……ナイフの件も助かったよ」
素直に礼を述べる。
それにどんな事情があれ、クライが生きていただけで嬉しい。
こうして話をすると、実感としてそれが湧き上がってくる。
「お前がどう考えてるかは知らないが、時代がまた動き出した。
――動き出した時代は、いつだって英雄を求める。
なあ、俺達の英雄だったディーン。
お前が逃げても、世間はそれを許してくれないぞ」
俺はその言葉を無視して、こぼれ落ちるコーンと格闘する。
クライは無言で、テーブルの下から包みを出した。
俺がそれを受け取ると。
「もう、時間だ。他に聞きたいことは?」
「この底に落ちたコーンは、どうやって食うんだ」
「ドンブーリの横に穴の開いたスプーンがあるだろう。そいつを使うんだ」
クライはそう言い残して、席を立つ。
俺がその穴の開いたスプーンで底をすくうと、山盛りのコーンが出てきた。
「なるほどね」
そして、手渡された包みの上にあった伝票を眺める。
「そう言う事か」
久しぶりだから、すっかり忘れていた……
――奴が極度のケチだって事を。
++ ++ ++ ++ ++
教会に帰って、司祭室で包みを開ける。
出てきたのは1通の手紙と、証書。そして、小さな魔法石だった。
・・・・・・・・・・
親愛なるディーンさんへ
ちゃんとご挨拶もせずにお別れするのは申し訳ないけど、どうせまた会えるでしょうから許してちょうだいね。
あなたのお友達から話を聞いただろうから説明ははぶくけど、あたしにもいろいろと事情があるの。
今回の件で伯爵もあなたを認めるだろうから、教会のことは安心だけど。もうひとつお願いがあって。
実はケイトちゃんの事だけど。
修道院にいた頃のあの子に、あたしはずっと『制止』の呪術をかけ続けていたのよ。
でもだんだん強い呪いをかけなくちゃいけなくなってきたし、期間も短くなってきて……
このままじゃケイトちゃんの精神を壊してしまいそうだったから、ラズロットの封印を利用してあの子を安定させておいたの。
――あの時あなたが解いちゃったけどね。
ケイトちゃんはまだ自分の力をコントロールできないみたいだから、しばらくのあいだ面倒を見てくれないかな。
もしもの時は同封の魔法石を使ってね。 ……おまけも付けといたし。
それから、なぜケイトちゃんに手を出さないの? 相談されたから、修道服の丈を短くする方法と魅惑的な脚の見せ方を教えておいたわ。
楽しんでくれた?
それともおっぱいの方が良かったかしら……
あの巨乳は好きなだけ揉んでいいのよ。
きっとケイトちゃんも喜ぶから。
今回の事のお礼も含めて、証書をおくります。
知り合いに「司祭の推薦をしたい人がいる」って言ったら、こころよくサインしてくれたわ。
通信魔法ごしのサインだけど、聖文証に書かせたからちゃんと公文書よ。
気にってもらえると嬉しいけど。
では、またお会いできることを心待ちにして。
イミテル公爵家当主 フェーク・イミテル
・・・・・・・・・・
「あのばーさん、シスターになに教えてんだ!」
まあでも、シスター・ケイトの美しい太ももに免じて許してやるか。
俺は手紙を読み終わると、証書を確認した。
・・・・・・・・・・
転神教会 司祭
ディーン・アルペジオ
この者の身分を証明し、下記の著名者が後見人となる。
枢機卿 フェーク・イミテル
宰 相 テイラー・ロックウッド
聖国王 ロバート・カレンディア・三世
・・・・・・・・・・
そう書かれた聖文証に、3つの魔法印があった。
疑う余地もなく、本物だろう。
しかも国王名義の後見人証書だ。
司祭の身分証明には、もったいなさ過ぎる。
「さて…… どうしたものか」
純度の高そうな青い魔法石の中には、複雑な魔法陣が描かれていた。
この石ひとつあればサキュバスの1体や2体、簡単に封印できるだろう。
シスター・ケイトにサキュバスの血が流れていると言ったのは、リリーだが。
「シスター・フェークは、そんな事は言ってなかったか……」
伯爵家の事件と、教会の問題は片が付きそうだが、全ての問題が解決したわけじゃない。 ……まだまだこの教会からは、離れられそうにないな。
――俺がクールにため息をついたら。
「こらー! 下僕の分際で我を置き去りにするとは何事じゃ!」
正門から、アホの子が叫ぶ声が聞こえてきた。
呪縛のかかったお嬢様を、一瞬で拘束させた魔術。
魔法陣の知識や、魔力に対する感知能力の高さ。
こっちもどうやら、ただの精霊や妖魔ではなさそうだ。
俺はもう一度、深いため息をついて……
――司祭室の扉を開けた。
・・・ とある街角で ・・・
「まだまだ時間は取れたのに、良かったの?」
ボロボロの魔導士ローブを着た、30代後半の男が語りかけた。
「はい、これ以上奴といたら…… 別れるのが辛くなります」
クライはその男に一礼して、そう言った。
「そうか」
この世界では珍しい黒髪に黒い瞳。やや黄色がかった肌の色。
そして恐ろしく整った顔立ちは、通行人の目を引いた。
「でも、前の戦争の誤解も解きたいだろうし。
今の成行きも、ちゃんと説明しときたいだろう」
「あのバカは誤解なんかしてませんよ。
それにあまり多くを話しては、今後の計画に支障が出るでしょう」
クライの言葉に、男は楽しそうに笑う。
「親友ってのは、良いものだね」
その横で浅黒い肌の、森人特有の尖った耳をもつ美しい女性が呟く。
「伯爵家の魔法爆発が解析できた。やはり高濃度の聖力ホーリーが認められる」
「アオイさん、ありがとう。
クライさんが仕込んだナイフは、ただの起爆術式だけだよね」
男が確認すると。
「間違いありません。私は聖力ホーリーを使えませんから」
クライがそう答えた。
「あの薬品を利用した元司祭が、ミイラのようになっていた…… か。
本人は気付いてるのかな?
聖国の高位神官だって、そんな事できるのは数人だろうに。
まだ意識もせずに、そこまでできるなら……
――やっぱり『聖人復活』の可能性が高いね。
アオイさん、龍力はどうだったの?」
「面白い波長だったけど、出力が小さすぎてまだ判断できない。
でも、あの呪いを解除するのは凄い。
――あたしでも相当手間がかかるはず」
浅黒い肌の森人の言葉に、男は深く頷き。
「真の勇者と真の聖人がそろう時、第三の門が開かれる」
ポツリとそう漏らし、夕闇の空を見上げた。
「クライさん、一度帝都に戻って皇帝陛下に報告しておこう。
工作員の半分は念の為この領に残って、引き続き情報収集をして……
ああ、隊長のキミがいなくなったら問題が出るかい?」
「副隊長のライアンに引き継ぎます。そうすれば問題ありません」
「悪いね。陛下はクライさんがお気に入りで…… いないとヘソを曲げるんだ」
クライは苦笑いしながら。
「陛下の一番のお気に入りは私ではなく…… 勇者様、あなたでしょう」
――そう言って、もう一度深く礼をした。
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