老人の裸を拝む趣味はない

今朝見たネグリジェに猫耳。

尻尾が生えてる都合上、フリルからチラチラとレースの下着が見え隠れする。

若々しい太ももは、まだ女性の魅力に欠けるが、アレはアレで有りかもしれない。

そして驚愕の事実が……


「ニャンだ…… お前?」

お嬢様が俺を睨む。

ニャンなんて、そんな…… やっぱり萌えるじゃねーか!



++ ++ ++ ++ ++



冷静になって、辺りを確認すると。

倒れた兵士が7名。

その中央には、剣を抜き困惑の表情の伯爵がいる。


「イザベラ、どうしたんだ? 正気を戻せ!」


倒れてる兵士達は、剣を抜いていない。

鎧には、強力な何かで殴られたようなへこみ傷が多数ある。


「とっとと死ねニャン!」


お嬢様は信じられない跳躍で伯爵に飛びかかり、腕を振り回す。

剣で対応すれば決着はつくのだろうが……


「くっ!」


伯爵が避けた先から、テーブルや壁が破壊されてゆく。

力が尋常じゃない。

それにあの猫耳と尻尾は、後付けじゃなくて生だ!


「ちょこちょこと、うっとうしいニャン」

そして、ペロリと腕をなめる。 ……そのしぐさも破壊力満点だ。


懐のナイフに手を伸ばすと、それに気付いた伯爵が俺に向かって首を横に振る。

だが、このままじゃジリ貧だ。何か良い手は……


「おお、なかなか面白い事になっておるのう! 下僕よ、状況を説明せい」

後ろから、最近よく聞くアホの子の声が聞こえてきた。


状況が切迫すると、負の連鎖が起こりやすい。



俺はクールにため息をついた。

――よりにもよって、このタイミングでリリーが来るなんて。



++ ++ ++ ++ ++



「もともと伯爵家に『虎』の獣族の血でも混じっておるのだろう!

あの魔法陣で、一時的にそれが活性化したんじゃな」


状況を説明したら、リリーは何食わぬ顔でそう言った。


「猫じゃないのか……」

確かによく見ると、虎柄の耳と尻尾だ。しかしそれはそれで萌度が高い。

まったく、侮れないな……


「お主と伯爵の腕なら、今のお嬢様でも取り押さえるのは容易いじゃろう。

――なぜそうせん?」


「そうかもしれんが…… あのスピードじゃ、無傷で取り押さえるのは困難だ。

いくら回復師が居るとは言え、間違いが起きて致命傷になったらまずい」


伯爵も同じ考えなんだろう。

剣先は迷い、今も防戦に徹している。


「まあ、それが術師の狙いなんじゃろうが……

よし、我がお嬢様を拘束してやろう! そのスキにお主らで取り押さえろ」


「そんなことできるのか?」


それが可能だったら、兵士が倒されることはなかっただろう。


伯爵家の近衛兵だ。高位の魔術師も数人いたに違いない。

それに潜在能力まで活性化させるなんて、かなりの呪縛だ。

簡単には解呪できないだろう。


「少しは力が戻ってきたからな!

美味い菓子と飯の恩もある。とっておきを見せてやろう」


そしてリリーはトコトコと歩き出し。

詠唱もなにもせず、ただ軽く片手をお嬢様に向かって振り下げた。


「にゃ? にゃにゃ? 体が動かないにゃ?」

「今じゃ下僕よ! 行け」


俺は慌ててお嬢様の背後から、気を失わせるための手刀を入れた。

倒れ込むお嬢様に伯爵とリリーが近付く。


「ふむ…… まだ抜けきっておらぬようじゃが……

これなら、その辺の魔術師でも解呪できるじゃろう。

――後は頼んだぞ! 伯爵とやら。

我は今ので力を使いはたしてしまったからのう!」


胸を張って自慢げに語るリリーに、伯爵はおどろいている。

俺は猫耳が消えたお嬢様に、近くにあったテーブルクロスをそっと被せた。


あんな服で暴れたからだろう。

またいろいろとポロリしてて…… 目のやり場に困る。



++ ++ ++ ++ ++



礼を言う伯爵を後に、俺はアムスを探した。

力が尽きたと言うリリーにも、お嬢様の介抱を頼む。


血の跡を追うと、それは執務室の前で途絶えている。

扉を押すと、鍵も遮断魔法もかかっていない。


「もっと遠くに逃げてると思ったんだが」

「作戦が失敗した以上、責任は取らなくてはいかんからな」


アムスが上着を脱ぎ捨てると、体中に魔法陣の刺青が施されていた。


「老人の裸を拝む趣味はないんだ」


肉体強化の呪術と、魔力強化系の呪術が混在している。

あんな物を発動させたら、寿命が一気に縮まるだろう。


「もっと早くに殺しておけばよかったよ。

――だが余裕の態度を見せていられるのは、ここまでだ」


アムスは、手に持った小瓶を一気にあおった。

魔法陣が輝き初め、肉体が変化を始める。


骨がきしむ音が響き、筋肉が盛り上がり……

頭上には2つの捻じれた角があらわれた。


「お嬢様の猫耳には萌えたが……

年寄りのミノタウルスなんて、醜悪なだけだぜ」


ナイフを3連投して、ソファーの陰に身を投げる。

先制の2本は左手で払われたが、本命の1本が右目に刺さった。


「応用魔法化学とやらは、期待していなかったが。

このミノタウルスの血を加工した変身薬。 ――悪くないな」


アムス…… いや、もう元アムスは、瞳のナイフを抜き取り数回瞬きすると、嬉しそうに笑った。そして幾重にも肉が盛り上がり、すぐに修復する。


本物のミノタウルスだって、そこまで下品じゃない。

怪我をしたら痛がってくれるし、傷だってちゃんと残してくれる。


「なんだ、この湧き上がるような力は! これならあんなに労力をかけずとも、教会を見捨てたあの忌々しい伯爵を八つ裂きにできたな。

――まったく、初めからこうすればよかった」


高笑いをしながら、暴れ出すミノタウルス。


――どうやら理性をどこかに置き忘れてしまったようだ。

徐々に口からよだれが溢れだし、関係ない机や壁も破壊しだした。


「俺がバックを取るから、正面は任した」

以前ならパーティー仲間にそう言い残して、身を潜ましたが。

もう、そうは言ってられない。


胸元を探ると出てきたのは『聖典』と、クライのナイフだけだ。


グリップには、いつものように護符が張り付けてある。

腕の1本も吹き飛ばせば、仲間がなんとかしてくれる状況は、もう過去の話だ。


あのクラスの魔物が城内をうろついたら、大惨事になるだろう。

――ここで食い止めるなら、後ろから首を狙うしかない。


執務室のドアは1枚。壁を破って出て行かれたらアウトだが……

――アムスの残った理性と信仰心にかけてみるか。


「シスター、ちゃんと祈っててくれよ」

俺はそう呟いて、気配を消した。



「グフッ、どうしたジャックナイフ! グフフ、恐れをなして逃げたか!

ま、まあ、お、お前など…… どうでも良い。

――裏切り者の伯爵め、グフッ、グフッ。首を洗って待っていろ」


たどたどしいが、なんとか言葉を発した。

これなら、引っかかる確率も高い。


ミノタウルスが執務室のドアを開けた瞬間、上に引っ掛けておいた聖典が落ちる。

「おお、こ、こ、これは」


拾い上げようとしたタイミングで…… 反対側のカーテンから投擲したナイフが首筋に刺さる。

俺は心の中で、カウントダウンした。


3,2,1……


爆発音に混じって、低い咆哮が響いた。

ミノタウルスは徐々に痩せた老人の姿に変わり……

最後は、ミイラのように骨と皮だけになった。もう、精気は感じられない。


老人が爆風から守るように抱えた聖典を受け取る。

そいつの上に手を置き。


「どうか、愚かなる人々にも安らかな眠りを」



戦場で捨てたはずの「神」に……

――俺は、心からそう訴えた。



++ ++ ++ ++ ++



バタつく伯爵家をなんとか抜け出し、手紙に指定してあった場所までたどり着く。


そこは昼下がりの、客足が途切れた「らーめん」レストランだった。

まだそれらしい人物がいなかったから、俺は奥のテーブルにひとりで座る。


いろいろ悩んで、バターコーンを注文すると。

後ろのテーブルに、背中合わせでひとりの男が席に着いた。


「振り返るな。どこで誰がマークしてるか分からん。

尾行はまいたが、あまり時間も取れんだろう。

だから話は、手短に頼む」


伯爵家を出てから、俺も何人かにつけられた。

それをまくのに時間がかかったが……


「ゆっくり旧交を温めることもできんとは、世も末だな。

――ラズロット様も、さぞお嘆きになってるだろう」


「似合わん司祭服だが…… それっぽい事を言うじゃないか」


そこで店員がオーダーを取りに来て、会話が途切れた。

「チャーシュー麺」


店員が完全に離れたことを確認して、クライが呟く。

「挨拶はそこまでだ。

聞きたいことが多いだろうから、本題から入ってくれ」


「じゃあ、シスター・フェークは元気か?」

俺がそう聞いたら。


「相変わらずだな。 ――話が早くて助かるよ」

クライは楽しそうに笑った。


俺のテーブルとクライのテーブルに、それぞれらーめんが置かれる。

まったく、良くない予感は必ず当たる。


俺はバターコーンを見詰めながら



やっぱりチャーシュー麺にすればよかったと……

――心の中でクールに呟いた。

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