微妙に萌えるんですが

クライは、応用魔法兵器の『銃』を睨みながら。


「もう、剣と魔法の時代は終わるんだろうな。

こいつは異世界じゃ、魔法も使わず弾丸を発射するそうだ。

技術はどんどん進化している。 ――俺達みたいな冒険者は、そのうち時代遅れになるんだろう」


目の前に転がるお尋ね者のオークの死体に『銃』を投げ返すと。


「俺達も戦場に行かないか?

帝国軍も多くの応用魔法兵器を導入したそうだ。

これからの事を考えると、それが最良の手段だろう。

今のうちに応用魔法の技術を習得して、資金的にも余裕を持ちたい」


その『予言』は、確かに当たった。

戦後の好景気を支えているのは、応用魔法産業だ。

そしてその技術が、生活を変えつつある。


冒険者の世界も変わった。

魔力の大小に影響されにくい応用魔法兵器の発達で、冒険者のランクは『実力』から『実績』にシフトした。今じゃ応用魔法兵器をどれだけうまく使えるかが、一番のポイントになる。

そして、応用魔法兵器はどれも高額だ。


先見の明があって、思慮深く慎重だったクライ。


奴が何故、帝国の犬に成り下がってる?

――疑問が深まるばかりだ。


教会に着くまでずっと、そんな余計な事ばかりが頭を巡った。



++ ++ ++ ++ ++



「ディーン様、どうされたんですか? こんな時間に」


シスター・ケイトが廊下を雑巾がけしていた。

そんな短くなった丈の服で、そんなことしたら…… いろいろ見えてますが。


ああ、いや、今はそんな場合じゃない。

俺はなんとか雑念を振り払い。


「シスター、ラズロットの聖典を貸していただけませんか?」

「はい、それなら司祭室にもありますよ。本棚の左端の赤い背表紙のものです」


司祭室に駆け込もうとしたら。

「あっ、お待ちください!

先ほどディーン様にと、これをお預かりしました」


シスターが手渡してくれた包みを開けると。

1本のナイフと手紙が出てきた。


「どんな奴が持ってきたんですか?」

「ディーン様と同じぐらいの背格好の、栗色の髪の男性で。

――魔術師様のローブを羽織ってらっしゃいました」


手紙には、『手を引け』と書かれた下に。12桁の乱数と記号が書き込まれていた。

これは俺達パーティーが、場所と時間を指定するために使っていた暗号だ。


「ありがとう」

シスターに礼を言って、俺は手紙とナイフを握りしめ。司祭室に向かった。



「どうしたのじゃ、血相を変えて?」


リリーはソファーの上で、げえむに夢中だった。

行儀悪く寝転んでいるせいで、パンツが丸見えだが…… そんなものには興味がないので、サラッと無視した。


前の職場から持ち帰った応用魔法計算機に魔力を通し、通信魔法板を接続する。


「リリー、本棚の左端の赤い背表紙のやつを取ってくれ」

『すくりーんしょっと』で撮りためた魔法陣の画像を、応用魔法計算機を利用して、重ねてゆく。


「なんじゃ、げえむの魔法陣か? 真っ黒でなにがなんやら分からんが……」

「ただ重ねるだけじゃ、ダメなのか」

「精神系の魔法陣じゃな」

「分かるのか?」

「ああ、あのお嬢様の部屋に入った時にも感じたのじゃが……

微かにその魔力がにじみ出ておるな!」


精霊の類の方が、魔力に敏感だからだろうか。

「しかし、これじゃあ……」


「行動系なら『赤』、制止系なら『青』の光が効力を出す。

精神魔法の基本じゃ、覚えておくとよい!」


通信魔法板の画面は『赤』『青』『黄』の光石を細かく砕いて作られている。

――光の3原色と呼ぶらしい。

その色がまじりあう事で、どんな色でも再現できるとか。


俺はためしに『赤』『黄』の光を消す。

「下僕よ、こっちではないようじゃな」


そして『赤』つけて、『青』を消すと。

「うむ。ハッキリと見えるわ! 『祖を生みし大地なる者を汚せ』

父親殺しの呪縛じゃな」

リリーが自慢げに叫んだ。


「しかし『大地』なら、母親だろう」

俺の疑問に。


「人族は、地母神を崇めておるからな。しかし魔族では父が『大地』母は『風』じゃ。

陣の組み方にも魔族特有の癖がある。

この呪縛を受けて、母親を手にかけるのは相当の阿呆じゃ!」


リリーは、さらに無い胸を張った。


「ありがとうリリー、助かったよ」

リリーの話じゃ、充分に信用する事が出来ないが。

この画像が、なんらかの魔力を送っていることは間違いない。


「うむ、なら我に褒美をよこせ!」

「何が欲しいんだ?」


応用魔法計算機を外し、通信魔法板でお嬢様を呼び出す。


「それがな、我もそろそろ『げいむ』の『有料あいてむ』が欲しいのじゃ。

店でげいむ用あいてむ魔法石を購入すると、それが手に入るらしくて。

お嬢様の話じゃ、ハズレも多いが、まれに『れああいてむ』も出るらしくて……」


リリーの話の途中で、お嬢様が通話に答えた。


「調べ物は終わったの? 突然出てったから、びっくりしたわ」

「すまない。まだしっかり裏を取ってないが…… 大枠の検討は付いた」

「そう、それでいつ戻ってくるの」


聖典を読んで、脅迫状とのつながりも調べたいし……

クライからの手紙の件も気にかかる。


悩んでいたら、リリーが小声で。

「あいてむー、あいてむー」と、ささやきかけてきた。


「お嬢様、あいてむ魔法石は自分で買いに行ってたのか?」


「はあ、あいてむ魔法石? 初めは面白半分で自分で行ってたけど。

最近はアムスに頼んでるわ。 ……それがどうかしたの?」


「リリーがそいつを欲しがってな……

ご自慢の『れああいてむ』は自分で引き当てたのか?」


「違うわよ。 ――そんなことより、今なんか体調が悪いの。

しばらく寝るから…… 話はまた後でね。

そうそう、ちゃんと帰ってきてよ。まだ仕事初日なんだから……」


そして通信が途切れた。


リリーが俺に使い込まれた聖典を差し出す。

仕方なくそれをめくると、奥付に歴代の司祭の名前が記されていた。


「これは…… ピンチなのか?」


その言葉に。

「そうか、なら我の力が必要じゃな!」

リリーが勇んだが。



俺はそれを無視して、聖典とナイフを懐にしまい込み……

――領主城に向けて、走り出した。



++ ++ ++ ++ ++



さすがに教会と城の往復は、身体に堪えた。


「トレーニング量は増やしたんだがな……」

お嬢様の部屋に続く階段が、上手く登れない。


笑っている膝をさすっていたら、アムスの声が聞こえてきた。


「ディーン様、大丈夫ですか。ずいぶん息が上がってらっしゃる。

お嬢様の話では突然出て行かれたと……

何か急用でもございましたか?」


呼吸を整えながら、ブーツに仕込んでおいた自前の投げナイフを確認する。


「いくつか調べ物をしてまして。

しかし年は取りたくないですね。一度息が上がると、なかなか戻らない」


声や足音からして、10メイル以上は離れてる。もう少し会話が必要だろう。


「まだまだお若い。ディーン様はこれからですよ。

それで、調べ物は終わりましたか?」


これでようやく5メイルと言ったところか……

欲を出せば、もう2メイル近付いてきてほしかったが。


「ええ、なんとか。

そう言えば、今朝がた前職は文官だとおっしゃってましたが。

文官にもいろいろありますよね。どんな職種をされてたんですか?」


足音がしないってことは、立ち止まったんだろう。

俺はナイフを見えないように握り込み、懐から聖典を取り出しながら顔を上げた。


「ジャックナイフ・ディーンは、すっかりサビついたと聞いていたが……

――人の噂はあてにならんな」


アムスは使い込まれた赤い聖典を確認すると、静かに「銃」を突き付けてくる。


「元司祭様がする事じゃないでしょう」

「偽司祭に言われたくはないね」


引鉄に指がかかると同時に、俺のナイフがアムスの腕に刺さる。

銃がこぼれ落ち、階段を転がってゆくと。


「くそ!」

アムスは、お嬢様の部屋とは反対方向の廊下へと逃げ込んでいった。


「お嬢様が先だな」

しかし、部屋には誰もいない。


「きゃー! お、お嬢様」

困っていたら、女性の叫び声が聞こえる。



――急いで走り寄ると、猫耳を付けたお嬢様が佇んでいた。

なんかそれ、微妙に萌えるんですが……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る